第十二詩「引っ張る者」
「ヒデ!」
出入口についてまず秀頼を出迎えたのはあの金髪の女の子だった。
「れ、レヴィ!? どうして……傷は!?」
彼女の身体にはあのベリアルから受けた傷跡のようなものは何も見えない。それどころかとても元気そうだった。
「竜の治癒力を舐めないでよね! ……ってぇ言いたいところだけど、お姉ちゃん達の治療のおかげですっかり治ったの」
「そ、そっか……ってか、今 オレの名前……」
秀頼にそう言われるとレヴィは照れ臭そうに眼を逸らした。
「あはは、そうよね、さすがにバレちゃうか」
レヴィの言葉に秀頼は頭を傾げる。
「アンリさんから色々聞いたの、貴方のこと。本当は貴方の口から聞きたかったんだけど……じゃなくて! その、名前……アタシも『ヒデ』って呼んでいいかしら?」
「! もちろん。気軽に呼んでくれると寧ろうれしい」
「そっ、そう……そうなのね。ありがとうヒデ」
礼を言いながらレヴィは結んだ髪を自分の頬にすりつけるようにいじる。
その姿は随分と愛らしく、秀頼は相手が3つ年下であることをすっかり忘れたままレヴィを見つめていた。
しかしレヴィのほうはどこか気まずい様子を見せる。
「……それと、ごめんなさい。アタシ貴方を巻き込んじゃって……あと……その、隠そうとしてたわけじゃないの。アタシが竜だってこととか……」
「気にしないでくれ。オレは大丈夫だし、そもそも勝手な行動しちゃったのオレのほうだし……そうだ、オレが謝んないと。ほんとごめん! オレのせいであんな大怪我させて!」
頭を大きく下げる秀頼にレヴィはあわてて顔を上げさせた。
「そっ、それこそ気にしないで!? アタシが勝手に戦っただけだから! 喧嘩売らなかったらもしかして戦いなんて始まらずに、アンリさんや竜王が来てくれたかもしれなかったのに……勝手なことしたのはアタシのほう」
そういうとレヴィはひどく落ち込んだ。秀頼を巻き込んでしまったこと、あんな光景を見せてしまったこと、秀頼に何も説明しなかったこと。どれもレヴィにとって悔しい要因だ。
そんなしょんぼりとしたレヴィの背中を、大男が優しく叩いた。
「レヴィのせいじゃねぇッスよ。もちろんヒデくんのせいでもないッス」
大男はそういうと秀頼へにっこりと優しく元気な笑みを見せた。
「貴方は……」
「オレはお迎え竜ニーズッスよぉ~、いやあほんと昨日は災難だったみたいッスねぇ」
(昨日……ああそっか、昨日だっけ……)
あれだけ衝撃的なことだったのに、と秀頼はもう数日も経っているような気分でいた。
先日。それを認識した途端アジダカの顔を思い出した。
「……あ、その、ニーズさん。アジダカさんは……」
「竜王ッスか? なんか忙しいらしくてこっちには顔出さないッスよ」
「そ、そうなんですか。あのアジダカさんはオレのこと預からないみたいなこと言ってましたけど……」
「ああ! そっちは気にしないでくださいッス!! んじゃまっ、行きましょ行きましょ! いいッスよねぇアンリ様!」
ニーズはそう言って監獄の外へ視線を向ける。
いつの間にか、そこにはアンリの姿があった。手には黒いコートのような服を持っている。
「様はやめてほしいなあ……それはそちらで決めてくれて構わないよ。ヒデもここに長居するよりは君たちといた方が気が楽だろうからね」
そう言いながら監獄のほうへ歩を進めていく。
否、秀頼のほうへだろう。
「ヒデ」
アンリは優しくその名を口にすると秀頼の瞳を見つめた。
それに吸い込まれるように秀頼もアンリの瞳を見つめざるをえなく、その渦巻いたような視線にどこか心が穏やかになる。
「迷惑に思うかもしれないけど、時々エタに会いに来てやってくれないかい? 彼、寂しがり屋だから」
その言葉を否定する思考が見つからない。
ここを出る前、エタの機嫌が悪かったことやこれ以上、彼の心に踏み入ろうとしなかったことなど、この一瞬は記憶のどこかに隠されてしまう。
秀頼は自然と、
「はい、もちろん」
と微笑んで言う。アンリはそれに「ありがとう」と微笑み返し、視線が外れたその瞬間、ようやく違和感に襲われた。
(……? オレ、今……なんだ、この感じ……どっか掴まれたような……)
いくら考えても答えは出ない。
どれに対して違和感を覚えたのかも秀頼は気付けなかった。
「ああ、あとこれ」
「? なんですかこれ」
秀頼は渡された黒い服を広げ、まじまじとみた。どうやらロングマントのようだ。
