第一詩「15年目」
ここから本編開始です!
やたら設定がわかりづらいかもしれませんが、話を読みながらだんだん理解してもらえたらなあと思っています。一気に説明したらつまらないもんね!(言い訳)
重い瞼を開く。
そこは見覚えのない白い天井。3度だけ、ゆっくり瞬きをした。
(…………病院……)
確信したわけではなく、ただその単語が頭をよぎった。ここにくるまでの記憶はないが、自分の部屋じゃないことは理解できたからだ。
いったい、なぜ自分がここにいるのか。状況を把握しようと思ったその時、右から自分とは違う呼吸音が聞こえることに気が付く。斜め横へ重い頭を動かすとキラキラとした珍しい黄金と青いメッシュのはいった頭が、そこにはあった。
(女の子? ……外国人、か……)
それはベッドに頭を乗せて眠るツインテールの可愛らしい女の子の頭だった。当然、知らない子だ。
迷子だろうか、起こしてあげようと細くなった手を伸ばす。指が髪に触れようとする瞬間、それを感じとったのか、女の子はビクッと体を震わせてはパッチリと大きな蒼い瞳を見せた。
「……起き、たの? ……」
女の子は秀頼を見つめ、そう呟いた。
それになんて返せば良いのかわからず、今度は素早く3度だけ瞬きをした。それを見た女の子は勢いよく起き上がり、驚愕の色をあらわにした声をあげては病室から飛び出してしまった。
(……なんなんだ、今の。かわいい子だったけど凄い声だしてたな……)
今は理解しなくてもいいか、とまずは体を起こす。ここでようやく秀頼はある違和感を覚えた。
病院で眠っていたのであれば何かしら体についているものだが、自分の体には包帯も管も、何か病院で眠るような原因になるものがまったく見当たらないのだ。
それどころか、秀頼の体は自分の記憶よりも少し小さくなっているように感じた。
細い脚、細い腕。小さな足、小さな手。前よりも短くなっている指で、恐るおそる自分の顔に触れる。
「? ……?? ……!?」
――――なにもかも、違う。
全身整形もいいところだ、ほんの少し小顔になった頭を撫でまわす。髪色なんてあの目立った赤茶から藍色にも見える黒になっている。確かに染めた髪色ではあったが、過去に色落ちしてここまで綺麗な黒になったことは一度もない。
触った感覚だけではわからないと、己の姿を確認するために秀頼は鏡を求め病室から飛び出る。
飛び出した自分に女性が声をかけたような気がしたが、振り返らず秀頼はそのままトイレと思わしき場所へかけこみ、鏡を前にする。
「……あ、ぅ………………」
慣れていないのか、驚愕のあまりか、恐らくその両方が理由でうまく声が出せなかった。
鏡の前にいるのは、別人だ。微塵の面影もない。自分が元々どういう顔をしていたのかすら、頭から飛びぬけてしまいそうになるほどだった。
――いったい、誰だ。鏡の前にいるのは、ここにいる自分は、本当に天草秀頼なのか――
背筋が凍る。こんなもの、理解できたもんじゃない。目が覚めると自分の姿が変わっているなんて非現実的にもほどがある。
(……思い、出せ! そうだ、オレはどうしてここにいる? どうしてこんなことになってる!? 思い出せ、おもい……)
思い出した。仕事帰り、歩道にいたら何かがぶつかってきた。恐らく、車だ。暴走した車が歩道にいた秀頼を轢いてしまったんだろう。しかしそれは病院で眠っている理由にしかならない。自分が自分でなくなっている原因だけが、どうしても思い出せない。そもそも、そんな記憶はないとでもいうように。
ふらふらとした足つきで、その場を離れ廊下へ出た。
すると先ほどの黄金色の髪をした女の子が声をあげる。
「いた! アメリアさん、見つけました! おトイレに行ってたみたい!」
女の子はアメリアという女性の名を呼んでは、秀頼の傍へかけよった。
「急に歩いて大丈夫だった? 転んだりしてない?」
「…………」
思わず、黙ってしまった。
先ほどは自分よりやけに小さな子に見えたが、こうして前にしてみると自分と頭一つ分しか変わらない女の子だ。
困惑した表情を浮かべる秀頼に、女の子はハッとする。
「ごめん、言葉、わかんないよね。アタシ普通に話しかけちゃった……えっと、その……」
