373、帰りの廊下
図書室が遠ざかる。悲しい。
久しぶりに手に取った本の重み、匂い、紙の硬さ。
めくる度に鳴る音、微かな空気の揺れ。どれもこれも恋しくて、離れがたい。
WEBで読むのもいいけれど、現物の愛おしさは代えがたい。
いや、うん。本に発情するな、バカ。
本は大事だ。それが本当に正しいかどうかはさておき、書かれている事を考えたという事は間違いないのだから。
世の中に胡乱な内容の本は無数にあるが、それを許容する出版社もあると考えるとまた面白い。
お金になるから。そういう風に言論を操りたいから。そんな何かしらの思惑があって出しているのだろうし。
確認できる情報から実験などを経て、何個か仮説をたて、そこから実用可能なモノを作る。
仮説はどんな馬鹿げたモノでもとりあえず立ててみるのがいい。
こうだろうと思い込んで思考が凝り固まると正解にたどり着けなくなるから。
まぁ、現状はその仮説も立てられないくらいに情報収集が足りてなかったのだけど。クソが。
時間制限があるんだからもっと効率よく動けよ。思考をどれだけ暴走させて時間浪費したんだよ。
俺が求めるモノは自由。生きやすく自由に行動できる権限なんだ。そのためには何をしなくちゃいけないかをもっとハッキリさせろ。
「シロは図書室で何が気になっていたの?」
……困った。流し読みが過ぎて具体的な話がでてこない。
いや、語ろうと思えば語れるはず。でもぱっと出てこない。
目の前に本をおかれたらこのページとこのページみたいなことは言えるけれど、特別どれが気になったかと言われると思考がまとまらない。
特定のことを聞かれたら答えられるのに、どれが気になった? とかと言われると具体的なモノが出てこない現象よ。マジで困る。
1つ1つに特定の感情を抱かない様に読んでしまっている? 抱かないというよりも抱けない?
たぶん本当は全てがどうでもいいのかもしれない。ただ目の前にあるから考えるだけで。
あぁ、どうしよ? 何を答えればいいんだろうか?
魔力に関して詳しく知りたかったとでも言えばいいんだろうか?
でも魔力の使い方というか、こういう事ができるよみたいな内容は大して今求めていないんだよな。
「魔力についてだけどいい感じの本が見つからなかったかな」
魔物を狩る。食べる。そんなこんなして生きるつもりだった。
でもそれが出来ないとなるとリク君に魔力を供給してもらわなければ生きていけない。
歪で気持ち悪い。寄生虫のような生き方。
それがしたくなくて本を探しているとか、それをリク君に言うとかできるわけがない。
逃げる手段を探しているとか、リク君が自分の事が嫌いだから離れたいのかな? とか思われるかもしれない。
それがいい結果になるわけがない。リク君がいい感情を持つわけがない。
なんかヤンデレが対象を手中に納めた様な感覚すらある現在だし、逃走を目論んでいると思われると自由が失われる方向で壊れそう。
魔力の供給を止めて休眠状態になった俺の手足を折って保管するとかあり得るのか?
いや流石にそれはないと思いたい。ないよね? あったらホラーなんだが?
でも今の俺には戸籍とかもないだろうし、人権もないと言われたらそうだろ。
人形の手足をもいでも罪にはならないんだ。所有者もいない人形なんて器物損壊罪にも問われない。
「魔力ね。けっこう色々とあったと思うけど、お眼鏡には適わなかったんだ?」
充実はしていた。確かに。
読める範囲にあった本を見ていても思った。
ただ魔力の中に居るモノの話とかはなかった。
いや、魔力の中に居るモノとは神話や伝承コーナーにあったのだろう。
ただそれをどう活かせば自分の自由を得られるかが理解出来なかったと捉えるべきか。
ただここまでは言う事が出来ない。
……。思考が完全に魔力に回ってるわ。
そもそも始めに読み得たかった情報は一般常識だよ。どあほうが。
たわけ。生きやすくするために知るべき一般教養を忘れるな。このすっとこどっこい。
ま、まぁ? もう魔力とか言っちゃったし?
