366、把握とか
ぬいぐるみを抱きかかえて頭をなでる。
見た目と合わさり異様に子供っぽい振る舞いかもしれない。
これを簡単に許容した事を考えるとどうやら俺は疲れているらしい。
ぬいぐるみの方もそれをされると思っていなかったのか、少し硬くなっている。
俺の中にいた時はどんな攻撃も無効化できたが、今の状態だとはそういうわけにもいかないだろう。
首をひねれば終わる命になったというのか。分離したことで弱点ができたのは嬉しいな。
嬉しいと言うな。暴力性が強すぎる。
「……痛くしないでね?」
あ?
汚い声が出そうになったわ。沸点が低すぎる。
キレる意味はもうないのに。もう俺の外にいるどうでもいいヤツなんだから。
こいつに対しては怒りを覚えやすいのは良くない。
俺の人間性がよろしくない。心が悪い。頭が良くない。
どうでもいい。まぁ、実際にどうなっても何も思えない相手なのだから間違いない。
だがそれを言葉にするとこれ程気持ち悪いことはない。
人への興味が薄すぎる。これは致命的欠陥だろう。
周囲の相手がどうなろうとどうでもいいという心持はあまりよろしくない。
普通の人は関わる相手のちょっとした変化にも気付くくらいには人を見ているはずなのだ。
それを出来ない段階で人間にはなれない要素となりえるだろう。
「なに? されたかった?」
煽るな。嗜虐心を出すな。誰も求めていない。
思考が壊れている。魔力不足か何かか?
魔力の量のせいにするのは楽で簡単だな。
根本的に俺の性格が終わっているのは間違いない。
こいつに対する心象が最悪なのが大きいか。
頭の奥で敵だという声がずっとしている。
俺の内部事情はともかくとして、もうこいつを敵認定する理由がない。
こいつに対して何かを思う意味がない。
ちゃんと分離できたならもう俺とは関係のない存在なのだ。
殺意の波動に目覚めるな。鎮静しろ。
「そういうわけじゃないんだけどね」
あせあせとした声。抱きかかえてみて感じるのはぬいぐるみの感触しかない。
この声はどこから聞こえているかが分からない。
口の動きみたいなモノも感じられないのが不思議である。
もしぬいぐるみを壊したらまたこいつが憑依するとか考えられないだろうか?
こいつはぬいぐるみを俺が壊し自由になることを期待しているかもしれない。
触っている感じ、普通のぬいぐるみに比べてはるかに頑丈な雰囲気がある。
ゴーレムとしてこのぬいぐるみが機能していたらとても怖い。
いや、ぬいぐるみだからゴーレムほどの性能を発揮できない可能性がある。
骨もなければ筋肉もない体だ。体を動かせていることが奇跡なのでは?
「シロ。君がいつもの君に戻ってくれて嬉しいよ」
リク君がなんか不思議な雰囲気を漂わせている。
くすぐったい。この空気はあまり長居したくない。
さっさと起き上がり次の行動をせねばならない。
サク先生の方はどうなるんだろう?
断りの連絡をいれるだけで解決なのだろうか?
具体的な話とかわからない。
何かをするとなればそれ相応の手間がかかる。
準備をするだけでどれだけの許諾や人件費がかかったのか。
広い荒野で危険な実験を行うとなれば土地を借りる費用もすごいだろう。
「ありがとう。そういえばサク先生には連絡をした?」
早めの連絡で時間や費用を抑える事ができるはず。
試薬とかそういったモノは入手に向けて動いていただろうか?
発注をしたモノの中に足の早い代物があったら怖いな。
ゴーレムの破壊ができる方策がどこかにあったかもしれない。
そういうのを考えると少し体験してみたかったか?
魔力を使い切った防御の薄い状態だからとはいえ破壊できる可能性を想像すると面白い。
魔力を使い切っただろう状態で十数年近く過ごしても欠けなかった体だ。相当固いだろう。
まぁ、あの状態は意識が覚醒できる程の魔力がなかっただけで、体を守る分には魔力は足りていた可能性があるから、何とも言えないかもしれないが。
壊せない体というのはそれだけで強いから面白いのだけど。
「大丈夫だよ。シロとその子が分かれたのを確認した段階で連絡はしたから」
安心。でいいのだろうか? わからない。
そもそもサク先生の方はどういう頭でこの案件を担当しようと思っていたのかも不明だ。
体のいい実験材料の確保だろうか? 失敗する確率の高いモノなら気負う必要もないしな。
むしろわざと失敗しても美味しいとも言えるかもしれない。
自分の子供と仲のいい相手の大切な代物だから悪意を考える必要はない?
