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私の妻は最強です  作者: NOMAR
第1章 迫る、結婚の足音
4/5

1ー4


 気を取り直して次に行ってみましょう。

 勇者イクサ様に武術の基礎を教えた二人。そのうちの一人、槍士リオード。

 我が国では剣聖ルブランに並ぶ武人です。

 剣聖ルブランと槍士リオードが、今の我が国の誇る最高の武人なのです。

 ですが、槍士リオードは槍聖の称号は自ら断りました。そのため槍聖では無く槍士とお呼びしています。

 今は我が国の騎士にその槍術を指導しています。

 ただ、最近は評判があまり良くありません。


 武人として名高く高潔な方でしたが、最近は酒ばかり飲んで城下で女遊びしてるということです。

 それを隠そうともしてません。

 しかし、今の方が騎士には好かれているようです。昔は厳しくその指導も激しく、訓練中に骨折などのケガもよくありました。

 それが急に指導の方針が変わり優しくなったそうです。丁寧で根気強い指導が人気があり、槍術をならうもの、上達するものが増えました。

 丸くなったからか、騎士の方からも積極的に槍士リオードの指導を受けるようになったと。


 これまでは過酷な訓練であったのが、今では『槍士リオードの楽しい槍術教室』になりました。

 この変化の境目にあるのが、槍士リオードと勇者イクサ様の出会いになるわけで。


 ……イクサ様の影響で我が国の最高武人の二人の人生が変わってしまってるんですよね。

 剣聖ルブランは引退してしまいましたし。

 槍士リオードは昔よりいい加減になってしまいましたし。

 いえ、武術で身を立てる者にとっては戦闘において最強という勇者イクサ様にはなにか思うところもあるのでしょう。

 他所の国でも自称最強の武人が、勇者イクサ様に挑んだり関わったりしてその後の人生が変わった方も多いようですし。


 槍士リオードに会いに騎士の訓練場へと。

 若手の教練の終わった後、槍士リオードに果実水を用意して。

「あ、こりゃどうも」

「お疲れさまです。槍士リオードの教練で若手の伸びが良いと聞いております」

「いや、のんびりやることにしただけですがね。これが前より効果あるようで」

「そうなんですか? のんびりと武術の訓練ですか?」

「魔王が倒れて魔族が引いたんなら、慌てることも無いってことで」


 確かに魔族は退きましたが、この国には未だにはぐれた魔族や魔物がたまに来ます。

 魔族との間にあった国が無くなって魔族の領土に接する状況になってしまいましたし。

 かつての戦いで失った兵士、騎士もいるので若手の育成は急務なのですが。


「慌てても使いもんになる奴は育ちませんて。俺は基本と護身を教えて、あとは本人に任せることにしたんですわ」

「そうですか。ところで先ほどの槍をくるっと回すのはどういう練習なのでしょう? 私は小剣術を少し学んだ程度で槍はよく解らなくて」

「あー、ありゃあ決めポーズの練習ですよ」

「は? 決めポーズの練習?」

「槍をくるくる回すなんてのはあんまり意味無いんですわ。でもあれで扱いに慣れるし、何より楽しんで槍を覚えるようになるんで」

 決めポーズの練習って。

 何を練習してんですか?

 マジメにやってください。

 お給料がどこから出てるか……、いや、今の指導で兵が育ってきているので、これで良いのでしょう。

 余裕もまた必要ということなのでしょうね。


「この度、私は勇者イクサ様と結婚することになりまして」

「それは、それは……」

 前回、これを最後に話して心にダメージが返ってきたので先に話すことにします。

 私がショックを受けて終わり。チャンチャン、お後がよろしいようで。

 という展開には、もう、させませんからね。

「……ええと、おめでとう、ございます?」

「なんで語尾上がりの疑問形なんですか? そんな苦しそうに言わなくてもいいですから」

「そりゃまぁ、なんと言いますか、王族というのもたいへんなんですなぁ」

 たいへんとか言わないで下さい。私はまだ幸せな結婚生活を諦めていませんから。

「ゼイル王子とあのイクサが結婚ねぇ」

「それでイクサ様のことをお聞きしたいんですが」

「当のイクサは?」

「魔物狩りに行ってまだ戻られませんので」

「イクサのことと言われても、いったい何を聞きたいんで?」

「好きなことや好きな食べ物好きなもの、嫌いなことでもいいです。無口と言われるイクサ様と会話のきっかけになるようなことが知りたいのです」

「イクサには好きなものも好物も無いですぜ。そういうふうに鍛えていった女なんで」

「はあ?」

 どういうことなんでしょう。そういうふうに鍛えていった?