ここから路線変更して一般教養とか言えないわな。
どうやって話を濁す?
「ニーナとかネネとか不思議でしょ? リク君と僕以外にあの体にいたというのが気になるじゃん」
誤魔化しスキルEXじゃね?
半分くらいは本当の話だし、リク君も気になりそうな話だろ。
これなら勝てる。何にだよ。運命か? 命を運ばれて流され過ぎているわ。命を運ぶ側に回れよ。
本当にニーナ達がどこから来たかが謎だよな。
魔力の容量を上げるとか、回転を加えて求心力をとかがもしや効くのでは?
そもそも食べている量が、赤子相応で、少ないのにリク君はその魔力量に到達したというのがヒントかもしれない。
魔力の流れを感知して集まってくる性質でもあるのだろうか?
いや、リク君の場合は外に魔力が流れ出る事がなくて異変に気づかれたんだ。
リク君は魔力の吸収はしていなかったとは思う。
ただ魔力のエネルギーだけがそこに溜まっていった?
「なるほど……確かに。あまり気にしてなかったよ」
いや、魔力量を考えるとおかしいか。
魔力という粒子そのものが少なかったら、エネルギーを貯えられる量に限りがあるはず。
リク君は魔力を吸収していたと考える方が正しいかもしれない。
でも魔力をぶち当ててソナーみたいにした1等級の子曰く、ガンガンに反射していたはず。
反射するという事は吸収してないという事なのでは?
あの子1人しかサンプルがないから分からない。
いや、水面と同じで一定以上の速度だと完全反射になる……みたいな?
普通の人だとそこそこスカスカだから魔力が反射する量が少ないみたいな?
分からないな。でも可能性はありそう。
とりあえず生体だから魔力にエネルギーを付与できるというのは思考停止か。
赤子の時のリク君を念頭に置いた方が望む結果が得られそう。
そもそも俺は正しい情報よりも、リク君という個人に頼ったエネルギー補給をしなくてもいいという結果だけが欲しいのだ。
手段と目的を履き違えるな。
「でもニーナ達みたいな存在ってほとんど神話みたいな感じなんだよね。魔力理論とかそういうのには載ってないというか」
ひとまず魔力を回す方法を探すのがいいか。
リク君の時は食べ物を経由して魔力の回転を見た。
自分以外の魔力で色付けされた事で見えやすくなった流れを意識して。
あのぬいぐるみの中身と分離するためにやった事。
どうにも上手くいかなかったのは何故か?
あのぬいぐるみの中身に邪魔されていたから?
何かそれ以前の問題がありそうな気がする。
もし器に魔力が張り付き循環する様な状態じゃありませんと言われたら最悪か。
むしろ粒子の質がリク君と異なっているというのが正確な可能性がある。
正確にいえば粒子の形が違うというべきか。
「ニーナ達がいきなり神獣とか扱われたのももしかしてそこが影響しているかもね」
……普通はなんかよく分からない化け物って扱われるよな?
神子様とかリク君が呼ばれてたのもあって、神獣として扱われたと思ったが、どうなんだろうか?
敵対していないし人語を介すバカデカゴールデンレトリバーだから、とりあえず祀っておけば暴れる可能性が低いと見て対処された?
いきなり化け物として扱い問答無用で敵対するというのを避けたかった?
上司がそういう対応したから下がその様に扱うと倣った?
実際ニーナ達は対魔力の性能が高いというか無敵だったし、敵対即敗北だったのは想像に容易い。
相手の戦力も分からない内に、最初から敵対を選ぶ様な愚行を避けるマニュアルとかありそう。
異世界から転移してきた高次元文明も、現地の未確認な生態とやり合い学習していたとか。
いや、そもそも高次元文明だからそういうマニュアルとかを持っていた可能性があるか。
「分からない事だらけで困っちゃうよ。また図書室に調べに来てもいいかな?」






