第五詩「介入者」
「バラバラになっちゃえよおぉ、なぁああ!?」
ベリアルの雄叫びと共に幾つもの赤い環がレヴィに襲いかかる。それは出会い頭に地面を抉るほどの威力を見せた環が更に鋭く、凶暴性を増したものだった。
「ッ、こんなもの……!」
レヴィは口内に蓄えてある水を吸収し粘液を吐き出す。吐き出したソレは蛇口をひねりすぎた水のように一直線に環に向かっては、真っ二つに切り落とす。しかしあまりにも水が足りない。レヴィの攻撃を回避した環はそのままレヴィの体を貫きなおも地面を抉り破裂する。
「かっ……あ……!」
「レヴィ!!!」
飛び散る肉片に、秀頼は思わず彼女の名を叫ぶ。それに負け時とレヴィは悲鳴のような鳴き声を出した。
――――まだ、やれる。
レヴィは大勢を持ち直しまた口内の水を吸収し攻撃をしかけるつもりでいた。しかし、その先のベリアルの姿はない。
まず声がしたのは頭上からだ。
「へぇ~、水が得意な竜なんだねぇ! でもさあ、キミ……」
赤い環がギロチンのように頭上から一直線にレヴィの頭へと降りかかる。
「水場のないトコロじゃどうやったって不利だよねぇ!?」
このままでは、と何もできない秀頼はただ手を伸ばす。
――――このままではレヴィが死んでしまう。
知らない子だった。目が覚めて初めて見る女の子だった。けれど、それが本来どんな姿であろうとも秀頼にとってはこの世に産まれて初めて出会った女の子だった。数十分の思い出も、たったそれだけの理由で永遠のものにできる。
人情か、それとも身体からの信号か、どちらでも構わない。ただ――――どうかその子を殺さないでほしい。
「やめろぉぉぉおおおおお!!!!」
伸ばした手はどこにも届かない。
ただしそれは、手に限った話だ。
「『偽りの盾魔法』!」
「は――――」
レヴィの頭へ振り落とされる瞬間だった。謎の声と共にハチの巣のような壁がレヴィの頭上へ現れベリアルの攻撃を阻む。
本来、癇癪を起した大天使の攻撃などそう簡単に防げたものではない。
それを可能とする存在は今の世に五名だけ。神という概念、魔王サタン、熾天使ルシフェル、竜王■■■■■■■、そして今それを成し遂げたこの男――――
「遅れて悪かった! まさか戦いが始まっているとはね……!」
バーボン王国監獄管理者の魔法使い、アンリ。
要するに、ただの人間である。
「レヴィ……!」
秀頼は咄嗟にレヴィのほうへ駆け寄る。あれ以上の怪我はしてないようで、心底ホッと息をつく。
しかし安心するにはまだ早い。一人味方が増えたからといってベリアルがいなくなったわけではないのだ。
レヴィは戦闘態勢のままアンリへ必死に声をかける。
「アンリさん! 気を付けて、こいつ大天使よ!」
「うん、そう心配することはない。自分の治療を優先しなさいレヴィ、後にアジダカも来るだろうさ」
「もう来てる」
と、秀頼の背後から声がした。
そこには赤い薙刀を片手に携えた人間体の竜王、アジダカと呼ばれる男の姿があった。
「……とはいえ、遅い登場になったみたいだな」
レヴィの傷を横目に表情ひとつ変えずにアジダカはそう呟く。
その姿にレヴィはホッと胸を下ろした。
「竜王も……来てくれたのね……!」
会話の流れから、秀頼はその男がアジダカであることを察した。
(このヒトがアジダカさん……? なんて、いうか……)
――――本当に男か?
