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342、湯舟

 崩される泡の鎧。表面にこびりついた汚れと一緒に消えていく。

 手櫛で梳かされる髪はつっかかりの一つもない。

 完璧で究極な(私☆)ではない。


(今のは私への誘いだよね? ノリツッコミに混ぜるための! わかるよ? わかるとも! 君は人に感情を向ける事が苦手だ。でもひどく寂しがり屋だ。だからこそ私にふった。誰にも気づかれない様にネタを仕込める私にね!)


 うるさい。


(姉ちゃんは嬉しいよ! 私を頼ってくれて!)


 年齢の上下も分からない様な自称JKは黙ってくれないか?


(え~? ヤダ)


 なんかこうムカってなるな。


(ハエたたき! DVだ! DV! 暴力性の発露だ!)


「ありがとうございます。気持ち良かったです」


 体から泡がなくなり、開放感がすごい。気持ちいい。

 いつの間にか爪の先まで磨かれている。……いつ磨かれたんだろう。

 とにかく気持ちいい状態になった。びっくりするくらい短時間だ。


(都合悪くなると逃げるーぅ)


 何? もっと叩いて黙らせてほしいの?


(対話をー! 対話を求むー! 弾圧には抵抗だー!)


 お姉さんはシャワーから湯気が出る程熱くしたお湯をコップみたいな容器にいれた。

 そこにとろりとした液体を入れ指でかき混ぜた。これはなんだろう? 何をしているのだろう?

 液体はそこまで熱くはないか。たぶん人肌くらい? 甘い匂いがする。


「最後の仕上げがあるからもう少し我慢しててね」


(コンディショナーと見たっ! 温かくすると髪になじみやすくなるのか、仕上がりが美容院クラスになるんだよね! 私知ってる!)


 そうなんだ。おめでとう。


 水に混ざり透明で粘度の高くなったそれをお姉さんは手にのせた。

 髪の端から手で解きつつゆっくりと根本に馴染ませていく。

 指の引っ掛かる様な真似は一切なく、痛い思いをさせる事なく、髪が仕上げられた。


 髪を持ち上げる様にタオルで結い上げられる。

 額のところで結び目を作られ、長い髪はタオルに完全に包まれた。

 お姉さんは手を差し出すと湯舟へと案内をした。


(ふむ……髪の毛をコンディショナー漬けにしつつ、その間湯舟で体を温める? 洗い流すのは最後かな? 独特な順序かも……)


 そうなんだな。知らぬ。


(髪の毛は手入れすれば治る皮膚とかと違って、傷ついたらずっと傷つきっぱなしな組織だからね。鱗上の表面の下に本体といえるべき部分があるけど、熱をかけると簡単に変質しちゃうし、鱗状の表面が熱で口を開けたら水分とかも抜けやすくなっちゃう。あぁ、そうね。お風呂でゆだる時間は髪の毛が開いちゃうからその時間にコンディショナーを染みこませるのね)


 持論ありがとう。たぶんこのゴーレムはそんなに手間をかけなくても傷つかないし汚れない。


(バカチート!!!)


「ねぇ、いくつまで数えられる? 数えられるところまで一緒に数えよっか!」


 億でも兆でも数えられるんだが。まぁ、常識的に考えて5分くらい数えればいいか。


(え~3桁しか数えられないの~?)


 この体はお風呂の意味があるのだろうか?

 末端を熱くしたりしても体内の流動性が上がったりするとは思えない。

 雰囲気を楽しむ事しかできないとも言える。


 汚れを落とすのと違い、体内の変化を楽しむモノは干渉ができなくなった事で、雰囲気以外は楽しめなくなった。

 サウナにいってもこのゴーレムボディは汗すらかかないのだろうな。

 そういう事を考えるとこの体は損なのだろう。丁寧な生活には向かないと言える。


(丁寧な生活いいよね。私もそういう生活したいなー)


 じゃあ、この体はお前に向かないな。


「1~」


 お姉さん、さらっと足湯してる。

 まぁ、深さ的に足湯にしかできないか。

 子供に合わせた深さって大人にはつらいな。


 ただゆっくりと数字を数えられると眠くなる。

 緊張が続けにくいのだろう。気がユルまされる。

 環境もあいまり、普通だったら体が解きほぐされて。


(君の場合は石を見て石と言われるだけのつまらない作業に近いもんね。成分もなく、情報もなく、ただ石という概念だけを見させられるだけのつまらなくて退屈な作業)


 石な。表面を見ればとりあえずある程度の硬さは想像出来る。触ればより正確に。

 臭いとかあれば、硫黄臭があれば温泉や火山産だとか、成分への予測をつけられるだろう。

 薬品などあれば、塩酸で溶けるかどうかなど、さらに詳しく情報を探れるだろうか?


