第十六詩「悪い人」
「この足音……」
店の客だろうか、恐らく他の竜だと秀頼は思ったが、レヴィがだんだんこちらに近づいてくる足音に眉を顰めたのを見て目を丸くした。
「レヴィ、どうし――」
秀頼の言葉と被り、扉が強く開けられる。
どうやら乱暴に脚で開けたようでその登場の仕方から既に秀頼からの印象は悪い。
そこから姿を現したのは貴族を思わせる恰好の、大きな剣を背に携えたをした一人の若い男だ。
金色の七三のような髪型に、似合わない三白眼。
顔もスタイルも良い男ではあるが仕草と冷たい眼差しからは初対面の秀頼でも誰かと仲良くするようなモノではないことが伺えるほどだった。
「……餓鬼。ファーフナーはどこにいる?」
「そ、それがヒトにモノを聞く態度かしら!? 何の用よエミール!」
エミールと呼ばれた男はその言葉に、はん、と鼻で笑う。
「人間のつもりか、メス餓鬼め。貴様は竜騎士のリストには載っていなかったな。戦力にもならんゴミがオレによくそんな態度がとれたものだ」
「ッ、アンタみたいなのが騎士団団長だなんて、世も末ね!」
「……え? 団長って竜王じゃ……」
秀頼がそういうと、エミールの眉がピクリ、と反応を示した。
「貴様、騎士団が分かれていることも知らんのか。これだから竜という、の……は……」
エミールは話ながら秀頼を見て小さな瞳孔をさらに小さくする。
「…………天界からの堕とし子か」
エミールはその顔に見覚えがあった。
それもそのはずだ。アンリの話通りであれば秀頼の身体の器は全世界の人間に知られているといっても過言ではなく、国の騎士団団長を務めるほどの男がその顔を知らない筈もない。
「話には聞いていたが……なるほど、目を覚ましたばかりの餓鬼にしては知能が高そうだ。だがこのオレのことを知らないとは。メス餓鬼、貴様ら竜の教育はどうなっている。会話ができる程度の知恵をもった赤ん坊にこの国の情報さえ叩き込むことができんのか」
「はっ……はあ!? 秀頼が目を覚ましてからまだ二日目よ!? そんな一気に教えるはずも覚えられるわけもないでしょ! だいたいアンタの話なんか二の次、いいえ百の次よ!」
「一日に百一のことも教えられないのか」
エミールのその態度は煽っているようで本質からものを言っていた。
名をフェリ・エミール。
バーボン王国の都会で生まれ育ち成績優秀、眉目秀麗、勇猛果敢といったまさに恵まれた天才でありアンリの古い友人である。
しかし完璧に思えるその男はそれら全てを台無しにするほど――性格が悪い。
アンリと共に幼い時を過ごしたとは思えないほどの残虐非道な行為を素でやる男である。
時には幼子であろうと容赦なく斬り捨て、時には女も盾にし、時には通りすがりの猫も殺す。
彼が過去してきた耳が痛くなるほどの行為は数えようにもキリがないほどだ。当然その噂も流れるためレヴィのように彼に当たりの強い者は多い。
それらは全て論理的に考えた結果であり、本人の快楽によるものではない。と団員や王は主張している。
「アンタねぇ……」
「アラ。アラアラアラ。愛らしい命が来てると思ったら、フェリじゃなあい」
喧嘩が暴発しかけたその場にファーフナーが顔を出す。
手にはいろんな紙の束、そして背後にはクローゼットのようなものが荷台に置かれていた。
「そういえば受け取りに来るの今日だったわねぇ。品は奥にあるから自分で取ってきてもらえるぅ? 注文番号は記憶しているでしょう?」
ファーフナーがそういうとエミール――いや、フェリはチッと大きく舌打ちをする。
「わざわざ取りにこさせた挙句、店主としての仕事を放り投げるとは」
「そんなに嫌なら他の団員に取りに来させればよかったのに」
「他に私用があってな、そのついでだ」
フェリはそう言うとファーフナーがきた扉から部屋を出て行った。
「……なんつーか、怖い人……ですね……」
「そうよヒデ。アイツすんごい嫌な奴だし人間の癖に人間らしさの微塵もないの! 絶対近づいちゃダメだからね」
「アラ。アラアラアラ。ああ見えて彼は友人が多いし人望もあるのよぉ」
「え!? そうなんですか!?」
「人間って不思議よねぇ。でもヒデにはそういう人物、心当たりないのかしら? 口も態度も悪いけど友達になりたくなっちゃうような子っ。うふふ、まだ早いかしら?」
その言葉にレヴィは「そんな人いないわよ」と言いかけるが秀頼には心当たりのある人物がすぐ脳裏に浮かび、あ、と声を出した。
「え、そういう人がいるの。ヒデ」
「あ~、まあ、うん。ここに来てから出会った奴なんだけど、エタっていう……」
「エタ? アタシの知らない子ね……」
エタ。その名を聞いたファーフナーは食い気味に秀頼に近づいた。
「もしかしてその命、穢多? アルビノの、日本の血が混じった小さい命かしらあ?」
「アルビノ……ではあると思いますけど、え、アイツハーフなんですか? しかも日本?」
「鬼といえば、日本か中国でしょう。確かぁ~母親が日本人って話を聞いた気がするわあ」
思いもよらないところでエタの新たな情報を得る。
しかしここでも鬼という言葉が出てきたあたり、ファーフナーは彼の事を鬼の子と認識しているのだろうか、と秀頼は少しばかり不安な気持ちになった。
「その子、そんなに有名人なの?」
「ええ。確かぁたくさん死んだっていう……三年前に起きたバーボン史上残虐の事件トップ10に入るとまで言われた事件の犯人よねぇ」
「え」
思わず固まる。
あんな小さな少年が監獄で暮らしている理由を考えなくもなかったが予想をはるかに超える言葉に秀頼はありえない、といった表情を見せる。
「そっ、そんな子と友達になろうとしているのヒデ!?」
「いやそんな酷い奴じゃないんだよ! いやアイツのことは全然知らないけどさ。なんていうか……誰かを殺すような奴には思えないし……」
エタがスプーンの持ち方を頑張って正しくしようとしていた時のことを思い返す。
あんな子どもが人を殺すような人物には秀頼にはとても思えなかった。
「アラ。アラアラアラ。優しいのねぇヒデ。殺しそうとか殺さなそうとかそういうのはわからないものだと思うけれど、まあ、信じたいならそれでいいと思うわ」
そういいながらファーフナーは荷台に乗せたクローゼットのカーテンを開いた。
「さあて話を戻すわよ。命にぴったりの服を選んでね」
ファーフナーは再び爬虫類顔で微笑んだ。