「君は有名人だからね。昨日は目覚めたばかりだから噂は広がっていなかったけれど今日は違う。昨日のベリアルの件もあって、周辺の人は君が目を覚ましたことを知っているんだよ」
「え? あ、あの、なんでオレが有名なんですか!?」
「あれ、誰からも聞いてないのかい? ここの国王はその器がこの世界に来てから三年に一度、眠っている身体を抱き抱えて演説してるんだ。当然みんなに顔を覚えられているわけさ」
アンリの言葉にぎょっ、とする。
自分の知らない世界で自分の身体は既に国王と共に在り、かなりの有名人なのだ。
(もしかしてオレ、いつか王様のところまで連れていかれるんじゃ……)
「フードもついてるから家に着くまで頭を隠すと良い、それじゃあお気をつけて」
アンリにそう言われ秀頼は慌ててロングマントを身に付けながら言葉を返した。
「あっ、えっと、短い間でしたが、お世話になりました! ありがとうございます!」
「ふふ、どういたしまして。また会える時を楽しみにしているよ」
アンリはそれだけ言うと、秀頼の背中を優しく押した。
――それから、
「さ、オレの背中に乗ってくださいッス!」
竜の姿をしたニーズは明るくそう言った。
レヴィが竜になった姿の倍以上大きなその姿に秀頼は息を呑む。
「お兄ちゃん、ヒデが困ってるわ。まだ魔獣のほうが良いんじゃないかしら」
「そうッスか? ヒデくんはオレの背中と魔獣どっちがいいんス?」
「えっ、えっと……魔獣って??」
レヴィのほうへ視線を向ける。
それにレヴィは「あっ」と声を上げた。
「そうよね、知ってるハズないか……え、えっと、乗り物のほうの魔獣よ! ちゃんと教育されてるから危険はないし、お兄ちゃんと違って人に気を遣って動いてくれるし、お兄ちゃんより小回りきいて賢いし……そう、馬車みたいな感じ!」
「なんか遠回しに毒を吐かれた気がするッス」
「遠まわしでもないような気がしますよ? 馬車、かあ……それだけ聞くとそっちのほうがオレには良さそうだけど……そういうのってオレみたいなのが乗っても大丈夫なの?」
馬車に乗った経験など当然のようにない秀頼は、それにどこか高級感を覚えていた。
そういったものは金持ちしか乗れない、高貴な者の許可が無ければ乗っていいものではないという印象が強い。
もちろんここでは馬車ではなく魔獣とのことだが、獣に引かせるのであれば同様に自分が乗っていいものには思えなかった。
しかしレヴィは、
「大丈夫よ。こっちに来て! バス停があるから!」
と、言って秀頼の腕を引っ張りながら走り始めた。
「ば、バス停!?」
「あ、待ってくださいッスぅ! オレを置いて二人でバスとかずるいッスよ!!?」
急いで人の姿に戻るニーズにレヴィは笑顔で声をかけた。
「財布も早くー!」
「何気にひどいッスー!」
「何気でもないような気がしますよ!?」
そんな掛け合いをしながら走って3分後、本当に生前見た『バス停』と呼ばれるバス停留所の標識にそっくりなものが立っていた。そこには四人ほど人が並んでいる。
「え、ここって……まじでバス? でもさっき魔獣って……」
「? うん、魔獣が引いてる乗り物に乗るのよ? バス、でしょ?」
困惑する秀頼とは裏腹にレヴィはそれを当然のように言う。
そこで後から追い付いたニーズが言葉を付け加えた。
「ヒデくんの時代のバスは自動車ッスもんねぇ」
ニーズの言葉にレヴィと秀頼は「えっ?」と疑問の声を上げる。
「じどうしゃって……なに?」
「人が乗ってた箱の機械のことッス。戦争が起こる前はたくさんあったみたいッスけど、今は一般市民はほとんど使われなくなっちゃったらしいッスね」
「あ……車あるんですね!?」
「そりゃそうッスよ。人はオレらと違って超スピードで動けないッスから。空飛ぶ乗り物も海を渡る乗り物もあるッスよ」
それを聞いて内心ホッとする。
今まで秀頼からかけ離れたものの話ばかり聞いていたので生前から知っているものを耳にできて安心したのだ。
しかしただひとり、レヴィだけは眉を顰めていた。
「箱に乗ってどうやって進むの? 何かの魔法? どうして今は使ってないの?」
「竜や魔獣との戦いで前の文明ぶっ壊したみたいなもんッスからね、車なんて高級品、お偉いさんしか使えないんスよ。特にうちは被害凄いッスからそもそも整備された道路もほぼないッス」
「そうなのね……なんだか申し訳ないわ……」
「ま、ここで暴れたのオレッスからレヴィは気にすることないッスよ」
明るい声でそう言うニーズにふたりは一斉に視線を向ける。




