第三詩「メープルシティ」
あれからすぐ、秀頼はレヴィに連れ去られるように病院の外へ出た。
予想はしていなかったが、外は西洋のお伽話に出てくるような古風な街並みで秀頼は思わず息を呑む。
レンガでできたような家、なによりすぐ視界に入ったのは王様でも住んでいそうな大きな城だ。
自分のいた世界でもこういった場所は普通に存在するだろうが、秀頼は異世界に来たかのような心境で外を見つめていた。
ここは商店街だろうか、たくさんの店が大通りに出ている。金色の髪、水色の瞳、白い肌。そういった人たちが目立っているあたり、やはりここは外国なのだろうかと秀頼は首を傾げた。よくよく考えればレヴィも先程の医者・アメリアも日本人名ではない。けれどそうなると説明できないものがある。
言語だ。レヴィやアメリアは普通に日本語で喋っていた。街中の人々も聞き覚えのない言葉はチラつかない。それでもやはり日本人らしき人物は見えないので秀頼は頭を悩ませるばかりだ。わからないことにばかり頭を回していても仕方がないと、とりあえず今は自分の引き取り先の事を考える。
そう、この体の少年には親になってくれる人物がいる。レヴィは、その妹だという。
その名は、竜王・アジダカ。
病院でもアメリアから名前は聞いたが、様をつけて呼ばれていたあたり、身分の高い人なのが伺える。
(まさか、王族とか…!?)
庶民の出である一般人ヒデヨリ。転生した先で王族になる。
……いやいや、まさか。と首を振るう。そもそも、この国に王様がいるのであればここが日本ではないのは確実になる。そんな不安のようなものを拭うように秀頼は自分の頬をぺちぺちと叩いた。
その様子を見ていたレヴィは心配そうな声色で声をかける。
「どうしたの? 具合悪い?」
「ああいやっ、そのっ、えっと……アジダカ、さま? ってどういう人なの? 会う前にちょっと心構えをしておきたいなって……」
「ああ、竜王ね! そうねぇ、会ってからのお楽しみと言いたいところだけどぉ……」
竜王。先程から少し引っかかる単語だ。
(りゅうおう……王……王族っつーか、王様なのか? そうなるとこの子はお姫様になるんだけど……)
確かに、姫に相応しい外見で、とても理想的な女の子だ。ただ、恰好はそうでもない。国によって違うのかもしれないけれど、彼女はあまりにも一般人だ。そこらを歩いている方々とそう身分が違うようには見えない。
「今言えるのはぁ……竜王はこの国の竜騎士と呼ばれる騎士の司令官ってことかしら。軍事さんぼう委員? ってやつの代表者でもあって、お偉いさんなのよ」
「騎士……軍事参謀委員……国家の人か……」
「わ、わかるの!? かしこいわねぇ!?」
レヴィはそう言うと秀頼の頭をわしゃわしゃと撫でた。
(オレは犬か……にしても、アジダカさまは王族ではなく騎士、騎士ときたかあ……)
やはりここは日本じゃない? そんな疑問と共にアジダカの人物像を想像する。
名前や立場からして恐らく男性。軍人という点から、高身長ムキムキゴリゴリの声のでかい元気なおっさん、あるいは煙草をふかして悪そうな顔をする帽子の似合う怖いおじさんをイメージする。
(うん、どっちにしろこの先、不安しかないな!)
