月夜に嘆く
チャイムが鳴る。
今日も学生が廊下を走り回る。教室の中では女子がかたまって噂話をしたり、はしゃぎにはしゃいで突然奇声を上げるのもいる。男子はゲームの話ばかりする集団や、廊下で暴れているのもいる。多種多様の文化圏。大人のふりをして書店のR-18コーナーに忍び込んだり、小学生のふりをして電車賃をまけてもらう人までもいる。
何に希望をもって生きようか。
そんな問いかけは、生徒が欠伸して答える。何の気兼ねもなく、のんびりとする十月のはじめである。
部活動に打ち込めば、けがはする、コーチには叱られる、挙句の果てには掃除までさせられる。そういうのたいばつとかいうんじゃない? とか思うかもしれない。けど、そういう育ち方をしてきた人はそれが普通になるのだ。法律ぐらい守れ、赤信号で渡ったり、万引きをするのと変わらない。彼らには全く罪の意識がない。何がゆとりだ、ゆとりを批判する前に自分たちがいかに荒んでいたか自覚しろ!
と、彼が考えているのかはさっぱりわからないが、彼が何を考えているのか、それは誰にも分らない。
そんなこんなで大体のことが片付いて、少年たちは帰り道を歩く。
夜月は、薄暗くなった空の下、いつものつかみどころのない調子で
「またあした」
とだけ言って、一人の帰途についた。
彼はいつも空を見上げる。
暗くなろうが、曇りだろうが、空を見上げる。
そこには大抵、月の光が見える。
彼の名前の由来になった月があるからだ。
今日は、星の光がやけに強い。
彼はアスファルトのいやに黒いのを星座のように縫い合わせて、帰って行った。
その日は風がきつくて、雨上がりのせいで非常に寒くなっていた。
さらに、風はきつくなる。砂埃が舞い始め、視界が悪くなる。
そのうち、足元のアスファルトまで茶色くなっていく。
本当に住宅街だろうか。
夜月が細めた目で辺りを確認した時、砂嵐は一層酷くなって、彼の視界を奪った。
一方もう一人の方は
健太は風が弱い間に家に着いた。根っからのゲーマー、それでいて夜月のことを気にかけている。家に着くと靴を脱ぎ、階段を上って自分の部屋に行き、先ず本体の電源それから電気、上着をかけて、テレビをつけ、コントローラーを握って準備完了。あとは、一時間ゲームに集中する。宿題は、忘れる。
この一連の流れが、スムーズに行かなくなった。
彼の目は徐々にかすんでいく。こすってもこすっても、かすみは取れない。
「何だよこれ」
そう言おうとした時、ふっと気が抜けて倒れた。彼にいったい何があったのだろうか、と思ったらすぐに立ち上がった。
「何だったんだよ今の……」
彼は自分の部屋を見渡して何も変わっていないことを確認すると、ほっと一息ついた。
「疲れているだけかな」
ゲームの画面はメニューになっている。スタートボタンを押してゲームを再開出来なかった。
「何だよ! まったく……」
彼はイラつきながら本体からコントローラーを引き抜いた。本体から黒煙が勢いよく上がる。
うあー! となっているうちに、窓から煙が流れ、視界は良くなっていく。
「……」
彼は言葉を失くし、呆然としている。そして、彼の手には、勇者の剣が握られている。
「あれ、ここは……?」
彼はあたりを見渡した。そこは……。
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家がなくなった人々は、学校の体育館で生活する事になった。