背は生前の秀頼ほどに高く、鋭い目つき、すらりとした無駄のない身体は確かに男性の体に近いが、髪が長いせいかどこか女性を思わせる雰囲気があった。中性的、とも言えるだろう。そういう意味ではベリアルに少し似ている。
物珍しそうに見つめる秀頼にアジダカは赤い瞳を向けた。
「原因はオマエか」
「へ?」
アジダカはそう一言だけ言い残し、意識ごと完全にベリアルのほうへと向き直した。
一方ベリアルはどこか苛立った表情を隠せずにいる。
「厄介な奴が来たもんだねぇ、ほんとぉ……嫌んなる」
「じゃあさっさと死んどけ」
ステップを踏むように1、2歩と進むと閃光の如き速さでベリアルと一気に距離を詰める。最初に狙うのはまず、翼。
手にもつ薙刀を軽々と振り落とす。しかし、当然ベリアルも抵抗する。瞬時に光の環を扇状にしアジダカの首元を狙い放つ……が、竜王アジダカはそれよりも速く動いた。
一瞬、時でも止まったかのようにアジダカは踵から衝撃波を生み空中を蹴って回転。まるで翼でもついているかのような動きでベリアルの左翼へ手を伸ばした。
「さわ、るな!」
ベリアルは怒りの声と共に翼を大きく広げアジダカを振り払おうとする。そんなベリアルにアジダカは「無理な話だ」と呟きながら薙刀に魔力を集中させる。
武器変形。赤い薙刀は闇を帯びる。
薙刀であったものは、ガシャン、と音を出しては脇差のような長さの刀に変形する。
その刃先に、慈悲はない。
「こうでもしないと斬れないんでな」
もうひと蹴り空中を踏み、衝撃波そのもののようにベリアルの右翼を斬り潰す。
「ぐああッ……!!」
痛みに思わず声を上げるベリアル。だが斬れたのはたったの一枚だった。
ベリアルのほうがアジダカが空中を踏む寸前に冷静になり翼を一気に閉じ横へ避けたのだ。その証拠に、ベリアルの色から赤みが消えかかっていた。
この一連を秀頼は当然見ていたが、まるで理解の追い付くものではなかった。
(速すぎて、何をしてんのか全くわからなかった……)
アジダカは小さく舌打ちをし、一度地上へと足をつけて。もう一度、とまたベリアルのほうへ立ち向かおうとする。
しかし、
「それ以上はいけない、アジダカ!」
アンリの呼びかけについ足が止まる。その一瞬の、隙をつかれた。
「……ああ、それ以上はダメだ」
介入者によって。
赤いグロテスクな炎が地上を襲う。彼らの頭上にはざっと数十名の天使と赤い髪の目立つ逞しい男の姿をした環の無い天使――グザファンがいた。
グザファンは炎を自在に操りながら地上にいる人間らに威嚇する。その腕の中には既にベリアルが抱きかかえられていた。
「……ボクに、触れるな……」
「その翼じゃうまく飛べないだろ。天界まで我慢してくれ」
アジダカは彼等を鋭く睨みつけ、グザファンは敵意なくアジダカを見下す。
「おい、そいつは置いてけ。まだ治療費も修理費も受け取ってないんでな」
「悪いが翼一枚で勘弁してやってくれ。そちらは治るモノだろう」
グザファンはそう言い残すと天空へと向かおうとする。させまいとアジダカは動こうとするがそれをアンリが止めてしまった。
「炎の天使よ! 話を聞いてはくれないか!」
アンリの呼びかけにグザファンは視線だけを向ける。今のアンリには、それだけで十分だった。
「翼を傷つけておいて申し訳ないが、どうかこれ以上、世界を壊してくれるな! 出来ることなら僕は君らと共存できる未来が欲しいんだ!」
人間の必死な呼び声に周りにいる無名の天使はクスクスと笑い、ベリアルは軽蔑の目でそれを見る。
しかし、視線だけを向けてくれた彼だけは「そうだな……」と小さく肯定するとその場を後にした。
――――これにより秀頼と天使達の突然の出会いは一度幕を閉じる。