1 異世界転移とエルフ
初投稿です。よろしくお願いします。
トンネルを抜けると、そこは異世界であった。
......人間、本当に驚いた時の感想なんとチープな事か。でも実際問題、俺がその時絞り出す事ができたのは、そんなどこかで聞いた事ある様な言葉だったよ。
ある夏の日。ありゃとんでも無く暑い日だった。俺はいつもどおり愛車のスーパーカブに跨ってバイトに向かってたんだ。
「あっつー。今年はまた去年より暑い気がするな。これ毎年言ってるか......はあ」
愚痴だって漏れる。何で俺はこのクソ暑いのにスウェットなんて履いてるんだ。アホか。
バイト先まではカブで三十分。最寄のバイト先までそれだけかかるとか、このご時世どこの未開の地って感じの場所。そんな田舎に俺は住んでいる。
周りに人なんて微塵も存在しない田んぼの中の道を、鼻歌を歌いながら運転していた俺だったが、ふと周りの景色がいつもと違う事に気がついた。
その時はちょうどトンネルをくぐり抜けた直後だったのだが、いつもはすぐに見えてくる駄菓子屋も、畑も、何もかもが跡形も無くなっていたのだ。
周りを見渡して見ても、全く見覚えのある景色では無い。見渡す限りの草原、草原、森、草原。そして、俺がつぶやく事になった言葉を確信付けたものが正面に。
木、それは雲の上まで貫いている巨大な巨大な木。
唐突な展開に呆気にとられた俺はついついテンプレな言葉をつぶやいてしまったという訳だ。
トンネルを抜けるとそこは異世界であった、とね。
ここらで自己紹介をしておこう。俺の名前は三嶋亜沙祁。二十一歳のフリーターだ。実際は大学に在学中ではあるのだが、もはや卒業するには単位が足らず、あとは退学を待つだけとなっている。
そんな俺だが、当たり前だが異世界転移は初めての経験である。当たり前だが。そんなこんなで自己紹介をしながら平静を装っては見たのだが、実際は絶賛パニック中である。
というかなんやねんこれ。唐突にも程があるだろ。
周りを見渡すが近くには草原が広がるばかりで人の姿は全く見えない。正面には地球ではありえないファンタジー感溢れる馬鹿でかい木。そんな中スーパーカブに乗りながら呆然と佇むスウェットにTシャツの俺。
......俺の違和感が半端じゃない。
そう、何を隠そう俺は今バイクに乗ったままなのだ。ファンタジー感ぶち壊しだわ。バイクと一緒に異世界転移するフリーターとか誰得だよ。
「いえ、どちらかというと私がメインなのでマスターはおまけかと思われますが」
......誰?
いや誰だよ。周囲を見渡す限り人っ子ひとりおらんぞ。この場に居るのはカブに乗ったフリーターだけだ。......カブか?
「正解です。普通その考えに至りますかね。漫画の読みすぎじゃ無いですか?」
やっぱり下から声が聞こえてくる。我が愛車である三十年もののスーパカブにもついに付喪神が宿ってしまった様だ。エンジンを載せ変えたりと大事に乗っては来たが、まさかこんな事になるとは。
「......状況の飲み込みが早くて助かるのですが、この状況でそこまで冷静だと逆に不安になりますね」
「なんかちょいちょい毒吐いてくるなお前。いやいや、冷静じゃねえよ。いろんな事が重なりすぎて絶賛大パニック中だよ? どうなってんだよこの状況。テンプレ仕事しろよ。」
「普通ならこの状況もっと取り乱すと思ったのですが......ツッコミを入れる余裕まである様で何よりです」
なんだか困惑してる様な感じのボイスで語りかけてくるカブ子(仮)。声が女っぽいし暫くこの名前で呼称する事にしようか。
「なんだかそのままの呼び名が定着してしまいそうな気がしますが、まあいいでしょう。色々と状況説明しても?」
説明ターンね、頼むわ。というかナチュラルに俺の心の声読んでくるねこいつは。
というわけでカブ子の説明を聞くこと十分。色々と端折って纏めるとこんな感じの話の流れっぽい。
どうやらこのカブ子が付喪神として覚醒したのは二年ほど前らしい。因みにカブ子は俺の爺さんが昔から乗ってた物で、新車で買ったのは二十年近く前の事になる。何度かエンジンを乗せ換えたりしながら乗り続けて十八年、走行距離百万キロを達成したのが二年前の事。
その時に宿ったのか芽生えたのかはわからないが、カブ子はそれから自意識を持つ様になったらしい。
とはいえ所詮はバイク、喋る事も出来ず、ただただ俺の通勤を見守る日々だったという。それが今日、トンネルをくぐるタイミングで神様に出会ったらしい。
神様曰く、今日まで頑張ったカブ子にご褒美、という事で何か願いが一つ叶えて貰える事になった様だ。
そこでカブ子が願ったのは、喋れる様になりたい、と言った物。流石に地球ではその願いを叶えるのは難しかったらしく(そりゃスーパカブが喋ったら大問題だしな)交換条件として異世界に行く事に。
それに巻き込まれたのが俺らしい。俺めっちゃおまけやん。
「でもまあいいか、せっかくの異世界転移だもんな、楽しまなきゃ損ってもんだろ」
「切り替えが早いというべきか、頭空っぽというべきか悩みますね......」
呆れた様な声色のカブ子。まあ俺って昔からこんな感じだしな。
「取り敢えず旅立つとしますかー」
広大な草原の中を、一台のスーパーカブが進んでいく。舗装された道なんてものは存在していないが、我が愛車のカブ子ことスーパーカブはしっかりを地面をつかんで進む。