学校の正門から、道を挟んで平行に伸びる川がある。そこから先は小さな畑があり、その先には住宅街が広がっていたが、今では荒野が広がっている。一日にして学校南側の住宅は、一件たりとも無くなってしまった。
実に多くの人が悲しんでいる事だろう。住む家を奪われ、路頭に迷う人々。中には生まれたばかりの赤ちゃんもいる。その子が泣きだすと周囲の人が側によって、よしよしとあやす姿を見ると悲痛に思える。そんな光景を、夜月は目の当たりにした。
彼は砂嵐の中で方角を見失い、しばらく歩いてようやく学校にたどり着いた。どうしようか迷った彼は忘れ物を思い出して、校舎に入ることにした。すると、いつもとは違って体育館がとても騒がしかったので、入り口の扉を開けた。彼は中に入ろうともせず、扉を開け続けていた。
「よお、お前も家がなくなったのか?」
夜月が振り返ると、そこには少年がいた。この時期に半袖のシャツを着ている。夜月は何も答えずに、少年に目をやる。
「なんかいえよ!」
「だれ?」
夜月が訊くと、少年は、よくぞきいた、とでも言うようにうなずき、腕組みをして答える。
「俺は泣く子も黙る『津和中尋箭』だ!」
夜月は何も言わなかった。
「なんか言えよ!」
「なにを言うの?」
夜月にそう訊かれ、尋箭は教官のように首を振った。
「明らかにおかしいだろ。今の自己紹介。泣く子も黙る、って馬鹿じゃねえの? とかなるだろ!」
それを聞いて、夜月は首を傾けた。
「わかってるんなら、次から気を付ければいい」
「お前なあ……」
尋箭は呆れてため息をついた。いきなり変なことを言って返答を求める尋箭も尋箭だが、あまりにあっさりしている夜月も夜月だ。
「てか、お前はだれだ?」
尋箭に訊かれて、夜月はいつもの調子で答えた。
「『社夜月』」
「ああ、じゃああれか、お前健太のダチだろ?」
聞き覚えがあって尋箭が言うと、夜月はうなずいた。
「物静かなわけだ」
尋箭も妙に納得して、うなずいた。
その後、二人は体育館の入り口で話していた。ほとんど尋箭が一方的に話していたのだが。そこで住宅街の話が出た。
尋箭によると、今日の朝方、黒いスーツを着たセールスマンらしき男が住宅を訪問して行き、その時にアタッシュケースを渡して、家を土地ごと買い取って行ったと言うのだ。アタッシュケースの中には現金六億円程が入っており、訪問されて断った人はほとんどいなかったという。尋箭の家族も家を売ったそうだ。
「てなわけで、今日から体育館暮らしだ。学校近いから便利だしな、宿題やんなくても大目に見られるだろうし、なんか面白そうだしな」
一通り話し終えると尋箭は伸びをした。それを夜月は不思議そうに見て静かに呟いた。
「辛い思いをしてる人はいないのか」
しかし尋箭には聞こえていた。
「わかんねえ。けど、みんな大丈夫だろ。あんだけの大金があったら何とかなるだろうし」
「そっか」
夜月はうなずいた。そしてぽつりとこぼす。
「きょうで」と。
「どっかいくのか?」
夜月がふらふらと外に出ていくのを見て尋箭が呼ぶと、夜月は振り返って
「またあした」と手を振った。
その足取りは重く、ゆったりとしたまま、校舎の闇へと消えていった。夜月が行ってしまうと、尋箭はすることがなくなった。
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一方その頃、健太は家で剣を握っていた。
「なんだこれ?!」
見ての通り剣だった。健太は照明にかざしてみた。見事な剣だ、まるでゲームに出てくるぐ……携帯電話が鳴った。
ピッ!