いい人そうな感じだし、そういうマッドな思考は持ち合わせていない可能性は少ない?
いや、いい人に見えるからといっていい人な可能性は薄い。
思考能力が高い場合、理性を計算で作る事ができるのだ。
奥さんの方は猪突猛進寄りの人だし、あの顔で手玉に取りいい様に転がしている可能性がある。
「そうなんだ。良かった」
周囲に軍の人がたくさんいた感じを思うと、ただの研究者だとは考えにくい。
策略とかも得意そうだ。都合のいい環境を作るために何をしたんだろう?
そこまで悪意を持った見方をする必要はないか? わからない。
可能性だけは頭に置いておいてもいいかもしれない。
問題はこの後何をするべきかか。仕事の斡旋をリク君に頼むのがいいかもしれない。
だがそれでいいのだろうか? そもそもそれが意味をもった行動になり得るだろうか?
実験室のケージの中で人間ごっこをいくらしても外への影響力は得られないだろう。
何をしたところで人間ごっこと言われたらそうだ。
藻掻くだけではかえって浮き輪は遠のくだけだ。
力を持たないモノには人を動かす事ができない。
「シロはゆっくり休んでいていいんだからね」
……。なんか怖い。
いや、リク君はただ心配性なだけだろう。
普通の親が子を心配する様な他意のない情動か?
監禁とかの意識ではないはず。
ペットの感覚かもしれない。
外は危険だからと室内飼いにする感覚か。
そういう対象に思われるのは嫌だ。
ペットは自分で何も出来ないからペットなのだ。
自分の事を養う方策を持てないのがペットだ。
それは自分がなると思うととても気持ち悪い。
「何かしたい。とりあえず物資の運搬辺りならこの力が役立つだろう。適当に使ってほしい」
人間ならお金さえあれば食料の入手や住居の維持が出来る。
だがこの体を養うにはお金では得にくい、大量の魔力が必要だ。
魔物を狩るなどするのであれば簡単に維持が出来そうだが、人間的に生きるとなるととても難しい体質である。
短絡的に魔物を狩る生活をしようとして失敗した。
実際問題、増える数よりも多く魔物を狩った場合、その魔物がしていた食物連鎖ピラミッド下位の生物の間引きが滞る。
神様に止められなかったとしても長続きはしなかった事だろう。
下位が増殖すれば未知の病原菌が発生したり、食害で不毛の大地が出来たりする可能性がある。
魔力欲しさに魔物を狩るとしたら、そこそこの大きさの魔物ばかり狙うことになるだろうしな。
神様に止められて丁度良かったかもしれない。
「そうだね……考えておくから待ってね」
……そういえば前もなんか働きたいと頼んだか。
ぬいぐるみのこいつのせいで大分デバフを食らっていた。
考えてみるとやっぱりイラつくな。
まぁいい。物資の運搬辺りの仕事がとりあえず出来れば大きな効果が得られる気がする。
体のサイズや運べる重量も異常だから、注目を浴びないわけがない。怖がられる事も少ないか?
運搬は移動距離も関係する人員数も多いから、人間関係の構築という点で助かるはず。
神秘性などはマイナスされるが、接する人数が多ければ多い程、将来的に選べる選択肢は広がるだろう。
神輿や御神宝みたいな扱いは魔力の回収の上では役立つだろう。
たぶんニーナはその路線なのではないだろうか?
神秘性を使った権力の持ち方とも言える行動。
だがそれは人間性を求めている俺には取りにくい。
「仕事というと困るか? 始めはお使い程度のモノで全然いいぞ。猫は被る。人前ではいつもの様に」
お使いクエストの目的は頭の中に地図を作る事にある。
何がどこにあってどの道を通ればいいかを知る。
用事があるから探しているという体でうろつきやすいというのも大きい。






