81、お着換え
「神子様、少々汚れていますし、お召し替えさせてもらってもいいでしょうか?
こちらにお召し物を用意させていただきました」
ユエさんはそう言って後ろ手に持っていた衣服を見せた。
衣服の方はユエさんに別の女性の方が手渡ししていたのを見ていた。
衣服は白く、布地が少なかった。
広げてみるとファラオの幼児服といえばいいだろうか? 不思議な服装だ。
肌触りの良い素材。布地の目が細かい。シルク?
金属の留め具が多い。金属は鉄などよりも重く、金色に光っていた。金?
衣服を変える理由はなんだ?
衣服に何か仕掛けをつけている?
いや、ただお仕着せを着せることで所属を主張して同族意識を上げる?
わからない。
着るのはいいか、悪いか?
いや、そもそも拒否は意味あるのか?
身に纏っている今の衣服はミラ先生の家で着せてもらったモノだ。
親からもらった衣服はもう体の大きさに合っていないので着れなくなっていた。
今の衣服は少しきついくらいなのでまたサイズの変更があっただろう。
それに今日1日着た以上大分汗に塗れて汚いはずだ。
赤ん坊は汚れに弱いだろうから、このまま着続けたら害になるかもしれない。
だとしたら着替えるべき?
いや、そもそもここには何日いるつもりなんだ? 俺は。
ここは危ない……危ない場所のはずだろう。
何らかの利用価値を見込んでここに連れ込んだはずだ。
もしくは外にいて目を放していたら危険だと思われたからここにいるのじゃないだろうか?
どうすればいい?
「何かお気にならない点がありますか?」
もの悲しそうな顔で俺をユエさんは見つめていた。
「きれいな服だなと思いました」
思わず当たり障りのない無難な返しをしてしまった。
ただの好意かもしれない。
ただ好意でやってくれたこと。
特に迷惑にならない、むしろ普通なら感謝してもおかしくない、そんなこと。
それを断るのは少し心苦しい。
オツベルと象みたいに、好意を装った拘束はもらった人を不幸にしていく。
はた目から見ても美しいモノ、いいモノを与えられたら断るに断れない。
ただほど怖いものはない。
見返りとして何を求められているのか、それがわからないから、楔になり、もしかしたら悪縁が出来てしまう。
望んで作った縁なのか、望まれて作った縁なのか、その縁は拘束になっていないか。
考えないといけない。色々と知らなければいけない。
「そうですか! では着てみませんか? お手伝いします!」
「まずは1人でできるところまでやってみたいです」
さすがに着替えを全部任せるのは嫌だ。恥ずかしい。
自然な流れで着替えをされていた時は気にしないでいられた。
だけどこうも考える余裕があると羞恥心が先立ってしまう。
脱がされるのはどうにも恥ずかしい。
体の関節に不安を感じてしまう。
下手に力を入れるとぷにぷにと柔らかいこのボディが壊れてしまいそうで恐いのだ。
だが3歳も近くなると体もそこそこしっかりしてきた気がする。
だから力加減もそこそこいける……はずだ。
「お、おぉ~!」
もどかしくても、ゆっくりとでも、脱ぐことができた。
視界の端でユニさんが手を叩きにこにこといい笑顔で微笑んでいる。
袖から腕を抜いただけで感嘆の声をもらし、襟口から首を抜けば感嘆の声が称賛の声に変わった気がした。
小さい子にとっては大変な作業なのだ。
それを分かってくれる、そんな称賛の声がとても心地よく聞こえた。
「こちらの衣服、片づけさせてもらいますね!」
脱いだ衣服をユニさんはささっと拾うと近くの女官さんに手渡していった。
「着れますでしょうか? お手伝い」
「いい! 1人で頑張る」
「わかりました」
食い気味で言ったらユエさんはしょぼんとした顔になってしまった。
すごく胸に突き刺さる表情だ。だが着替えを手伝われるのは恥ずかしいのだ。
にしてもこの衣服どうやって着るんだろう?
ワンピースみたいに着るのだろうか?
いや、ワンピースの着方とか知らないけど下から被ればいいのか?
あ、脇に紐がある。これを縛れば胸元がきゅっと締まるのか?
それとこの……金糸は装飾部分だけに使われているのか? キラキラしているが思ったよりも軽い。
金具は……ベルトの金具みたいな使い方でいいのか?
後はこの……涎掛け? いや違うよな? 頭から被っていけばいいと思うこの襟のはなんだ?
「おぉ~! よくできました! あ、ちょっと手直しさせてもらいますね!」
この後ユエさんにきれいに服を整えてもらいました。
なんだろう……。この感覚。
ユエさんがすごく面倒をみてくれて、とてもお母さん感があって、なんかすごく落ち着く……。
いつの間にかユエさんの膝の上に乗せられていた。
背中に感じる温かさは落ち着く。
最後にこうやって人にくっついていたのはいつだっただろう?
もしかしたら寂しかったのかもしれない。
まだ小さいこの体は誰かの庇護に居なければ生きていけないのだ。
弱い。
なのに、気が付けば両親は遠い。
ミラ先生のところではまぁまぁ過ごしていたが、俺はあまり泣かない子供だ。
用があれば声をかけにいくので、抱きかかえられることはほとんどなかった。
人が近くにいたけれども遠かった。
だからかもしれない。
こうやってユエさんに抱きかかえられて久しぶりに感じる温もりが、裏を感じられない純粋な笑顔が、何かをした時に褒めてもらえることが、すごく心地よく感じられる。
もうここで過ごして育ちたいな。
人に甘えたいな。
俺は……
「ユエ支部長様!」
女官の焦った声が響いた。
眠りに落ちかけた意識が浮上した。
「お静かに。神子様が休息しているのです」
「申し訳ありません。ですが神獣様と軍の者が正面から来ておりまして」
「お帰り願いましょう」
「神子様を出せと話を聞いてもらえません。
神獣様がここに神子様がいることが分かっていると仰り、正門を突破してもうすぐここに到達すると思われます」
「なんですって? ……わかりました。現世の都合はお構いない神獣様が相手ではしょうがありません。一旦この場を離れ別の場所に」
重い扉が開く音が聞こえた。
「どうやら間一髪間に合ったようじゃの」
若者がむりやり年寄り口調にしたかのような違和感をやはり感じる、そんなニーナの声を久々に聞いた気がした。






