371、読書しよう
この体は小さすぎる。
文庫本サイズなら立ち読みしやすいが、大きい本は目が近くなりやすい。
立ち読みの際にページをめくるのも手が小さいから支えづらい。バランスが悪い。
ギュッと握って本を壊すのが怖くて仕方がない。落としそうになった本をつかんだら手の形に凹む感触がしたので慌てて手の力を緩めた。
この体なら本を指の形に千切り取る事も容易いだろう。
タウンページでも親指と小指で千切れる気がする。
本当にこの体は凶器として使い易すぎる。
地面に転がり本を読むには不適な感じな床。
別に埃が散っているわけでも土足な環境ではない。
スリッパである。俺は裸足で歩いているけど。
「上の方見たいよね?」
……急にリク君は何を言い出すのだ?
見たいは見たいが別に今すぐというわけではない。
いや、今見た方が判断材料が増えて助かるかもしれない。
ただ中身を読まずにタイトルだけで判断するのは浅慮。
そもそも急に世界が分かったなどと浅慮浅薄極まりないことを言うのはバカらしい。
ダニングクルーガー現象だったか? 初心者は新しいモノを学んですぐ全て理解した気になる。
本当の理解への道は実際に手を動かし(あれ? 想像と違う……)をやりだしてから始まるのだ。
想像し試算し実験し、自分の考えが世界に通じることを確認する。
ゲームの世界であれ、現実の世界であれ、物理の世界であれ。
どんな世界であれ探求はできる。そして簡潔に語れるモノではない。
「見たいかな……?」
見たいのは間違いない。ただなんかイヤな予感がする。
性欲含む視線……とかではないと思う。そういう視線ではない気がする。
なんかペットを見る目? リク君の中にある俺の形に、実際の俺が収められる様なイヤな感じ。
俺にそんなペット的な役割を求めるなかれ。
可愛子ぶるのなんて反吐が出る。俺はただ自由に生きたいだけだ。
人付き合いをし続けられる程の社会力がないのは理解しているが、だからといってペットになるつもりはない。
自由が好き。それは間違いない。自由に行動がしたいんだ。
自由に行動するためには自分の行動の責任を自分で取れる様にならなければならない。
行動の責任で金銭で解決するのは最終手段だ。替えの利かないモノをどうしてもという事で金銭で対応するだけだ。
「肩車したら高いところも見えるんじゃないかな?」
確かに見えるだろう。見えるけどもすごくなんかイヤな気分になりそうだ。
そもそも俺は人に近づきたくないのでは? そんな気しかしない。
道具なら相手の意思がないから気楽だけど、人相手にそんな近寄るのは怖い。
肩車って太ももで相手の頭を挟まないといけないよな?
最悪ぶちっと頭が潰れたりしないだろうか?
いや、今の俺だったら何かあればすぐに体に力が入ってしまうだろう。
最悪もなにも九割くらいの確率でリク君は死ぬ。間違いない。
頭にのしかかる様な体勢で、足に力をいれない様にすれば大丈夫?