外国人を前にした、いや赤ん坊という表現が正しいか。1才の幼子を前にしたようなそぶりで、女の子はあれこれと言葉を探す。
秀頼は咳をするように喉をうならせては「あー」と軽い発声練習をする。気味が悪いことに、やはり声も自分のものと違っていた。
女の子の方へ向きなおし、声をかける。
「えっ、と……言葉はわかるんだけど、状況がわからなくて……まず、君は誰? オレはどうして……」
どうしてこんなことになっているのか。秀頼がそう言い切る前に女の子は声高らかに叫ぶ。
「こっ、言葉がわかるの!? 初めて目覚めたのに!!」
「……はじめて?」
理解しかねるワードに眉を顰める。
女の子は物珍しそうに秀頼の体を上下と繰り返し見ると、こちらもまた眉を顰めた。
「ちゃんと人間、よね? 貴方……眠りながら、お兄ちゃん達が喋ってるのを聞いて覚えたのかしら……」
「あの……色々とよくわからないんだけど……」
秀頼がそう言うと女の子はまたまた我に返り焦り始める。
「あっ、え、えっと、アタシはレヴィっていうの。貴方の……」
するとそこへ白衣を着た女性がやってきた。
「あらほんと、起きたのねその子。さ、身体を診ましょうか、彼を病室へ戻らせてレヴィ」
医者なのだろう。レヴィと名乗ってくれた女の子は「は、はい!」と歯切れの悪い元気な返事をすると秀頼を見つめ、袖を引っ張った。
「わからないことだらけだと思うけど、まずはベッドへ戻りましょう? お医者さんが色々お話してくれるはずよ」
「う、うん……」
子どもをあやすかのような彼女の態度に、秀頼の力のない返事をした。
引っ張られるがまま元へいた病室へと戻り、ベッドに座らせられる。
身体の状態を確認するように、アメリアは秀頼の体に触れた。
「ふむ、身体にはこれといった異常は見当たらないわね。さすがアジダカ様の血、人の体をここまで健康状態に保たせ、高い知能を身につかせるなんて……」
「? あの……」
「ああ、そうね。貴方にも色々説明しなくっちゃ……まずは、無事生還出来ておめでとう。15年もの間、本当によく頑張ったわ」
――――15年。
予想もしていなかった数字に、秀頼は驚きを隠せなかった。
「じゅ、15年!? オレ、事故に遭ってから15年も寝ていたんですか!?」
「事故? ……ああ、そうね、確かに事故で間違いじゃないけど……」
しっくりこない表情を浮かべては、アメリアはそのまま言葉を続ける。
「まあ驚くのも無理ないわ。私としては貴方が言葉を普通に喋っているほうが気になるけど、そこは竜王……貴方を救った方、アジダカ様のおかげとして上に報告しておくわ。貴方からはほんのり魔力を感じるもの」
「?? あ、あの、全然なんのことかわかんないんですけど……」
少年の疑問に、アメリアは「そうでしょうね」と性根の悪そうな笑みをこぼした。
「貴方は15年前、森でアジダカというお方に拾われたの。その時、貴方はまだ生まれたての赤ん坊だった。それから植物状態が15年も続いて、今日やっと貴方は目覚めたのよ。本来なら言葉なんてわからない、産声をあげる15歳の筈なんだけどね」
アメリアの説明に、秀頼はようやく頭が追い付いた顔を見せる。この医者は秀頼のことを喋っているのではない、秀頼とは全く別人の、この体のことを話しているのだ。
(じゃあ、オレは? 事故に遭ったオレは、どうなったんだ? …………)
最悪な状況に、少年は表情を暗くした。
付き添っていたレヴィはそんな秀頼を見ては横へ座り、背中を優しく摩る。
「よくわかんないのは仕方ないわ。大事なのは、貴方がこれからどうするか! お家はちゃんとあるし、ゆっくりと、これから一緒に自分やこの国、世界の事を知っていきましょう?」
――確かに、この子の言う通りかもしれない――
思えば凄く可愛い子だ、こんな子に励まされて前を向かない男が男と言えるだろうか。なんて一般男児の浅ましい思考を張り巡らしながら秀頼は拳を強く握った。
(何がなんだかよくわかんないけど、まずは行動あるのみだよな……オレが自立した時と、なんも変わらねぇ。最初はなんだってわからないことだらけだ)
小さく深呼吸をしたあと、レヴィのほうへ笑みを向け感謝の言葉を告げる。
「ありがとう」
この時、レヴィが可愛らしい顔で頬を赤らめたのを秀頼は気づかないでいた。