第十七詩「親と子・前」
「ふふ、似合ってるわヒデ」
新しい衣服を身にしたヒデに、レヴィはそう言って微笑んだ。
長袖のシャツにベスト、裾が少し広がった長ズボン、そして腰には短剣を携える。
「なんか昔の人みたいだ」
頬を指でかきながら、縦長の鏡の前で少し照れ臭そうに言った。
「そうかしら。でも、ヒデからしたらそうかもしれないわね」
「? どういう意味?」
「えっとね、聞いた話なんだけど」
右に結んだ髪を指でいじる。
「流行ってあるじゃない。その時には普通の服でも数年経ったら古いって思われるものなんでしょう? ヒデはすんごい昔から来たから、逆に未来はもっと昔のものが流行っているかもしれないし」
説明に秀頼は、ああ、と納得の声をあげた。
「レイヴァーの法則ってやつか。確かに……そう考えたらこういうのが未来でもおかしくはないのかな」
「れいぶぁー……?」
首を傾げるレヴィの背後から、ぬるり、とファーフナーが姿を現す。
「アラ。アラアラアラ。小さい命の割に色々知っているのね。それはそうと、普段着はそれでいいのかしら? もっとホラ、ジャラジャラさせたり……黄金にしたり!?」
「あ、これで結構ですんで」
「ほんとつれない命」
ファーフナーは残念そうにため息をついた。
「それよりこの……剣、なんですけど。必要ですか?」
「ええ、必要不可欠よ。いつ魔獣や天使に襲われるかもわからないし……」
その言葉に秀頼はベリアルを思い出す。
確かにここへ来てすぐに身の危険になる出来事はあったが、この短剣がどれだけ力になってくれるか、秀頼は不安を感じずにはいられなかった。
「本当ならもっと立派な剣をプレゼントしたいんだけど……小さな命の腕力じゃ振るうのも難しいでしょうし、邪魔でしょう? 普通ならワタシら竜や、騎士団らが助けてくれるものね」
それは容易に想像できた。
ベリアルに襲われたとき、レヴィやアンリ、竜王が救ってくれたからだ。
けれど、
(護られてばっかりなのも、なんだかな……)
秀頼はどこか不満を覚え、眉を顰めた。ファーフナーはそんな秀頼を見て目を細める。
何か言葉にしようとしたとき、先程の騎士団団長、フェリ・エミールが顔を出す。その手には荷物のようなものは何も手にしていなかった。
「アラ。アラアラアラ。どうしたの?」
「仕事だ。お前ら竜は避難の必要はないが、そこの餓鬼は森の中に入れるなよ」
フェリはそれだけ言うと早足でその場を去っていった。
「……仕事って……」
「あの言い方だと森のほうで何かあったみたいねぇ」
「アイツ……もっと詳しい情報を寄越しなさいよね! それでも市民を守る騎士なのッ!?」
「はは、レヴィは本当にあの人が嫌いなんだな」
「ひ、ヒデもいつかわかるわっ」
レヴィは少し恥ずかしそうにそっぽを向いて自分の髪を握る。
「ふふ。さて、さてさあて。おふたりさん」
ファーフナーは手を叩き二人の視線を集める。
「まだまだやることがあるんでしょう? 結構いい時間だし……他の衣服はワタシのほうから自宅に送るから気にしないで外に出てらっしゃいな」
気が付くと時計の針は12時を回っていた。
「わ、もうこんな時間……ヒデ。まずは貴方の家に案内するわ。お昼はそれからにしましょ?」
「ああ、うん。ありがとう……ファーフナーさんも、服、ありがとうございます。あと……」
「ん?」
「……エタのこと、教えてくださってありがとうございました」
秀頼は深々とお辞儀をする。
それに対しファーフナーは口元を不気味に伸ばして、レヴィは首を傾げた。
――ファーフナーに言われた通り、レヴィと秀頼は店を後にした。
レヴィに案内されるがままに竜達の住処を歩き回る。
秀頼が入ってきたときに出会った子竜、マラクとオルフェは見掛けられなかったが、
「おや、さっきの。うちのモンが悪かったね」
「オルフェ達、まだ小さいから……」
その両親が秀頼の元へ顔を見せた。
「あっ、フィンお兄ちゃん。マラコお姉ちゃん! ヒデ、このふたりがマラクとオルフェのお父さんお母さんよ」