「解りやすく言うと弱点を無くす為ですな」

「いえ、ちっとも解りやすくなってないです。もう少し噛み砕いて解りやすくお願いします」

「猛者でも強者(つわもの)でも、どんなに強くても家族や友人や恋人を人質にとられたら困るわけですわ」

「それはそうでしょうね」

「それに対抗するために恋人や友人を作らないとか、家族や友人がいても、そいつにはなんの感情も無ければ、人質にされても構わずに戦える。そうなれば人質をとられても弱点にならないし困らない」

「ええ?」

「親が人質になっても親になんの感情も無いなら、親ごと相手を殺せる。そんなふうに精神を鍛えた結果ですな」

「なんですかそれは? そんな精神の鍛え方ってできるんですか?」

「それができたからイクサはあーなんでしょうな」

 どこの暗殺者養成所ですか、人殺人形ですか。


「昔は甘いものが好きだったって聞いたことありますがね」

「昔はですか? 今は?」

「もう克服して好きでも嫌いでも無いと」

「克服って」

「酒呑みが禁酒するみたいなもんじゃないですかね。今では食べものに好きも嫌いも無く、そこに含まれる栄養素が味覚で判別できる、と言ってましたんで」

 うわぁ。それじゃ食べ物で釣るのは無理ですか。

「餌付けとかして慣れさせるとか、考えてました?」

 失礼な話ですが、ちょっと考えてました。

 クロリア姉上もイクサ様の好物を知りたがっていましたし。


「イクサが喋らないようになったのもその辺が理由でしょうな」

「なんでも、昔は少しは会話ができたそうですね」

「ええ、まぁ。それも強さを求めた結果ですな」

「会話する暇があれば修練に打ち込むということですか」

「それもありますがね、戦いとはそういうものでもあるんでね」

「また、ちょっと解らないんですけど」


「戦いってえのは言葉を使わない相手とのやり取りなんですよ。相手の一挙一動から相手が何をするかを読む。相手が何を狙ってるのか、何を仕掛けようとしてるのか、どこを攻撃してくるのか、それを読んで見透かす。相手が考えてること思うこと感じること、全て解れば有利に戦える。相手のことを理解しようとするのも戦いのうちなんですな」

「敵を知り己を知るは、というものですか」

「それは大きな戦争での策略とかはそうなんですがね。これはまぁ、そこそこ武術ができるようになった奴には当たり前の感覚ですな」

「そういうものなんですか」

 どうも達人の感覚という話のようです。確かに相手のことが全て解れば、相手がよほどのものでなければ勝ちやすくなるでしょうね。


「これは見方を逆にすると相手には自分のことを読まれたく無い、ということでして。自分の狙いとか誘いとか、どう攻めるか、どう受けるか、ということは相手に知られたくない」

「なるほど、それは罠のようなものですね。落とし穴を仕掛ける方は相手に落とし穴の位置を知られたくない。仕掛けられた側は落とし穴の位置を知って、そこに嵌まりたくない、と」

「なんでさらりと落とし穴で喩えが出たのかは、聞かなかったことにするとして、まぁ、そういうことです」

 あれ、いい喩えだと思ったんですが。落とし穴はダメですか? ポピュラーな罠じゃ無いんですか?

 私でも作れますよ?


