第十三詩「ネ=コバス」
「お兄ちゃん……」
ニーズへ冷たい視線を向ける。
彼の性格上、必死に自分をフォローしかねない、レヴィと秀頼はそう思ったが、
「戦争ッスよ。壊すか壊されるかの選択しかないんスよ。ま、アンリ様はそこから救ってくれたッスけどねー!」
へらへらとした顔つきのまま、ニーズは案外真面目な返答をする。
これには15年共にいたレヴィも目を丸くし、少し落ち込んだ。
レヴィは15年前の戦争を知らない。
話には聞いたが兄や姉、竜王は詳しく話してはくれなかった。
レヴィはある日の、長姉であるファヴニールが言ったことを思い出す。
「――我々が罪悪感を抱く必要はない。勘違いしてはならぬぞ、我々のしたことは罪ではなく過ち、間違いだ。ただ間違いをしてしまった。それで幾人の命を奪い、幾竜の命が奪われた。互いが間違いを犯してしまったのだ。悔みはしよう、反省はしよう、だが罪ではないのだから罪悪感は不要なものだ。それでも、それでも我々のしたことが罪だと言う者がいるのなら、レヴィ――お前は何もしていない。だから、気にするな」
そう、最後は優しい声で言ったのだ。
その後、アンリにも相談をしたが、「罪は子孫が受け継ぐものでも、償うものでもない。当事者が受け止め、未来を捧げるものだ」と難しいことを言った後「君のお兄さんとお姉さんに罪はないけどね」といつも通り微笑まれた記憶がある。
レヴィには理解できない。
家族のした虐殺を、家族がされた蛮行を、なぜ罪ではないと言えるのか。
なぜ子孫である竜や人の子に知らぬ顔を求めるのか。
そもそもなぜ、我々の出会いが戦争から始まってしまったのか。
レヴィは一生知れる事はないと心のどこかで思っている。
きっと知る前に、世界が終わってしまうから。
――けれど、それでも、家族がそう言うのであれば。世界の救世主がそう微笑むのであれば。それはきっと、正しいことなのね。
そう考えたからこそ、あのベリアルにも啖呵を切れた。
(きっと彼はアタシと似ているのね)
今ある命のほとんどが知らぬ一億年以上も昔の事を掘り返し、それに怒るほどの幼い心をした男だった。
──もしも彼がアタシと同じ立場であったなら、きっと同じことを考える。あるいは……
(あるいは、先祖と同じことをしでかすの)
自分の未来に不安を感じざるを得ない。
そうレヴィが長い考え事をしている間、気が付くとニーズの周りにはバス停にいた人達が集まっていた。
「ニーズ様、こんなところで出会えるとは! バスをご利用になるので? 珍しいですね。竜方は皆飛んで移動するのかと」
一人の優しげな男性がそういうと、横から別の男が割り込んでくる。
「馬鹿。移動するためだけに竜であるお方がバスを使うわけがないだろう。魔獣の様子を見に来たのだ」
「ああ、なるほど! これは失礼致しましたニーズ様! そもそも我々のような下民と乗るはずもありませんでしたね」
ペコペコとする男性に秀頼は驚きの表情を見せた。
地球上最強の竜。アンリからは聞いていたものの、まさか世間ではこのような扱いになっていたとは、と。普通に考えればありえる対応ではあるが、先にレヴィやニーズが相手だったこともあり、秀頼は竜がそれほど敬われる存在である可能性が頭から抜けていた。
しかし、にも関わらずニーズという者は威厳の欠片もない笑みを見せる。
「はへへ、ただの移動ッスよ。つってもオレのためじゃねぇッスけど」
ニーズはそう言って秀頼に視線を向ける。咄嗟に秀頼はフードを深く被った。男性はたいして気にせずニーズへと言葉を続ける。
「そうでしたか。色々と勘違いをして申し訳ございません。我々、知識が浅いもので……」
「いいんスよいいんスよ! つかぶっちゃけそんな気をつかわないでほしいんスよねぇ、おれも話づらいんで!」
そう言いながらニカッと笑顔を見せる。それに合わせるように男性らも笑みを浮かべた。
