341、お風呂に入る前に体を洗おう
思えば人に触られるのは経験が少ない。だから怖い。
何を思われているのか、何を想像しているかが分からない。
自分がそうした時に何を考えるか、それを思っても分からない。
(君って前世の子供の頃含めても、人とそんなに関わっていないんだねぇ)
人ってどうやって関わるんだろうね。俺には皆目見当がつかないよ。
そもそも事務的な会話以外、何をどう会話をすればいいのかもわからないくらいだ。
人間性が昔から足りていない。社会性がない。
「そうねぇ。でも今日は私に任せてね。ゆっくりしちゃうとお兄ちゃんを待たせちゃうから」
時間を言われるときつい。1人だとけっこう時間を使いたくなるし。
お湯浴びながらぼーっとしたい。髪の毛をゆっくりと解きほぐしたい。
しっかりと洗うと世の中の雑事を忘れ、気が付けば1時間や2時間言葉のない時間ができる。
(なんか不思議な生態してない?)
お風呂とトイレの時間は誰しも賢者になるモノだ。何も不思議な事はない。
(そこはもう少しサバサバしてると予想してたなぁ)
臭いのは勘弁だし。汚いのとか、気持ち悪いのはノーセンキュー。
その点、シャワーを浴びるのはいいな。流水には汚れが溜まらない。
極性分子たる水はたっぷり使えば剥がれやすくなっている不必要な分だけを落としていく。
「わかりました。お願いします」
背後で動かれるのを感じる。触れてもいないのに大きな熱い体温を感じてしまう。
人間がいる。薄着の人間が。毛皮とかに阻まれる事なく熱が伝わってくる独特の感覚。
よく分からない。反抗すると傷つけてしまう。抵抗がしにくい。だから怖い。
緊張で筋肉が強張ってしまう。意識してもなかなか緩まず、かえってこわばりが強くなる。
(人間苦手過ぎない?)
懐に踏み込まれる事なんて基本的にないからな。
ただお前みたいにいきなり奥深いところに分け入られたら別にはなる。
そこまで来たら容赦なんて温い事なんて出来るわけがないからな。
(君と仲良くなるためには精神を読めないといけないと)
そんな絶対排除案件、もし頻発したら俺が狂うわ。
人の立場によっては気付かれた瞬間に殺すわ。
本当だったらお前もさっさと殺してお終いにするんだわ。
「はい、温かいお湯をかけるねぇ」
髪に手を入れられる。むずがゆい。
自分で髪を持ち上げる時は感じないぞわっと感。
普段は人に触らせない部位だからこその違和感。
(なんかえっち)
官能は皆無だと思うんだが?
なんならおっさんの入浴シーンだぞ。
エロい要素は皆無で、気持ち悪さが天元突破だわ。
(でも今の君は女の子じゃん)
いや、両性具有。どっちもあるし、どっちも未熟。
男女の区別のない子供。概念上の子供。
元祖概念子供の土の神様と似てるだけのゴーレムだわ。
「すごい砂が溜まってるね。砂の川が出来てるよー」
排水溝に向かって流れる水は砂で赤茶けていた。
静電気か何かでくっつきやすくなっていたのかもしれない。
力の強さで分からなくなっていたのか、髪の毛の重さが普段の数倍はあったかもしれない。
そんな量の砂が排水溝に向かって流れていっていた。
(数倍は言い過ぎじゃない? 2倍もなさそう。正味50%くらいじゃない?)
1.5倍とか言っても細かすぎて面倒。あと分かりにくい。考えるのも面倒。
(データは正確にじゃないの? ねぇ? 感傷に浸りたいからクソデカ羅生門したかったんじゃないのかな? ねぇ?)
