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夜月と妖精  作者: 時 とこね
1/6

月夜に嘆く

 チャイムが鳴る。


 今日も学生が廊下を走り回る。教室の中では女子がかたまって噂話をしたり、はしゃぎにはしゃいで突然奇声を上げるのもいる。男子はゲームの話ばかりする集団や、廊下で暴れているのもいる。多種多様の文化圏。大人のふりをして書店のR-18コーナーに忍び込んだり、小学生のふりをして電車賃をまけてもらう人までもいる。


 何に希望をもって生きようか。


 そんな問いかけは、生徒が欠伸して答える。何の気兼ねもなく、のんびりとする十月のはじめである。


 部活動に打ち込めば、けがはする、コーチには叱られる、挙句の果てには掃除までさせられる。そういうのたいばつとかいうんじゃない? とか思うかもしれない。けど、そういう育ち方をしてきた人はそれが普通になるのだ。法律ぐらい守れ、赤信号で渡ったり、万引きをするのと変わらない。彼らには全く罪の意識がない。何がゆとりだ、ゆとりを批判する前に自分たちがいかに荒んでいたか自覚しろ!


 と、彼が考えているのかはさっぱりわからないが、彼が何を考えているのか、それは誰にも分らない。


 そんなこんなで大体のことが片付いて、少年たちは帰り道を歩く。

 

 夜月は、薄暗くなった空の下、いつものつかみどころのない調子で


 「またあした」


 とだけ言って、一人の帰途についた。


 彼はいつも空を見上げる。


 暗くなろうが、曇りだろうが、空を見上げる。


 そこには大抵、月の光が見える。


 彼の名前の由来になった月があるからだ。


 今日は、星の光がやけに強い。


 彼はアスファルトのいやに黒いのを星座のように縫い合わせて、帰って行った。 


 その日は風がきつくて、雨上がりのせいで非常に寒くなっていた。


 さらに、風はきつくなる。砂埃が舞い始め、視界が悪くなる。


 そのうち、足元のアスファルトまで茶色くなっていく。


 本当に住宅街だろうか。


 夜月が細めた目で辺りを確認した時、砂嵐は一層酷くなって、彼の視界を奪った。



            一方もう一人の方は



 健太は風が弱い間に家に着いた。根っからのゲーマー、それでいて夜月のことを気にかけている。家に着くと靴を脱ぎ、階段を上って自分の部屋に行き、先ず本体の電源それから電気、上着をかけて、テレビをつけ、コントローラーを握って準備完了。あとは、一時間ゲームに集中する。宿題は、忘れる。


 この一連の流れが、スムーズに行かなくなった。


 彼の目は徐々にかすんでいく。こすってもこすっても、かすみは取れない。


 「何だよこれ」


 そう言おうとした時、ふっと気が抜けて倒れた。彼にいったい何があったのだろうか、と思ったらすぐに立ち上がった。


 「何だったんだよ今の……」


 彼は自分の部屋を見渡して何も変わっていないことを確認すると、ほっと一息ついた。


 「疲れているだけかな」


 ゲームの画面はメニューになっている。スタートボタンを押してゲームを再開出来なかった。


 「何だよ! まったく……」


 彼はイラつきながら本体からコントローラーを引き抜いた。本体から黒煙が勢いよく上がる。


 うあー! となっているうちに、窓から煙が流れ、視界は良くなっていく。


 「……」


 彼は言葉を失くし、呆然としている。そして、彼の手には、勇者の剣が握られている。


 「あれ、ここは……?」


 彼はあたりを見渡した。そこは……。


================================


 家がなくなった人々は、学校の体育館で生活する事になった。


 学校の正門から、道を挟んで平行に伸びる川がある。そこから先は小さな畑があり、その先には住宅街が広がっていたが、今では荒野が広がっている。一日にして学校南側の住宅は、一件たりとも無くなってしまった。


 実に多くの人が悲しんでいる事だろう。住む家を奪われ、路頭に迷う人々。中には生まれたばかりの赤ちゃんもいる。その子が泣きだすと周囲の人が側によって、よしよしとあやす姿を見ると悲痛に思える。そんな光景を、夜月は目の当たりにした。