その光景を見ていたレヴィは苦々しく口角を上げる。それに秀頼は小声で話しかけた。
「……竜はみんなああして畏まられるの?」
声をかけられたレヴィは周りをキョロキョロした後、秀頼の耳へ顔を近づけた。内緒話をするポーズだ。これには流石の秀頼も恥ずかしいようで、少し耳を赤くする。
「竜騎士だけよ。竜騎士は世界の英雄として注目されてるから、お兄ちゃんみたいなのでも歩いてるだけで拝められたりするの」
「そ、そうなんだ……レヴィは?」
「アタシは竜だけど騎士じゃないから、ただの一般人みたいなものよ」
そう言ってレヴィは少し離れて片目を閉じては人差し指をペコペコと上下に振るう。ニーズへ頭を下げる人を表しているのだろうが、秀頼はそれに頬を赤に染めるしかなかった。
レヴィはそんな秀頼の様子に気付くことなく、別の音へ顔を向ける。
「あ、バスが来たよ」
レヴィがそう言い、ニーズの周りに集まっていた人々も反応する。
魔獣バス。どんなものかと秀頼もフードを上げてレヴィが見た方向を見つめた。
そこに現れたのは──
「んにゃあああああああ、にゃああ」
二匹の猫だった。
「……えっ?」
いや、ただの猫ではない。それは確かに魔獣と呼ばれるに相応しいほど、猫であり猫ではない姿をしていた。白くもちもちとしてそうな胴体、に対して棒のような足四本と尻尾。そしてなんとも言えない表情をしている、馬ほどの大きさをした猫のようなものだ。
「こ……この、子どものラクガキみたいな生き物は一体……」
「ネ=コって言うの! 可愛いでしょ?」
「かわ、かわ……いい…………???」
ネ=コ。正しくは魔獣ではない。ある日突然宇宙からやってきては魔界に降臨した不思議な生き物であり、魔王である我ですらその存在ははかり知れていない。
二匹は馬車のように、背にバスそのものを引いていた。
「な、なんてエコなバスなんだ……!」
「さ、乗りましょヒデ。お兄ちゃんも早く!」
「久しぶりのバスッスー! ひゃっほーい!!」
バス停で待っていた人々と竜2頭は気にせず進んでバスの中へと入っていった。
それを見届け乗るのに躊躇っていた秀頼に一匹のネ=コが顔を近付ける。
「はよせい、乗らんのか。乗らんならおいてくぞニャアァァァ……」
変わらぬ表情で人の言葉を発したネ=コに「ひっ」と情けない声を出しては駆け足でバスへ乗り込み一番後ろの席いたレヴィのところへ向かった。
「喋った!! レヴィ、ネコが喋った! 訛ってた!!」
「? ネ=コは喋らないわよ。してもニャーくらいよ」
「え!? で、でも本当に……」
「おいそこの君、うるさいぞ」
「あっ、す、すみません」
秀頼はバス停にはいなかった先に乗っていたであろう男性に叱られ、身を縮こませながらレヴィの隣に座った。
「さぁてぇ! 出発するぜよぉニャア!!」
「ヒャッッハニャーーーー!! 俺様達の物語はこれからだニャーー!!」
ネ=コの声だ。かなり高らかに叫んでいるが周りはそう気に止めていない様子で、秀頼は恐る恐るレヴィへ声をかけた。
「ね、ねぇ、レヴィは今のネコの声 どう聞こえた?」
「へ? おかしなことを聞くのねヒデ。ニャーって言ってたわよ、ニャア」
「かわいい……」
「!!」
まねき猫のようなポーズをとって簡単な鳴き真似をするレヴィに、思わず気持ちが口に出てしまう。秀頼はすぐにハッと我に帰ったが、レヴィには顔を真っ赤にしながら膝上を叩かれてしまった。
「イッ!! ……っあ……」
「もう、ヒデったら。言わせるために聞いたのね!」
「い、いや、ちがくって……」
(めっちゃ痛い……)
加減はされていても竜の力で叩かれては人間の足は悲鳴をあげる。ましてレヴィは結構力をいれていたため秀頼はまだ耐えられたほうだ。
その光景を見ていたニーズは今まで以上ににこやかな顔になっていた。




