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我らが上司様の執務室の前に行けば、一人の人間が腕を組んで佇んでいた。扉に背を預けて微動だにしない。
伏せられていた瞳が、足音に気づいたのかこちらを向いた。
その瞬間は目を奪われるほどに美しかった。
肩までの見るからに手触りのよさそうな黒髪のモノクルをつけた男性。それが私の上司。
中世的ではあるが女性に見間違うことはない。色気のある中世的な男性だ。
完璧すぎる容姿は人間らしさをなくしてしまっているようで何度見ても美しいと思える。
見た目も実力もある、我が第3部隊の隊長クレイツ・バスティード。
あまり笑顔を見せない冷たい印象を持たれるこの人は、他の隊の人間からしてみれば相当に近づきにくい人物らしい。
私もできればそんな印象のままでいたかった。
いろいろと完ぺきなこの上司のただ一つにして最大の欠点がある。
「バスティード隊長、いい加減普通に仕事を始めてくれないか」
やれやれと口にした私にバスティード隊長はキッと鋭い視線を向けてきた。
それこそ凍り付くような視線を。
このまま説教されそうな態度だが、それは違う。
決してそんな生易しい、普通の対応がくるわけではない。
「清楚ビッチはどうしたんだ」
綺麗な顔で口を開けばこれだ。
本当にこの上司は頭がおかしい。
その顔は不満げにしかめられていて、それでもなお崩れていない美貌が癪に障る。
「君は清楚な外見で令状言葉を使えば完ぺきな清楚美人。私の理想を具現化した容姿! さあ! 冷たい言葉で、冷たい視線で毒を吐きながら私の頭を踏みたまえ!!」
「…………」
本当に、何度見ても慣れない光景だ。
いや、何度も見すぎて慣れてしまってはいるんだが、なんというか違和感を感じなくなることはないんだろうな、やはり。
こうなったこの上司は何を言っても聞き入れてはくれない。仕事もせずにうっとりとした目で私を見つめ続けるんだ。
流石にそれは耐えられない。
ため息をはいた拍子に垂れてきた濃紺の髪を耳にかけ、にっこりと笑顔を作ってやる。切り替えは瞬きをする一瞬あれば十分だ。
「バスティード隊長、早く仕事を片付けてくださいませ。いつまでそこで棒立ちしているつもりですの? 本当に使えない上司ですこと。そんなに暇ならわたくしの靴でも舐めて綺麗にしていただけませんこと?」
仕草はあくまで淑やかに。話し方にも棘は含ませないように。というのが重要だ。
少しだけ控えめに、というのも忘れない。あくまで清楚系だからな。
「あぁ……、天使よ……っ」
本気で私の靴に顔を近づけてきた隊長の頭を、すんでのところで踏みつける。そのまま舐められるのは遠慮したい。
「早く仕事を片付けてくださいね?」
「ああ、善処しよう」
まさにうっとりとした声だ。
定期的に清楚ビッチを補充しないと仕事ができないらしい。自称だが。まったくどんな頭のおかしい病気なんだ。その標的になった私には迷惑でしかないんだがな。
これでこの隊長は私のことが好きなわけではない。清楚ビッチが好きなだけだ。見た目が好みである私が演じる清楚ビッチなご令嬢にしか興味がない。変態だ。
言い訳をするならば、私は仕事で清楚キャラを使うことはあっても、決してビッチ要素を取り入れたことはない。いつの間にかこの男が言い始めただけだ。
決して私の趣味ではない。
いい加減やめてほしいんだが、この男が飽きる様子はない。
私は当分、この役目から逃げられないのだろうな。