(君は概念だけでも楽しむバカだったね……。そういう話じゃないのに……!)


 仮置きしてる情報がそこらに転がってるだけに過ぎない。

 専門家の様に、この情報を使ってこういうモノを作る、そんな特化作業が出来ない。

 情報を仕事に変えられない、目に見えたモノでとりあえず遊んでしまう、そういうバカの頭だ。


(私、そこまで言ってないよ!)


 仕事。プロの手を考える。アマチュアとプロの境は目的にどれだけ向かっているかなのではないだろうか?

 習ったなどもあるだろうが、プロは目的地に着く事が最低限のラインか。

 どれだけ綺麗に到着できるか、それは道をどれだけ知っているか、それが問われるのだろう。


(あ、バカが暴走してる……。おーい! おーい! 戻っておいでー!)


 先達が引いた線をなぞり、仕事を覚える。

 同じ道を何度も進めば、始めはただ辿るだけで精一杯だった道も、周囲の景色が見える様になり、イレギュラーの対処の仕方を覚えられる。

 何年も仕事に従事した手合いの目には、俺の様な瞬間しか見ていないモノには見えない、そういう世界が広がっているのだろう。


(ほ。ほ。ほ。爺さんや、いつ帰ってくるかと思ったら、わたしゃあ婆さんになっとたわ)


 よし、そのまま老衰だ。ゆっくりと眠れ。


(ひどい!)


 大丈夫だ、お前の事は次の数字まで覚えてる。


(ねぇ!? 1秒も覚える気ないってひどいよ!)


 すみません、あなたはどちら様ですか? お出口はあちらですよ。


(バカー!!!)


「ごじゅよんー」


 ハモらせる様に口を動かす。

 間延びした声が浴室で反響する。

 幼く高い声。よく響く。


(本当に可愛い声を出してるねぇ。5歳児のフリ?)


 それはそう。だが声帯的にもそんな低い声を出せない。

 おっさんが出していると思うと気持ち悪いがな。

 ほんとおっさんなんだよな。


(もう永遠の5歳児なんだし、気にする必要なくない?)


 いや、キツいにも程がある。

 演技ならともかく、思考をそれだとしたら終わり。

 いつかもし成人男性に戻れた時に精神的に死ぬ。


(戻るのはムリじゃない? 体ないし。それに新しく成人男性のゴーレムボディ作るとしても、また勝手に別の人が入るでしょ)


 とても遺憾である。


 あと本当に勝手に入ってるヤツが嫌すぎる。

 なんでわんこに知らん人が入ってるねん。小鳥にすら入ってくるのがもうツラい。

 便利で可愛い使いやすい子が手元に欲しかったんだよ!


(君って気にしいだよねぇ。別にそんな気にせず使えばいいのに)


 イヤなんだよ。そもそも人を使える様な思考回路がない。

 ああいうのはリーダー気質とかいうのを持っているヤツがすればいい。

 俺は自分の下にも上にも人がいて欲しくない。


(いや、君は上に人がほしいでしょ。適度に傘にするために。煩わしい事は嫌いなんだから)


 それはそう。でも傘にしてると認識したらたぶん嫌になる。

 自分が原因で負担を相手に押し付ける罪悪感で死にたくなるし。

 自分のした事の責任は自分で取りたい方。取れるモノならなおさら。


 相手の既得権益を侵す可能性があり、それを嫌って牽制をくらう事はあるだろう。

 こちらが相応の立ち位置にいない場合、それは何度も大なり小なり立ちはだかる。

 だから余計なトラブルを起こさない様に、適当な権力は持ちたい……。


(結局は傘じゃん。まぁ、権力って言い換えたらどれだけの人や金を動かせるかだし、自分だけの力って実のところ弱いよね)


 知ってるだからここにいる。嫌だけど。逃げたいけど。


「ひゃーくっ! じゃあ、上がろっか。タオル外すよー」


 百でいいのか。まぁ、小さい子はそんなに長くは入れないよな。

 犬猫もそうだけれど、体が小さい程、熱の扱いが難しい。

 大人と同じくらいの長さで入ったら茹だっちゃうな。


「ちょっと冷たい水で頭だけ流しちゃうねー」


「ひゃあっ」


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