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一億年後の世界に十五年目の産声と。  作者: ばくだんハラミ
バーボン王国編
12/20

第九詩「一億年」

「凄いよねアジダカは、そんな凄い魔力探知も出来ちゃうんだから。まあそれも、アジダカがそれより大昔から生きてるからできる業なんだろうけど」


「い……いちおくねん???」


 想像もしていなかった桁の大きさに思わず固まる。何百年だとか、何千年だとかならまだ納得できたかもしれない。秀頼自身はやらないが、バイト先でゲームやアニメ・漫画が好きな先輩がやっているものではよくある設定だ。しかしここは一億年。どの程度地球が変わっているのかも考えられないほどの数字に実感なんてわくはずがない。

 そしてこの場にもう一人固まっている少年がいた。


「……あの、アンリさん。そいつなんなんですか?」


 エタだ。彼はアンリやアジダカとは違い秀頼の正体を知らない。

 知ったところで理解の及ぶものではないだろう。


「彼は……う~ん、なんと言ったらいいか……異世界からの来訪者とでもいうべきなのかな」


「異世界? そいつも竜みたいに別の世界から来たってことですか?」


「時代が違うから同じとは思えないけど……そうだね、今はそういう認識でもいいと思う。僕もよくわかってないし」


 実は、と照れ臭そうに笑うアンリに秀頼は突然意識を取り戻したようにはねあがる。


「そ、そうなんですか!? オレ、てっきりよく知ってるのかと……」


「流石にね、僕は魔法が使えるという点を除けばただの人間だし。アジダカなんかはわかることも多いだろうけど……」


「……あ、あの」


 秀頼はついにずっと気になっていた男の話に触れる。


「アジダカさんって、何者なんですか?」


***


 バーボン王国・メープルシティ。

 城内の王室にはアジダカと、髭の伸びた老人――国王、デイヴィッド・J・ルーズベルトがいた。


「一億年前、といったか……夢のような数字だな」


 デイヴィッドがゆったりと、しゃがれた声でそう言った。

 アジダカは15年前に、この世界に堕とされた赤ん坊とその器に入った魂、秀頼の報告を王にしているところである。


「私の所感ですので、確実ではありませんがね」


「構わない。お前の言葉は、なんであれ信じよう」


 あくまでも寛容に、人の王は竜の王へ手を伸ばすようにそう言った。


「それで、その人間は安全なのか。どこかに隔離する必要はないのかね」


「必要ありません。私の血が混じっているとはいえ、中身は普通の人間です。(私への反抗心はあれど)悪意は一切感じられませんでした。元々悪人と呼べるモノでもなく、ただの一般人かと。ただ……」


「ただ?」


「口の動きから察するに、常時魔法が使用されています。竜の血の影響にであればそれはそれで納得がいきますが、それほど濃い血を与えてはいませんから、創り手がどの世界に堕ちてもいいように細工したものかと」


 「なんと」としゃがれ声は驚き返す。


「つまり、言葉は通じたのか」


「ご察しの通り。彼自身は気が付いていないようですが……それとついでにもうひとつ。中身が使用しているのは恐らく大日本天皇国の古い言語です」


「なんだと……」


 その国の名に、空気が凍り付く。

 大日本天皇国とは、バーボン王国から少し離れたところにある元島国である。

 そしてこの世界の窮地でなお、他国との交流を一切やめた引きこもり国でもあった。

 当然、バーボン王国を含めた他国はそれを良く思っていない。


「……とはいえ、もう一億も前の人間。それに私自身、大日本天皇国の人間と言葉を交わしたこともございません。全ては推測です」


「そうか、そうだな……しかし、一億年、か……そんな遥か太古の人間が今の世に生きる我々と意思疎通ができるのだろうか……」


「恐縮ですが、王」


 アジダカが言う。


「私からすれば二億年前も一億年前も、今の世も大差ございません。文明が変わっていようとも根本は同じ種族、まして貴方は私のような竜とも意思疎通がとれております。知能に差があったとしても思想があれば不可能な相手などいないと感じますが」


