第六詩「『ヒデ』」
天使が去った直後、わらわらと人が集まって来た。監獄の中からも心配そうに外の様子を伺う囚人たちが見える。
改めて煙が消え去ったのちに見ても、やはり監獄には傷ひとつなく、ただその周辺に破壊の後が残っているだけだ。
未だに状況を把握できていない秀頼ではあるがせめてレヴィの傍にいようと竜の姿の少女の横に立ったままでいたが、後ろからアジダカにぐいっ、と服を引っ張られる。
「うわ!?」
「オマエはこっちだ」
そう言うと手を放しスタスタと歩いて行ってしまう。このまま見届けていてはどこか消えてしまいそうで秀頼は慌てて走り出した。
「あ、あのっ、レヴィは……」
「他の奴らが勝手に連れていく、今オマエに出来ることはない」
「……そう、ですか……」
(そりゃ、そうだろうけど…………)
アジダカの言っていることは正しい。けれど秀頼は、自分を守って戦ってくれた彼女の為に少しでも何かがしたかった。そんな気持ちを呑む気もない冷淡な態度に少し不満げな顔をする。
レヴィや人の集団から離れ、人気のいない場所でようやくアジダカは足を止めて秀頼の方へ振り返った。
「オマエ、名前は? 人間なのか?」
「えっ……」
突然、自分には答えられないような質問に戸惑う。しかしアジダカの確信ある視線に器の名前ではなく中身の名前を聞かれていることに気が付いた。
「もし、かして……あ、貴方も知ってるんですか!? オレ……」
ベリアルの時と同じだ。今目の前にいるアジダカという男は秀頼の体のことを知っている、そう確信出来た。
「オレ……名前は、天草秀頼って言います……ちゃんと、人間です……」
「…………そうか……人間か……」
アジダカは頭をガリガリと掻きながら「わからないな……」と小さくつぶやいた。
「……あ、の……」
恐るおそる口を開く。
「どうして、オレの中が別人ってわかるんですか……? レヴィ達は気づいていなかったみたい、で……オレ、どうしてここにいるんでしょう。ここ、いつの時代なんですか! なんで天使や……ドラゴン、が……」
ゆっくりと質問していくつもりが、だんたんと疑問が零れていっていく。それをアジダカは表情一つ変えずに聞いていた。
「……ひとつ目の質問、それについては事情を知っているか、『そういう仕組み』を見たことが無ければ普通は気づかない。私の場合、後者だが……」
気になる単語に秀頼は眉を顰める。
「そういう仕組みって……」
「それを知る必要はない」
アジダカはきっぱりと言った。当然、納得はできない。「どうして」と秀頼が言いかけるが
「知る必要はないと言った」
先程より低い声で強引に言い切った。
『そういう仕組み』にはこれ以上探りをいれるなと言わんばかりに。
「ッ…………じゃあ、オレが知る必要のあるものって、なんなんですか……」
弱気に、涙ぐむような声でアジダカに訴えかける。
この世界の新人は、先輩の教え無しには何もできない。何か正しいことを知ることはできない。秀頼はそれを感じとっていた。
変わらずの表情のままアジダカは秀頼へと歩を進める。
「さっきオマエに襲いかかってきた変態はオマエを狙って下界に降りてきた、オマエの敵だ。それだけ知っておけ、ただ――――」
「ただ?」
アジダカは足を止め秀頼の胸ぐらを掴む。
「こちらに情報は提供してもらう」
「ええっ……!!」
(……ああ、この人……)
秀頼はアジダカの瞳を見て気が付いた。
――――他人の気持ちなど、考えたことのない人間と同じ目だ。
少なくとも、秀頼の中では生前の親と被って見えていた。
「オレ、は……!」
反抗しようとアジダカの腕をつかもうとしたその時、背後から聞き覚えのある声がやってきた。
「こらアジダカ! 子どもをいじめちゃダメだろう!」
「貴方は……」
振り返るとベリアルとの戦いに介入してきた男、アンリの姿があった。
気づけばアジダカの手は既に秀頼から放れていた。
「いじめてねぇよ」
「おや、そうなのかい? でもだいぶ怖がらせているようだよ。キミ、大丈夫? さっきもいた子だね、お名前は?」
アンリはそそくさと近づいてきては秀頼へ視線を合わせるように少し腰をおろした。
「え、と……オレ……」
「アンリ。そいつは例の子どもだ」
「……ああ、キミが! そういえば見覚えのある顔だと思ったよ。目が覚めたんだね、よかった!」
明るくそういうと、「でも」とアンリはアジダカのほうへ向き直す。
「なおさらもっと優しくしないとだぞ、アジダカ。君はこの子の親なんだから」
そういえば、と秀頼もハッとする。ついさっき生前の両親と被ったせいで印象はかなり悪いが……と後ろをチラりと見るとアジダカの表情が初めてよく動いていた。
「はあ?? 何の話だ」
今初めて聞いた、という顔をする。それに秀頼は思わず「え?」と声をもらした。アンリも秀頼と同様の反応をしていた。
「ん? 僕は君がこの子の引き取り人になるって聞いたんだけど……」
「俺がそんなのになるわけないだろ。誰が言ったんだそんなこと」
「ニーズくんが」
「じゃあニーズのとこにやっとけ。俺は親代わりなんて嫌だからな」
アジダカはそう言い捨てると不機嫌そうに背を向け去ってしまった。
「ニーズくんのところに連れて行ってもそう変わらないと思うんだけど……」
キョトン、とするアンリに秀頼は捨てられた子犬のような瞳を向けた。
「あの……オレ、これからどうすれば?」
「ああ、そうだね。う~ん、このまま彼の家に連れ居ていくと文句を言われかねないし……そうだ、僕のガーデンへおいでよ。ちょっと人が多いけど、部屋なら空いてるよ」
ガーデン。どこのことを言っているのはわからないがアジダカの家へ行くよりは気持ちが楽だろう。そう思い秀頼はやっと笑みを浮かべた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。そうそう、僕の名前はアンリっていうんだ。アジダカとは友人でね……もう一度聞くけど君のお名前は? 名前はあるんだろう?」
(この人もオレのことを知っているのか……)
「天草秀頼です。えっと、周りからはヒデってよく呼ばれているので、そう呼んでいただければ……」
それを聞くと、アンリはアジダカとは対照的に優しく笑う。
「わかった、それじゃあ『ヒデ』……ようこそ、人類と神話の戦争時代へ」
――歓迎するよ。
渦まいた瞳がそこにはあった。