「もしもし、健太か?」
「ああ。尋箭か。何か用か?」
「暇だ」
「暇だからって電話してくるなよ」
「いや、さっき夜月に会ってさ」
尋箭の言葉を聞き、健太は疑問に思った。尋箭と夜月は赤の他人であるからだ。
「どこで?」
「学校」
「学校? なんでそんなとこに?」
「実はな……」
尋箭は大体のことを説明した。健太は怪訝な顔をして、自分の握る剣を見た。
「今からそっちに行く」
「了解。じゃあもう切るぞ」
「どうした、暇なんだろ?」
「暇じゃなくなりそうだし」
その時、電話の向こうからガシャンと音が聞こえてきた。
「何だ今の? 尋箭、お前また誰かと喧嘩しようとしてるのか?」
「いいから早く来いよ」
「分かった」
そこで電話は切られた。
健太には気掛りが二つあった。自分の持つ剣の事と、押し黙るような夜月の態度である。彼の脳裏をよぎるのは、3年前のある事件だった。
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その頃、夜月は校舎の中にいた。下足室はカギが開いていて簡単に入れた。何を考えているのか、自分ですら解っていない。夜の校舎の中、闇に包まれて一人で廊下を進んでいる。窓から微かに入る青白い街灯の光が、一層闇を目立たせる。その中で、一つ、怪しげに動くものがいる。人影だ。それは何か小さな箱に封をしている。夜月は声をかけた。
「だれ?」
「だ、だれだぁ!」
男のようなだみ声を上げ、そいつは慌ててナイフを取り出し身構えた。
「で、出てこい!」
と言うので、夜月はのこのこ出て行った。夜月と男の間には4,5メートルの距離がある。男はナイフを見せつけ、夜月を脅す。
「し、死にたくなかったら大人しくこっちに来い!」
しかし、夜月は動かない。それどころか、立てかけられていたホウキを手にし、その先端を男に向けた。男は動転して、ナイフを両手でしっかりと握って、足をがくがくさせた。夜月は不気味に首を傾け、男との距離をゆっくりと詰める。男は慄き、上擦った声を上げる。
「こ、このやろー! 死にたいのかァ!」
夜月は静かに目を見開く。男を見下すように呟く。
「ああ、死にたいさ」
「だったら殺してやる!」
吐き捨てると同時に、夜月に襲い掛かった。
「だが……」
男が夜月を一突きにしようとした時、夜月は流れるように身をかわし、背後をとってホウキで一撃を浴びせた。男は気を失って、倒れた。
「自分の命なんていらない。そんなもの、他人の手を借りるまでもない。自分で処分する」
彼は再びうつむいて二階へ行こうとするが、さっきの箱に吸い寄せられるように、そこに向かった。
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尋箭は体育館倉庫からモップを取り出して、グラウンドに出て行った。コスプレみたいな恰好をした騎士兵たちが集まっていたのだ。彼らは、近づいてくる尋箭に全く気付かず、作戦会議を開いている。
「我々は本日24時、この巨大な要塞に突入する! 援軍は1時間ごとに派遣され『運搬用起動兵器城』の到着する明朝8時には攻略していなければならない。我々の任務は、作戦の遂行と奴隷の確保である。では全軍、検討を祈る!」
集団の先頭に立つ上官が敬礼すると、ほかの兵士も揃って敬礼する。そして上官が命令すると、兵士たちは武器を構えて、雄叫びをあげ、学校に突撃していく!
が、一人吹っ飛んだ。
「な!」
また一人が吹っ飛んだ。
「だ、誰だ貴様!」
兵士たちの突撃は止まった。視線の先には尋箭がいる。彼はモップを構えて、爆笑している。何ともご機嫌そうだ。
「おい、そこの餓鬼! じゃまをするな!」
兵士の一人が叫ぶと、尋箭は激怒した。
「今餓鬼って言いやがったのは誰だっ!」
尋箭が一喝すると兵士は黙ってしまった。
「分かんねえなら全員かかってこい! きれいさっぱり掃除してやる!」
そう言い終えると、尋箭は兵団に向かって突撃していった。
「あーあーあー。大変なことになってるな」
そこに健太が駆け付けたが、ポンポン飛んでいく兵士たちを見て開いた口が塞がらなかった。
そこに敵の援軍が駆け付けた。
「貴様何をしている!?」
「いや、なにも。それより助けに行けよ!」
健太はグラウンドを指差した。兵士はチラッと見て、
「何だあれは?!」
と声を合わせて叫び、また、
「貴様ぁ、許さんぞっ!!」
と、健太に刃を向けた。
「俺、関係ないでしょ!」
と健太が言っても無駄である。健太は仕方なく剣を構えて、敵と戦う。




