340、お風呂タイム
「何歳に見える?」
まずは牽制。相手が何を考えているかを予想。
表情は……キツネ? え、それは何を意味しているんだ?
獲物を見る目なのか? それとも玩具を見る目なのか? またヤバいのか?
(変質者ホイホイ?)
いや、流石にお偉方も使う公共交通機関だぞ? 身元の確認とかされているに決まっている。
そんなヤバいのが平然と紛れ込む様ならもうこの世界には変態しかいないとみなすべきだ。
俺はムリだ。そんな社会では生きていけないわ。個人の欲求は適当な場所で発散していろよ。
(聖職者が小さい子に手を出す話とかあるよねぇ。相談する相手が少ないところで、本来だったら相談するべき相手が手を出す話。弱気だったり、中途半端に気丈で人に相談するのが苦手で内側に抱え込む質だったりするのが狙い目にされてたんだっけ?)
コミュニティが狭く、他のコミュニティが遠い場所で起きがちなヤツ。
ただこの移動する施設はそういう意味だと外れている。
お偉方のお子さん相手に下手な事をしたら、物理的に首が飛んでもおかしくないだろ。
「5歳かな?」
身長がそのくらいなのだろうな。そういう振る舞いが適切かもしれない。
相手から見た年齢の振る舞いをすれば深く入り込む様な話題を避けられる。
ギャップの少ない振る舞いはある意味で踏み込む余地のない自衛になりうる。
(5歳の振る舞いができるの? はーい、ちゃーんって)
永遠の一歳半だろ、それは。年中さんだからもう少し賢いはず。
幼稚園によっては茶道とか英会話とかかけ算含む算数すらやるぞ。漢字だってある程度読めるはずだ。
派閥的なモノはまだ少ないが、マウントの取り合いはあるくらいじゃないか?
(君、人間の基準もそうだけど、求めている水準が意識高すぎじゃない? 私はその頃食べて寝て走ってきゃあきゃあ言ってるくらいよ?)
下はいくらでもあるが、演じやすい範囲にそのラインがない。俺にそういう事をしていた時期がない。
俺がしていたヤンチャなんてとりあえず他の人が来ない高いところに登るくらいだ。
バカと煙は高いところが好きというだろう。俺はそのバカの方だ。
(今しれっと私を下扱いしてなかった? ねぇ? ねぇ???)
「当たりです。お姉さん」
ちょっと笑いかけておく。その方が子供みたく見えると思う。
子供のフリが分からないが、少し違和感があったところで、見た目に引っ張られるだろう。
上手くいけばいい。まぁ、きっと上手くいく。そうだろう?
(失敗する想像をしたら失敗する。失敗のイメージに引っ張られ、転ぶ前に転ぶ体勢になってしまう。成功する体勢じゃないから失敗してしまう。そう考えているね?)
うるさいわ。
(ドヤッてしてくる様がちょっとイヤだったんだもん)
俺の内心の自由を確保するために、やはり早いところ処理する必要があるな。
(そんな事を言っているけど、君はもう私という話し相手がいなくてやっていけるの? だって君は本質的には寂しがり屋だし、自分の欲も他人ありきでしょ? ムリだよ。君はもう私から離れられない)
いや、できる。離れられる。同一化する事はありえない。
俺はあくまで俺だし、お前という異物を異物として排除するという意識は変わらない。
お前は信用してはいけないモノ。危険物。懐には入れてはいけない毒物だ。
「あらあら。随分可愛い子ね。自分で服は脱げる?」
軽く背中を押されながら室内へと移動していく。
この体に対してだと大人の女性の手は大きく感じてしまう。
片手で背中全体を覆えている様に感じられるくらいに。
(まぁ、実際、この体は小さいモノね。かわいいね)
うるさい。望んでいない。成人男性が良かった。
なれるなら適度に筋肉がある背の高い男性がいい。
生きやすさや見た目で判断される信頼度が段違いだしな。
誰が5歳児に仕事を頼むというんだ。
前提情報があれば変わるかもしれない。
だがその実績をどうやって積めというんだ。
(そこら辺、すごく面倒だよねぇ。リク君に頼ればなんとかなるんじゃない? って、ああそれは考えてたね)
それもあるからリク君からは離れがたいんだよ。
私情もきっとあるが、利害での思考が強い。
動物よりも蛇とか虫に近いとすら思う。狂っているだろう。
「はい。あそこに脱いだ服はいれればいいですか?」
脱衣所には籐籠みたいなプラスチック籠が棚においてあった。
これはわざわざツル状にしたプラスチックを編んで作っているのだろうか?
