84、肉弾戦
裏ボスの手から俺が軍人さんの腕の中に行くと、裏ボスはそっと俺の頭を撫でてユエさんに向き直った。
ゆっくりと遠ざかる、裏ボスの背広姿は大きかった。
コツコツと杖の音は響く。
前方の床を叩くように突いていく杖。
体重が乗っていない軽い音だ。
けれど膝は曲がっている。
人間は膝を伸ばした状態から急に走ることはできない。
1度腰を落として床をしっかりと踏まないといけない。
けれども既に膝を曲げた状態であれば、跳ねたり、走ったり、バックステップしたりも可能だ。
昔の写真のお侍さんを見ると腰を落とし、重心を低くして、つまり膝を曲げて、背筋を伸ばしている。
常在戦場の心構えが出来ている人の立ち居振る舞い。
裏ボスの体勢がそのお侍さんの立ち居振る舞いに似ているのだ。
攻撃をすれば避けられたり、手痛いカウンターを入れられてしまう感覚がある。
今の俺では攻撃できるチャンスが見えない。
ただ歩き近寄っていくだけでも素人とは違う風格がそこにある。
俺を抱えた軍人さんがゆっくりと部屋の右端へと、裏ボスとユエさんの行動が把握しやすい場所へと移動した。
裏ボスとユエさんの視線を少し感じる。見えるという事は見られるという事。
お互いに巻き込んではいけないモノの場所を確認したという事だろうか?
ユエさんは足に力を込めて体勢を低くし、攻撃の圏内に入ったモノを瞬時にロープ……いやムチで投げ飛ばした。
何度も軍人さんを放り投げているうちに、血を吸い上げたのか、元々は白かったロープは赤黒いムチへと変貌していた。
優し気だった瞳は怒気に彩られ、振り乱された長い黒髪は赤を帯びているように見えた。
裏ボスの歩みは止まらない。ユエさんの体勢はさらに低くなり、裏ボスがユエさんの近く2m程のところまで近づいた時、ムチは振るわれた。
ガシッ……という硬質な音が部屋の隅々にまで響く。
ムチと杖がぶつかった音の様だ。まるで石と石がぶつかるかのような鈍い音。
赤黒くなったムチが白い金属光沢のある杖に絡みついている。
曲げられた膝が伸び、裏ボスは真っ直ぐにユエさんのところへ駆けた。
2mの距離は短い。1秒の間もないだろう。
左肩から裏ボス突っ込んでいく。
体に隠れて見えない右手はきっと拳を握りしめているに違いない。
インファイトに持ち込めばムチのような中距離武器は使えなくなる。
遠くから見ているせいか、1つの事に集中できるためか、物事がゆっくりと見える。
思考が加速しているのだろうか?
ユエさんは近づいてくる裏ボスの左肩の横にムチを振るった時に前に出ていた右手を添えた。
そして右手を使い、裏ボスの体を軸にユエさんは体を回転させ、裏ボスの背後へ回り込んだ。
ムチが杖に絡みついているので、引っ張られる勢いを利用し、裏ボスの背中へと跳ね飛ぶ。
「風よ穿て」
呟くような裏ボスの声が聞こえ、ユエさんの身体がくの字に曲がり、部屋の端まで勢いよく、弾丸の様に弾き飛ばされ、壁にぶつかり止まった。
見ると裏ボスは左手を後ろに突き出していた。
「支部長さん、教会の方なのに武術の方がお得意なのか」
ユエさんの倒れていた壁を見るとゆらりと立ち上がった彼女がいた。
衣服は中央から裂けて肌色がのぞいていた。ところどころに裂傷があり血がこぼれていた。
黒い長い髪が前に垂れたユエさんは瞳を爛々と光らせていた。
「直接的な魔法による攻撃を確認しました。
私もしてもいいですよね? 魔法で攻撃を。ねぇ、シン様?」
ぼそぼそとかすれた声をもらしたユエさんは両手の間に光を灯した。
赤、青、緑、金と光の粒が辺りを舞う。
やがて混ざり黒い塊へと姿を変えた。
「包め」
黒い塊から無数の矢が飛び出すと一瞬にして裏ボスを包み込み、黒い繭のようになった。
ユエさんは感情の抜けた表情で声を漏らしていた。
「潰れろ」
ユエさんの淡々とした声と共に黒い繭は収縮していった。
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