出来れば前者であってほしい。それと自分を軍隊にいれないでほしい。そんな心持ちでレヴィの後ろをついていった。
数十分歩いたところで、不自然な建物を見かける。
他の家とは違ってガラスで出来たような建物で、中にはたくさんの植物と人で賑わっていた。
「あそこは?」
「あそこはバーボン王国特製のここメープルシティにしかない監獄よ。子どもの犯罪者やカウンセリングを一定回数受けた犯罪者が主に暮らしているの。地下もあるみたいだけど、アタシもよくは知らないわ?」
「か、監獄!? あれが……」
改めて見ても、監獄とは思えない。
中の人々は明るく元気に遊んでいるようで、なかには花で冠を作っている子どもまで見えたからだ。
「普通はもっとがっちりしてるハズなんだけど、ここの管理者の意向でこうなっているのよ。罪を犯した人にも平穏と心の安らぎをってね」
「へ、へぇ……そんな意見よく通ったな……って」
「ん?」
思わず足を止める。今、レヴィの口からとある答えが出てきたからだ。
「……バーボン、王国??」
「ああそっか、ちゃんとは言ってなかったわね。ここはバーボンという名前の国なの。そしてここはその首都、メープルシティ! 貴方がこれから住まう場所だからしっかり覚えておいてね」
レヴィはニコッと笑顔を見せる。
可愛らしい笑顔だ。いやそれよりも、と秀頼は声高らかに突っ込んだ。
「ここ日本じゃないの!? いやっ、確かに日本っぽくはないけど、その……日本語……」
秀頼のその言葉にレヴィは瞳を丸くする。
「ニホン……ニホンって、ニッポン? のことよね?」
「そ、そうニッポン!! ジャパンのニッポン!」
「なーんでその国を貴方が知っているのかしら……」
良かった、この世界にも日本がある……! とホッとするも彼女に言葉にハッと我に返る。すっかり頭から抜けていたが、今の自分は日本人ではなく全く別の人間であり、恐らくはこのバーボン王国の国民だ。まして産まれて15年間も眠っていたらしい。こうして普通に喋っていることさえ不自然だというのに他国の名前まで出しては不自然の域を超えている。中に別の人間がいる。それがバレたら――――いや?
「ちゃんと話したほうがいい感じじゃないか……?」
「ふぅ~む……ま、いいわ。貴方はいろいろ不思議だけど竜王ならきっとわかるものね。まずは家に行きましょう?」
(竜王ならわかる……?)
「う、うん。俺も、その家についたら君とアジダカさんに話したいことがあるんだ」
その言葉にレヴィはくるりと回るように振り返り長い髪をなびかせた。その美しさに、秀頼は目を奪われる。
「そう。アタシも。貴方にはまだ話してないことがたくさん――――」
しかしその姿に見惚れる余裕を与えてはくれなかった。言葉をレヴィ自身が遮ったのだ。何かに気が付いたように、レヴィは唐突に空を見上げる。
と、ほぼ同時に一筋の光が空から地上へ落っこちた。
その光がぶつかった先は……あの監獄だ。山を引き裂くような猛烈な爆発音と共にレヴィと秀頼は風圧で吹き飛ばされた。
「いっつつ……な、なに!? 落雷!?」
一般人にはそう見えたのだろう。実際の落雷がどういうものか秀頼は大して知らないが、現状を説明できるものがそれ以外に何も思いつかなかった。
だがレヴィは違う。彼女にはハッキリと見えていた。
「嘘……なんでこんな時にアイツが…………」
どこか絶望に染まった表情に秀頼は言葉を呑む。彼女の表情がただの落雷でないことを示していたのだ。
「たいへん、大変!」
ハッと我に返ったレヴィは尻をついたままの秀頼を必死に起き上がらせる。
「貴方は今来た道を戻って! なるべく人の多いところに行ってて!」
「え、君は!?」
「アタシはアイツを止めなきゃだから! もし竜騎士っぽいの見かけたらアタシがいるって伝えてくれればそれでいいから!」
「ちょ、ちょっと――――」
ロクな説明も受けられず、レヴィはそのまま監獄の方向へと走っていき、爆発によってできた煙の中へと姿を消した。
「危ないよ、レヴィ!!」
秀頼は思わずそんな彼女を追いかけてしまう。
この行動が再会と呼ぶに相応しい初めて出会いを呼ぶこととなった。