「つまり戦いとは、自分は倒されたくない、だけど相手を倒したいっていう、お互いの我をぶつけ合うものです。その先にあるのが、相手のことを知りたい、理解したい、だけど自分のことは知られたくない、理解されたくない、というものなんですな。そんなワガママな話なんですよ」

「なるほどー。ん? ということはイクサ様があまり話をしないというのは?」

常在戦場(いつもいくさばにあり)、その思いでいるイクサにとっては、常に自分の情報を誰かに教えることには警戒している、ということです。どんな些細なことが魔族から見た勇者攻略の役に立つか解らんので」

「え? じゃあ、イクサ様に昔の家族や友人のこととか、イクサ様がもといたチキュウ界のニッポン国のことを聞いてみたい、というのは?」

「教えてはくれんでしょうな」

「はぁ」

「もし教えてくれたとしても、それは探ろうとした者を引っ掛けて誘き出すための、偽の欺瞞かもしれませんな」

「……徹底してますね」

 なにもかもが戦闘のため、強さのためですか? それでは誰もイクサ様の本心など、知ることはできませんか?

 クロリア姉上が心配するのも解る気がします。

 

 槍士リオードはふうとひとつため息ついて、

「俺も剣聖ルブランも競って己を鍛えたもんですがね、イクサを見てるとそれが甘いって解りましたよ。強くなるためにはそこまで人を捨てないとダメなのかってね」

「それが剣聖ルブランが引退して辺境に籠った理由ですか」

「俺も自分の人生を楽しむことにしましたよ。力ってのは護身ができればいい。勇者じゃ無いんだからってね」

「イクサ様はそれができてしまったから、ひとりで魔王を倒せてしまったんですね」

「俺も剣聖ルブランも魔導師エルレンも、ただの足手まといでしたからね」

 他国にも誇れる我が国の達人と魔導師が足手まといですか。

 改めて、凄い人を妻にするということが解りました。

 ちょっと頭が痛くなってきたので、果実水を飲んで落ち着きましょう。


「時にゼイル王子、女を抱いた経験は?」

「ぶほっ! えほげほっ!」

 いきなり何を聞いてくるんですか?

 私はまだ13歳で知ってるけどしたことありませんよっ! こっそりそういう本を読んだりしてて知ってますけどねっ! 興味もありますけどっ!

「ふむ、童貞ですかい」

「えほっ、はい。童貞ですよ。それが何か?」

「ゼイル王子とイクサが結婚、というのは、王族に勇者の血をひく子供というのも期待されてんじゃ無いんですかい?」

「あ……」

 

 そうですね、そういうこともありますね。イクサ様の血をひく子供が勇者様のように強くて、その力を持つ王族というのは、いろいろ期待されるでしょう。

 と、いうことは、

 私はイクサ様と結婚したら、早く孫の顔を見せろってことですか?

 そのためにガンバってことですか?

 あの、イクサ様と?

 あれ? 寒気がする? なんで?

「ゼイル王子、初めてがあのイクサじゃ上手くいかないでしょうよ。俺が娼館に案内しましょうか? 経験を積んでおくのもいいでしょうよ」

 経験、経験ですか。興味はあります。ありますけども。

「いえ、万が一にも病気など貰う訳にはいきませんので。せっかくのお誘いは嬉しいですが」

「そうですかい。まぁ、そのあたりのことなら、今後も俺で良ければ相談相手になりますぜ」

「そのときはまたよろしくお願いします」


 子作り、子作りですか。失念していました。結婚すれば当然のことですが。

 私と勇者イクサ様が、あの黒い表紙の本の中身と同じことを?

 想像してみて……、

 あれ? 無理?

 想像不可能?

 いや、いやいや、無理じゃ無いです。まだそうと決まったわけではありません。

 私がイクサ様のことをよく知らないだけのことです。

 このまま誰かにイクサ様の話を聞いていると、イクサ様を偏見の目で見てしまいそうです。

 私が直接イクサ様と会って判断することにしましょう。

 誠とは曇りなき眼で見据えるもの、と古い英雄譚にもあるじゃないですか。


 素敵な結婚式を挙げて、幸せな新婚生活を。

 まだです。まだ望みはあります。

 諦めるのはまだ早いのです。




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