それはそれでなんかキツそう。リク君の脇に足を差し込む様な姿勢で固定されるというのも怖い。
片方の肩に座る様な姿勢ならワンチャン? それも怖い。不安定で。
「遠慮しとくね」
体勢を崩した時に思わず力いれたら首が取れましたとか笑えない。
感情的にも物理的な危険性にも受け入れられない理由があるわ。
力の制御が覚束ない初心者ゴーレムがしていい事は少ない。
考えてみたら赤ちゃんだって力の制御が上手くないんだ。
初めから完璧に動くモノなんてありはしない。
機械だって試作し動作確認を繰り返し、至適な動きをプログラミングした結果の製品だ。
このくらいの力をいれたらこれは壊れるだろう。
そういう認識ができるだけ、現状の俺はまだいいかもしれない。
下手したら触るモノ全てを握りつぶす化け物になるところだった。
「そう? そっか」
自分の力が怖い。本当に。
飛行船の壁に思い切り寄りかかってしまって穴を開けたのが思考の裏にこびりついている。
加減のできない馬鹿力は怖くて仕方がないのだ。
外気で冷える自分の体の感覚が染み付いている気がする。
躁状態だった。壊れそうとは思ったが、本当に壊れるとは……とも思っていた。
こうだろうと予想はしても、本当にそうだとは思っていない。
いや、そうだとは思っていても、信じたくはない。
カタログスペックだと思いながら、そこまでは発揮できなくてもある程度はできるだろうなと思っていた。
だが想定を超える力で何ができるかが理解できていない。
悪い想像ばかりがすぐ出てくる。
「たくさん本はあるし手の届く範囲でも3ヶ月くらいは持ちそうだから大丈夫」
半年で全部読めそうなら手の届く高さだけだとこれくらいのはず。
でも最近本が読めていないから回路が細くなっていそう。
だいたいこんな内容ねと先読みする能力。
これがあるかないかで本を読む速さは大分変わる。
なろう系と呼ばれる作品群がとくに顕著だが、背景に類似が見られる作品は世界の想像がしやすい。
既にある世界群を思考のベースに据えて、違う点を念頭に想像すれば楽しめる。
小道具の詳細な描写を省けたりするので話が非常に進ませやすい。
見せたいシーンまであっという間に進ませられるのが特徴か。
人間ドラマを魅せたい作品に優位な特徴だと思う。
知っていると考えている情報は目が滑る。
引っ掛かりを覚えなければ意識に止まらず、予想通りの展開と頭が退屈していく。
回路があるとかえって見落としが起きる事もあるから、読む速さと引き換えに注意不足になるデメリットもある。
「3ヶ月で手の届く範囲を読み切るの?」
同じジャンルを読み続ければ回路ができるからまぁ簡単にできるのでは?
雑多な情報を適当に摂取するだけと考えたら、多少の注意不足も問題ないだろう。
欲しい情報は世界の空気感であり、真相とか深層とかではないのだ。
まぁ、でも本を書かれた年代毎で見ないと詳しい空気感はつかめない。
世情が不安定な時は平和な世界を望む作品や悪を討つ様な作品が増えるとか、安定している時はむしろ革命者みたいな人の作品が増えたり色々なジャンルが伸びやすいとか想像できる。
この世界ではそれが適用されるか分からないけれど。
図書館にある作品って古典を除くとたいがい発刊後百年も経過していない新しい作品ばかりなんて思考が間違っているかもしれない。
もしこの世界の人類が他の世界からの渡航者の場合、千年前の本も、何なら渡航する前の世界の本も、ここの図書館に置いているかもしれない。
二百年も経てば文体とか使っている言葉が変わるし問題ないだろうか?
江戸時代の本とか、あれをすらすら読むのはキツいの考えると、やはり現代の読者向けに書き直した作品が並んでいると見るべきか?
「たぶんいけるかな?」
読まないと正確な事は分からないけれど、今ぱらぱらと捲り読んでいる限りだといける。
この作品は神話からの派生か。知っている5属性の神様の配下達の話だ。
ギリシャ神話とかみたいな感じか。王族がいる事を考えると王権神授説で話を進めたかったと見るべきか?
貴族は神の配下の精霊などを起源としてみたいなモノがあるだろうか?
ミノタウロスの話とかを想起する。クレタ島のミノス王の話とか。
先祖にこんな存在がいたと血縁に神秘性を付与し、民衆の意識に自身と貴族の区別を行わせる。
だがそれは原始文明というか、民衆に知識が足りていない時代にしか使えない統治手段ではないだろうか?
異世界に渡航できる様な手段をもった文明が使うには異質な方法だと思う。
これは古典を模して作った近代創作か? これは元の文明の神話かもしれない。
だとしたら5属性の神様とやら異世界から来た存在なのだろうか?
「……すごいね……」