「……ああ! あの時の……は、はじめまして」
「あっはは、そんなに緊張しなくていいんだよ!」
腰の低い秀頼の肩を、フィンは思い切り強く叩いた。
思わず顔が歪む。
隣にいたマラコが、まあ、と声をあげた。
「もう、貴方。その子は人間なのよ。死んじゃったらどうするの」
その言葉に、ぎょっ、とする。
「し……!?」
「いやあ大丈夫だろう。なんたって竜王の血が混じってるんだから。ちょっとやそっとじゃ死にゃしないよ」
「え!?」
またもやぎょっとする言葉を聞いた。
竜王の血が混じっている、秀頼は確かにそう聞こえた。
詳しい話を聞こうとしたところで今度は別の竜が現れる。
「やっと来たか。遅かったな」
ファヴニールだ。
「む……マラコ、フィン。子どもたちはどうした?」
その問いにマラクとオルフェの両親は気まずそうな表情をした。
「ああ、それがな姉さん……ちょっと目を離したらまたすぐ出てっちゃって。今捜してるところなんですよ」
「……ふぅ、貴様等。もう少し親という自覚をもて」
「返す言葉もないわ……えっと、それじゃあねレヴィ、君」
マラコはそう言ってフィンの袖を引っ張り、二頭はその場から去っていった。
「……マラクとオルフェ、大丈夫かな?」
「そうねぇ、結界から出てなければ安全だと思うし……出ようものなら他の竜が止めてくれているはずよ」
「そっか……」
それを聞いて少し安堵する。
子どもというのは竜も人間も変わらず思い切った行動をするもので、目を離したらその先で何が起こるかまるでわからないものだ。
けれどこの大家族が住む結界内なら、どこにいようときっと大丈夫だろう。
秀頼はそう考え、マラクとオルフェの行方は一度頭の端に置いた。
「……そう! そうだ、あのさ、オレさっき……フィン、さん? に竜王の血が混じってるとか言われたような気がするんだけど……」
秀頼がそこまで言うと、レヴィとファヴニールは目を丸くし、間をおいてからレヴィが小さい声で言った。
「……言ってなかったっけ?」
「言われてないよ!? え!? オレの身体って天界から堕ちてきただけでなくアジダカさんの血が混じってるの!? え、ガチでアジダカさんの子ども!?」
秀頼は思考をぐるぐるさせながら自分でもよくわからないことを口にする。
「お、落ち着いてヒデ! ごめんなさい、てっきりもう伝わっているものかと……」
「……天草。貴様のその身体は産まれてすぐに魔獣の毒を食らっている。その際、竜王が自らの血を与えて治療したのだ。それだけでなく――――15年もの間、目覚めた後すぐに動けるよう定期的に血を与えてくれたのだぞ」
秀頼はその言葉に思わず固まる。
竜王アジダカは拾っただけでなく、この身体のために自らの血を与えていた。
(あの、竜王が?)
「……あ、そっか。ヒデが普通に歩けたのってやっぱり竜王のおかげだったのね」
「え?」
「ほら普通15年も眠ってたら身体なんて上手に動かせないでしょう? ましてその体、一度も歩いたことないのよ?」
あ、と声を出した。
目覚めた後すぐに動けるようにとは、そういうことか、と秀頼は納得した。
そして監獄で急に倒れ、空腹に襲われたのはその効果が切れたことなのだろう。つまりそれまで、竜王の加護のようなものが秀頼にはあったのだ。
(そんなことも知らずにオレは……)
初めて出会った時のことを思い出す。
秀頼にとってアジダカは勝手な大人のような印象が力強く残っていた。
しかし、ここまでアジダカの話を聞いていると、とても悪いヒトには思えない。それどころか感謝するところしかなかった。
もしあのとき身体が全く動かず、空腹に襲われ何もできなかったのならもっと混乱していたかもしれない。そしてそんなときに、ベリアルがこちらへ向かってきたとしたら――――ぞっとする話だ。
(……アジダカさんとちゃんと話せたらな)
もう一度、今度は時間に余裕をもって。
秀頼はアジダカのことをアジダカの口から聞きたいと思った。