 彼は砂嵐の中で方角を見失い、しばらく歩いてようやく学校にたどり着いた。どうしようか迷った彼は忘れ物を思い出して、校舎に入ることにした。すると、いつもとは違って体育館がとても騒がしかったので、入り口の扉を開けた。彼は中に入ろうともせず、扉を開け続けていた。


 「よお、お前も家がなくなったのか?」


 夜月が振り返ると、そこには少年がいた。この時期に半袖のシャツを着ている。夜月は何も答えずに、少年に目をやる。


 「なんかいえよ!」


 「だれ?」


 夜月が訊くと、少年は、よくぞきいた、とでも言うようにうなずき、腕組みをして答える。


 「俺は泣く子も黙る『津和中尋箭ひろや』だ!」


 夜月は何も言わなかった。


 「なんか言えよ!」


 「なにを言うの?」


 夜月にそう訊かれ、尋箭は教官のように首を振った。


 「明らかにおかしいだろ。今の自己紹介。泣く子も黙る、って馬鹿じゃねえの? とかなるだろ!」


 それを聞いて、夜月は首を傾けた。


 「わかってるんなら、次から気を付ければいい」


 「お前なあ……」


 尋箭は呆れてため息をついた。いきなり変なことを言って返答を求める尋箭も尋箭だが、あまりにあっさりしている夜月も夜月だ。


 「てか、お前はだれだ?」


 尋箭に訊かれて、夜月はいつもの調子で答えた。


 「『社夜月やつき』」


 「ああ、じゃああれか、お前健太のダチだろ?」


 聞き覚えがあって尋箭が言うと、夜月はうなずいた。


 「物静かなわけだ」


 尋箭も妙に納得して、うなずいた。


 その後、二人は体育館の入り口で話していた。ほとんど尋箭が一方的に話していたのだが。そこで住宅街の話が出た。


 尋箭によると、今日の朝方、黒いスーツを着たセールスマンらしき男が住宅を訪問して行き、その時にアタッシュケースを渡して、家を土地ごと買い取って行ったと言うのだ。アタッシュケースの中には現金六億円程が入っており、訪問されて断った人はほとんどいなかったという。尋箭の家族も家を売ったそうだ。


 「てなわけで、今日から体育館暮らしだ。学校近いから便利だしな、宿題やんなくても大目に見られるだろうし、なんか面白そうだしな」


 一通り話し終えると尋箭は伸びをした。それを夜月は不思議そうに見て静かに呟いた。


 「辛い思いをしてる人はいないのか」


 しかし尋箭には聞こえていた。


 「わかんねえ。けど、みんな大丈夫だろ。あんだけの大金があったら何とかなるだろうし」


 「そっか」


 夜月はうなずいた。そしてぽつりとこぼす。


 「きょうで」と。


 「どっかいくのか?」


 夜月がふらふらと外に出ていくのを見て尋箭が呼ぶと、夜月は振り返って


 「またあした」と手を振った。


 その足取りは重く、ゆったりとしたまま、校舎の闇へと消えていった。夜月が行ってしまうと、尋箭はすることがなくなった。


================================


 一方その頃、健太は家で剣を握っていた。


 「なんだこれ?!」


 見ての通り剣だった。健太は照明にかざしてみた。見事な剣だ、まるでゲームに出てくるぐ……携帯電話が鳴った。


 ピッ!