分かってるなら言うんじゃねぇ。あとそこまで誇大した覚えはない。
それに砂がこんだけ流れているという事はだ。付着していた液体成分とかも同様に流れているだろう。
諸々合わせたら数倍いってもおかしくはない。
(ふーん)
髪を持ち上げられ、下からお湯を地肌へと滑り込ませられる。
髪の毛の根元からゆっくりと、指で髪を解きほぐしながら、お湯を湿潤させていく。
脂やよく分からない液体などで固まっていた髪の毛は、指で解きほぐされる回数を重ねる毎に、柔らかく重さを捨てていった。
(これがプロの手つきというヤツね……)
シャワーヘッドを壁に固定すると、お湯をかけながら地肌を揉む様に柔らかく指を動かす。
体勢的に頭をお姉さんに預ける様に動かされ、お姉さん自身もシャワーのお湯をバシャバシャとかかっていく。
なんか甘い匂いがする。
(ふーん? ふーん? ふーん?)
俺は悪くない。そもそも向こうも子供相手だと思っているし、これは施術であってそういうプレイではない。
なんなら見た目だけなら小さな女の子ですらある。
相手もそういう認識で行動している以上、変な認識で行動を歪めてみるのはよくない。
(私というモノがありながら……)
いや、お前は排除対象の危険物だろ。
毒物が何を言っているんだ?
塵からやり直しした方がいいんじゃない?
(ひどい! このスケコマシ!)
「それじゃ、シャンプーしよっか。目、ちゃんと閉じてねぇ」
頭に柔らかいモノが乗る。泡っぽい。
髪を掻き分け頭皮に指が当たり、マッサージする様に揉まれる。
体を任せても不安のない手つきというべきか。体の緊張が抜けていく。
(今まで会った人がちょっと変態寄りだったからねぇ。ちゃんと仕事してくれる人への安心感がすごいことになってるね)
ほんと。お風呂の時に出されたあの羽とかもよく分からなかったし……。
いや、ちょっと待て……飛行船。搭乗員。ゴーレム。整備。
もしかして機械の整備みたいな感じの事をしようとしてたのでは?
パーツの継ぎ目とかに溜まった砂とかを洗い落とすための道具だった気がしてきた。
(草)
さすがにないか?
(いきなり変質者なムーブを知り合いの子みたいなモノにするとは思えないし、ちょっと有り得るかも?)
なんか悪い事した気がする。
(まぁ、おかしなムーブしてたのは間違いないし、そこまで気にしなくていいんじゃない?)
もやもやする。
「はい、鏡を見たらお姫様」
遊ばれてた。
髪を骨芯に王冠状に泡が盛られてた。
髪の毛は白い泡に包まれて、一部をマフラー、マントに服とメタモルフォーゼ。
謎のクオリティの高さにビビる。
時間経過そんななかったよね?
一人でこの短時間でこれを完成させた? エグない?
ちょっと写真とか撮りたいくらいの事してるんだけど。
(クオリティ高いな、おい)
野生の天才現る……みたいな? 怖いわ。
「すごいですね……可愛い……」
白い泡で包まれているせいか、少し温かくすら感じられる。
……でも泡で胸が盛られているのが気になる。
それ以前に泡が固いのか? こんなしっかり造形出来るくらいだし。
(へいっ! そこのかわい子ちゃん! お姉さんといい事しない?)
するか、バカ野郎。いや、そもさん、俺の性別は男のはず。
なんなら三十路のおっさんだ。
それがお姫様になったら、見た目がどうあれ、情報を羅列すると気持ち悪さが出てくるんだわ。
「じゃ、洗い流すから目を閉じてね〜」
ここまでやっといてサラッと壊せるのか。
トランプタワーも最後に崩すのが楽しいもんだ。
それと似たようなモノかもしれない。
(私はこのお姉さんが性癖を歪ませるためにやったと思う!)
なんでやねん。性癖を歪ませて何になるんだよ。
いずれお姉さんを探しに旅立つってか?
何年かけたフラグだよ。
(歪めるだけ歪めて、その結果を想像して晩酌を楽しむとか、あると思うの)
そうかそうか。君はそういうヤツなんだな。
(あ、これ以上見下げないでぇぇえ!)