「ああ、恐縮なのは、我々のほうだ、アジダカよ。長い間遠くへ居たお前は、しかしながら、この世の先住民だ。そう、私に気を遣うものではない」


 デイヴィットの言葉にアジダカは珍しく微笑み返した。


「この世を統べているのは私ではなく、貴方ですよ」


 これにもまた、珍しくデイヴィットが笑いをこぼした。


「お前には敵わんな」


 間もなく、そうだ、と思い出しては言葉を続ける。


「神からの贈り物が目を覚ましたのだ、早々に、このバーボン王国で新世界連合君主の会議を開きたい。そこに是非お前とその子どもも参加してほしいのだが……」


「わかりました。何か気になることでも?」


 アジダカにそう言われると、デイヴィットは喉をならすように「んん、そうだな」と長い髭を震えた指でなでる。


「ウーゾ大帝国の、いるだろう、あの若者……名はなんだったか」


 その言葉にアジダカの眉がピクリ、と動く。


「アキレス・アタテュルク皇帝ですね」


「そう、アキレス皇帝だ……いや、お前が気にしているんじゃないかと思ってな。私としては、気にしてやってほしいが」


 デイヴィットの言葉に悪意はなく、


「この国にとどまる必要などないぞ、竜王」


 と、まるで娘を想う父のように優しい声でそう言った。

 アジダカは眉を顰めては「ありえませんよ」と否定する。


「ただ一人の女として生きる気も余裕もありませんから」


***


「アジダカは地球において最強の生物である竜、またその王様なんだ」


 秀頼の問いにアンリは表情ひとつ変えずに応えた。


「……アジダカさんって……竜って、そんな凄いんですね……やっぱレヴィも……」


「そうだよ。でもレヴィはまだ幼いし、アジダカとも血は繋がっていないから最強と呼べる程ではないんだけど……」


「え、兄妹じゃないんですか、あの二人って……」


 街を出る前にしたレヴィとの会話を思い返す。レヴィは確かにアジダカの妹だと言っていたのだ。


「義理のキョウダイではあるよ」


 アンリの言葉に「なるほど」と明るく返す。

 

「あの、レヴィもアジダカさんもそうですけど竜が人間の姿になっているのは、その……」


「あれは魔法の一種だね」


「そ、そうなんですね。アンリさんも魔法、つかい、だとか……」


 秀頼のたじたじとした態度にアンリは優しく微笑み返す。


「無理にわかろうとしなくてもいいんだよヒデ。一度見たとしても竜や魔法なんて人間に理解できるものではないからね」


「え?」


 驚愕の表情をした秀頼に、エタは低い声で罵るように言った。


「さっき話したろ。空間が歪んだのも竜が現れたのも20年前だ。それまでは魔法も竜もこの世界になかったんだからな」


 そう言われ「あ」と声を出す。

 たった20年前までこの世界の常識が秀頼のいる世界と同じものだったと仮定したなら、それはやはりこの世界でも非常識だったのだ。


「まあそういうことは生活しながら理解を深めればいいさ。君が眠っている間、ニーズくんに連絡をとったら引き取ってくれるという話だったから、竜の事は彼等本人に聞くといいよ」


「えっ、そのニーズさんって……」


「彼も竜なんだ。そして竜騎士のリーダーのヒトリで、アジダカと共に君を見つけた竜でもあるんだよ」


「アジダカさんと一緒に……あ――」


 秀頼がまたも問いを投げようとしたその時、部屋の中でぎゅるるる、と腹が鳴る。

 二人の視線が一斉に向いたのはアンリだった。

 アンリは可愛らしい顔をして、


「あへへ、恥ずかしいな」


 と指で頬をかいた。

 さすがの秀頼もこれ以上の問いはやめておこうとしたとき、窓から日差しが入ってきているのに気が付いた。


「朝になりましたね」


「そうだね。朝食は七時頃になるけど、その時も食べるかい?」


「ぜ、是非!」


「わかった。迎えは9時には来ると思うから、それまで睡眠をとるなり、シャワーでも浴びるといいよ。今は誰も入っていないだろうし。その時はエタ、案内しておやり」


 アンリにそう言われエタは目を丸くする。


「なんで俺が」


「僕は別の仕事があってね。ここでヒデのことをよく知っているのは君くらいだしと思ったんだけど……嫌だったかな?」


「え、い、嫌ってわけじゃ……ない、です……」


「ならよかった」


 不満気な表情のエタとは逆にアンリは満足そうに微笑んでは、


「仲良くするんだよ」


 と言って部屋を去った。


 嫌そうにするエタに秀頼は苦々しい笑みを浮かべる。


「……別に無理しなくてもいいんだぜ?」


「は?? 無理じゃねぇし、余計な気を遣おうとすんな気色悪い」 


「そ、そうか……」


 苛立ちを隠さず毒を吐くエタに少しばかり安堵する。

 先程の話を聞いた後だ、彼にとって秀頼は普通の人間じゃない。

 それを(にんげん)が受け入れてくれるとかどうか、避けられるのではないかという不安は初めて出会った時と変わらない態度で打ち消された。


 エタは腰を上げ扉のほうへ歩を進めた。


「どこ行くんだ?」


「自分の部屋に決まってんだろ。一時間したら来る、それまで大人しくしていろ」


 部屋を出たエタは乱暴に足で扉を閉める。態度こそひどいものだが、案外面倒見は良いようだ。


「気難しい性格してるな、アイツ……」


 そう一人で呟いては窓のほうへ視線を向ける。

 その窓は多少大きめで、やはりここが監獄であることを感じさせない。


(アンリさんは犯罪者をどういう風に思っているんだろう)


 ふと、そんな疑問が頭をよぎった。

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