 「もしもし、健太か?」


 「ああ。尋箭か。何か用か?」


 「暇だ」


 「暇だからって電話してくるなよ」


 「いや、さっき夜月に会ってさ」


 尋箭の言葉を聞き、健太は疑問に思った。尋箭と夜月は赤の他人であるからだ。


 「どこで?」


 「学校」


 「学校? なんでそんなとこに?」


 「実はな……」


 尋箭は大体のことを説明した。健太は怪訝な顔をして、自分の握る剣を見た。


 「今からそっちに行く」


 「了解。じゃあもう切るぞ」


 「どうした、暇なんだろ?」


 「暇じゃなくなりそうだし」


 その時、電話の向こうからガシャンと音が聞こえてきた。


 「何だ今の? 尋箭、お前また誰かと喧嘩しようとしてるのか?」


 「いいから早く来いよ」


 「分かった」


 そこで電話は切られた。


 健太には気掛りが二つあった。自分の持つ剣の事と、押し黙るような夜月の態度である。彼の脳裏をよぎるのは、3年前のある事件だった。


================================


 その頃、夜月は校舎の中にいた。下足室はカギが開いていて簡単に入れた。何を考えているのか、自分ですら解っていない。夜の校舎の中、闇に包まれて一人で廊下を進んでいる。窓から微かに入る青白い街灯の光が、一層闇を目立たせる。その中で、一つ、怪しげに動くものがいる。人影だ。それは何か小さな箱に封をしている。夜月は声をかけた。


 「だれ?」


 「だ、だれだぁ!」


 男のようなだみ声を上げ、そいつは慌ててナイフを取り出し身構えた。


 「で、出てこい!」


 と言うので、夜月はのこのこ出て行った。夜月と男の間には4,5メートルの距離がある。男はナイフを見せつけ、夜月を脅す。


 「し、死にたくなかったら大人しくこっちに来い!」


 しかし、夜月は動かない。それどころか、立てかけられていたホウキを手にし、その先端を男に向けた。男は動転して、ナイフを両手でしっかりと握って、足をがくがくさせた。夜月は不気味に首を傾け、男との距離をゆっくりと詰める。男は慄き、上擦った声を上げる。


 「こ、このやろー! 死にたいのかァ!」


 夜月は静かに目を見開く。男を見下すように呟く。


 「ああ、死にたいさ」


 「だったら殺してやる!」


 吐き捨てると同時に、夜月に襲い掛かった。


 「だが……」


 男が夜月を一突きにしようとした時、夜月は流れるように身をかわし、背後をとってホウキで一撃を浴びせた。男は気を失って、倒れた。


 「自分の命なんていらない。そんなもの、他人の手を借りるまでもない。自分で処分する」


 彼は再びうつむいて二階へ行こうとするが、さっきの箱に吸い寄せられるように、そこに向かった。


================================


 尋箭は体育館倉庫からモップを取り出して、グラウンドに出て行った。コスプレみたいな恰好をした騎士兵たちが集まっていたのだ。彼らは、近づいてくる尋箭に全く気付かず、作戦会議を開いている。


 「我々は本日24時、この巨大な要塞に突入する! 援軍は1時間ごとに派遣され『運搬用起動兵器城』の到着する明朝8時には攻略していなければならない。我々の任務は、作戦の遂行と奴隷の確保である。では全軍、検討を祈る!」


 集団の先頭に立つ上官が敬礼すると、ほかの兵士も揃って敬礼する。そして上官が命令すると、兵士たちは武器を構えて、雄叫びをあげ、学校に突撃していく!


 が、一人吹っ飛んだ。


 「な!」


 また一人が吹っ飛んだ。


 「だ、誰だ貴様!」


 兵士たちの突撃は止まった。視線の先には尋箭がいる。彼はモップを構えて、爆笑している。何ともご機嫌そうだ。


 「おい、そこの餓鬼! じゃまをするな!」


 兵士の一人が叫ぶと、尋箭は激怒した。


 「今餓鬼って言いやがったのは誰だっ!」


 尋箭が一喝すると兵士は黙ってしまった。


 「分かんねえなら全員かかってこい! きれいさっぱり掃除してやる!」


 そう言い終えると、尋箭は兵団に向かって突撃していった。


 「あーあーあー。大変なことになってるな」


 そこに健太が駆け付けたが、ポンポン飛んでいく兵士たちを見て開いた口が塞がらなかった。


 そこに敵の援軍が駆け付けた。


 「貴様何をしている!?」


 「いや、なにも。それより助けに行けよ!」


 健太はグラウンドを指差した。兵士はチラッと見て、


 「何だあれは?!」


 と声を合わせて叫び、また、


 「貴様ぁ、許さんぞっ!!」


 と、健太に刃を向けた。


 「俺、関係ないでしょ!」


 と健太が言っても無駄である。健太は仕方なく剣を構えて、敵と戦う。

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