やはりスーパーカブは素晴らしい。伊達に半世紀、世界でもっとも愛されているバイクじゃない。4ストのエンジンは、異世界でも快調に音を刻んでいる。
「なあこれ適当に走り出したはいいけどさあ、ちゃんと街とか人の居る場所につけるのかね」
「さぁ?」
適当に走ってりゃそのうち道にぶつかるかと思ったのだが。周りの景色も変わりゃしない。相変わらず草原一色だ。
「スタート位置が不親切過ぎやしないかね、カブ子さんや。なんかマップとかそういう便利な機能貰ってないの?」
なんかあるでしょそういうの。転移特典でマップとか鑑定とか諸々。
「そういうのはないですねぇ。精々燃料無限とかそういう細かいのしか貰ってないので」
「一応ちゃっかりそういうのは貰ってんのね」
「そうしないとすぐガス欠でただの鉄の置物になってしまいますからねえ」
そんな取り止めの無い会話をしながらさらにまっすぐ数十分後。ブロロロと草原を走行中、ついにイベントが発生した。
少し先で、土煙が上がっているのが見える。まああまりにだだっ広い場所なので距離感がつかめないのでどの程度の距離かは分からないが。少し近づいてみると、どうやら誰かが獣に襲われているようだ。
「流石は両目とも視力2.0。まだ三百メートルは離れていると思うのですがよく見えますね」
「ん? 普通こんなもんだろう。とりあえず急ぐぞ。」
近づくにつれて、より詳細な状況が見えてくる。
が、どうも状況は余りよろしく無い様だ。人を襲っている獣は五匹。ぱっと見は狼の様な見た目だが、俺の知ってるやつよりも明らかに大きく、大きな角が生えている。
その狼の様な獣を相手に少女が一人戦っているが、こちらは満身創痍といった感じだ。ところどころ服が裂け、血がにじんでいる。如何にも立っているのがやっと、といった風情だ。
そういっている間にも狼は少女に襲いかかる。狼は一斉に攻撃することはせず、少女を取り囲みながら散発的に攻撃している。少女の限界が近い事を分かっているのだろう。嬲る様な攻撃を続けている。
さて俺の取れる行動だが、もちろん助けに入らないという選択肢は無い。
モンスターに襲われている少女を助けるといったファンタジーお決まりのイベントを見過ごせないというのももちろんあるが、何より初めて出会った人間だ。街の場所くらい知っているだろうし、何よりこのままでは俺は飢え死にコース真っしぐらだ。食料が欲しい。
という訳で、俺はカブ子のギアを一段上げ、スピードを上げて狼の一段に突っ込む事にした。
「なぜここまで冷静に状況分析が出来ているのに選択した行動が一番短絡的なんでしょうか......」
カブ子が何か言っているが知らん。そのままスピードを上げてスピードメーターが六十キロに達する。そのままスピードを上げたまま少女を襲うために準備をしていた狼に突っ込む!
べしゃ。という肉が潰れる様な音とともに狼が吹っ飛ぶ。立ち上がってこない所を見ると致命傷を与える事に成功した様だ。
そのまま大きく弧を書いてターンし、二度目の攻撃だ。ヴーンという音とともに加速し、二体目の狼へと向かう。流石の狼も危険度がわかった様で、走って横へと回避するが、その狼の後ろに居た奴は回避が間に合わなかったようで、そのまま直撃する。
まずは二体、残る三体はこちらを脅威と認識したのか、一度距離をとりながらこちらに向かってうなり声を上げている。その間に、カブから降りて少女の下に向かう。
「おい、大丈夫か?」
よく見てみれば、特徴的な少女だ。透き通るような銀の髪。それを引き立たせるような褐色の肌。そしてこちらが吸い込まれてしまいそうなほど深い金色の目。とんでもない美少女だ。
「あ、はい!魔力が切れてしまって...」
魔力とな。なんか気になるワードが聞こえたが、ともかく今はこいつらの撃退が急務だな。バッグの中からバイト着を取り出して、ぐるぐると左手に巻きつける。獲物が無いのが残念だが、まあ素手でもなんとかなるだろう。一応鍛錬はしてきてるしな。
よく観察してみると、狼達には角が生えているが、奥の一匹だけが立派な角を持っていて、残りの二匹はちょこんと小さな角が生えているだけだ。どうやらあいつが群れのリーダーのようだ。
そんな準備をしていると、その小さな角の二匹が勢いよくこちらに突っ込んできた。
その内一匹が飛び掛り、もう一匹は横から俺に攻撃しようと回りこんでいる。
一匹目の攻撃を体裁きで回避し、横から来た奴に膝蹴りを叩き込む。少し浅いか。
攻撃を回避された一匹が、着地点でそのまま半回転し、そのまま俺に飛び込んでくる。クソ、思ってたより動きが早い!
回避できないそいつの噛み付きを、そのままバイト着を巻きつけた左手で受ける。牙が俺の腕に突き刺さる前にそいつの腹を蹴り上げる。どうも根性のある奴だったようで、噛む力を弱めつつも俺の腕に噛み付いたままだ。
「おらぁっ!」
そのまま左手に食いついたこいつを持ち上げて、蹴り上げた勢いそのままに、先ほど膝蹴りを入れて体制を崩したままのもう一匹にたたきつける。
見事にクリーンヒットしたその一連の攻撃で、二体まとめて戦闘不能に追い込むことに成功した。残るは一匹。リーダー格のあいつだけだ。
誤字、この辺分かり辛い等あれば教えていただけると助かります。