ご丁寧に木目までつけている。でも植物じゃない。プラスチックの感触。
(温泉旅館みたいな雰囲気があるねぇ。広さは家族風呂レベルだけど)
確かに狭い。もともと大人数が使う事は想定されていないだろう。
多くて3名くらいなのでは? 介助さん除いて。
子供用なのが分かるモノの小ささ。だいたい身長120ないくらいの人を想定していそう。
(小さくてかわいいけど面白いね)
そう面白い。介助さんを置くことで親をリラックスさせられるのもシステム的にいい。
プロが面倒をみるから親御さんは安心させられる。気の休まる時間を提供できる。
人の負担を減らす事や事故を減らす事に、色々と気を使われていそう。
「そうそう。すごーい!」
キツネだった雰囲気が気づけばタヌキになってる。被ったな。
おっとりの皮を被って包容力を演出してすらいる。
舌なめずりしている様な内心を隠したんだろうか。
(私は初めからタヌキな雰囲気を感じてたよー)
いや、もしかしたらあの視線の行先は俺じゃなく、リク君だったのかもしれない。
俺に向けた雰囲気だと思うのは自意識過剰だったのだろう。
リク君は玉の輿に見えるだろうしな。実際玉の輿だろうけど。
(それは間違いない。リク君はいい男だよ。優しいけど頼れそうな強さを感じるし!)
なんか発情してる……こわぁ……。
(人間は年中繁殖期なんだよ!)
ウサギと同じだなぁ……。
「洗剤はあそこので大丈夫ですか?」
シャワーもシャンプーもリンスも、全部ちゃんとある。
現代の様な浴室。お風呂は木製。もしかしたら檜風呂。
ここは移動するホテルとでも言えばいいのだろうか?
(家族団欒……よりも疲れを取れる場所にって感じが強そうだねぇ)
お偉方向けなのだろう。子供は使用人に預ける類の。
書類の決済とか各地に飛び回り視察する類のお偉方かな。
実際この列車を利用する段階で、その気は見えるだろう。
(もしかしたら片親が亡くなったり、離婚したりで、子供を連れて歩かないといけない……みたいな事もありそう)
あるだろうな。むしろお偉方よりもそっちの方が多そうだ。
道中の危険は前世を越しているし、不慮の死や感情任せの離婚とかもきっと多いだろう。
危険が多いほど感情はストレスで激しくなりやすいモノだから。ずっと気を張っているとも言える。
「そうそう。その青い方がシャンプーで、赤がボディソープ。白がコンディショナーだよ。シャンプーハットはいる? お湯が熱かったり冷たかったりしたら教えてねー」
……秒速で座らせられたんだがどう思う?
(君ってすごく誘拐しやすそう)
そっちかいっ! まぁ、この体になってからよく誘拐されてるけども!
(力入れると辺りを壊しそうだからって力の抜き具合が行き過ぎなのでは?)
いやだって怖いだろ。ちょっとヤダって体をふったら相手の体が裂けましたとか。
この体で最初に倒したカニとか、あの大きさなのに殻が陥没したんだぞ。
殻の厚みを考えたら人間の骨の数十倍は強度あるだろうな。
それが力発揮したら血みどろ大惨事各停列車確定だろ。
(今確定と各停を組み合わせたいがためだけに変な事言ったよね? ねぇ、どんな気持ち?)
ウザい。
「シャンプーハットは大丈夫です。自分で髪は洗えます」






