339、どの湯?
空回りする思考は取り留めもない。どうでもいい事ばかり思考にあがる。
前に考えた様な事を何度思い起こせば気が済むのだろうか。
言葉を少し変えただけで意味など変わりはしない。不安だけが刺激される。
バカみたいだな。いや、バカだな。どうあがいたところでバカだ。
(男湯に入っていいのかで思考を吹っ飛ばしているところ悪いけど、髪が長いとはいえ性分化前の幼体なんだから君は問題ないでしょ?)
前世ですら5歳になる前には一人でお風呂入っていた。そもそも早熟だったんだな。
理解はしているのだが、知り合いとお風呂に入るというのがなんかこうイヤなんだ。たぶん。
話もしない他人なら電車の席の隣の人くらいどうでもいいと思えるかもしれないが、そうじゃないんだ。
(めんどくさ。はよ入れや、ちびっこ)
中身がおっさんなんだよ! あと前回が前回だしな!
(変態に迫られたヤツね。リク君なら大丈夫でしょ?)
執着の仕方が得体が知れないのが……。
(変な目で見るわけじゃないし、変な接触をするわけじゃないし、変な事を言う訳じゃないでしょ?)
それはそうなのだけど。
(君ってホントさ、人の感情が苦手だよね。利害以外は理解したくないんじゃない? 愛とか言われても、動物の発情期を見る様な何かにしかならないでしょ?)
それはそう。自分や自分の子孫の生存を考えた選別の作業だろう?
複雑な機序があると思う。臭い1つとっても時期によって感じる衝動に差があるくらいだ。
体の状態に左右される衝動だ。相手の身体状態を常に把握できるわけもないし。
(そんなの誰だってそうでしょ? むしろ君の内心の方が不安定すぎるわ)
そんなん言われてもなぁ。
「どうしたの?」
不思議そうな顔をしている。内心のソレを察するのは難しいだろう。
というか自分自身、そういう思考になるとか考えてすらいなかったわけだ。
知らぬ誰かに何を見られようが気にしないけれど、知っている人に不必要に近寄りたくないなんて想像しないだろう。
(人付き合いが少な過ぎて距離感がわからないのちょっと笑えるわ)
お前みたいに懐に飛び込んでくる輩は普通いないからな。
心や思考を読み取ろうとする様なのは基本なんちゃってでしかないしな。
思考を見られている前提で会話するヤツがいると思うなよ?
「いや、なんでもない」
そもそもお風呂は体を解し緩まる場だ。
水中にある事で発生する浮力で筋肉を緩める作用や普段冷えている末端などを温める事で血を巡らせるのを期待できる。
この体において役に立つかは分からないが、医学的に良さそうな効能は無数に思い浮かぶモノだ。
(で、だからどうしたの? 何? 医療行為だから個人で楽しむのが自然だって? その方がリラックスできる? でも今それは関係ないよね?)
お前、もしかしてリク君の裸が見たくて急かしているのか?
(いや、違うからね? 私、そんなじゃないからね? ドン引きした視線を感じるけど本当に違うからね?)
ふーん。
「あ、シロはこっちじゃないよ? あっち」
子供用。身長がこの線よりも低い子はこちらに。
(ちーび。ちびちび)
なんか奥でお姉さんが手を振っているのが見える。
お姉さんは濡れても大丈夫そうな材質の衣服を着ていた。
透けない。若干光沢がある水をあまり吸い込まなさそうな黒い洋服。
(シッターさんね。若くてかわいい感じでいいんじゃない?)
お前、おっさんか?
(姉さんや! ぴっちぴちの女子高生や!)
嘘乙。
「なるほど。身長が小さければ用具の大きさもそれ相応になるもんな」
思えばリク君とお風呂に入るわけがなかった。
そもそもそういう事を考えるのであれば飛行船の時にしているだろう。
つまりそういう事だ。そういう思考をリク君は持っていないのだ。
(いや、わかんないよ! 違うかもしれないじゃん!)
お前はどの立ち位置でモノを言っているんだ。
(君の逆張り)
廃棄処分の方法を早めに考えないとな。
(ノーモア殺生!)
「そうだね。じゃあ、僕は先にお風呂に入ってくるよ。お姉さん、どのくらい時間あればいいと思う?」
いつの間にか近くにいた。足音はあっただろうか?
優しそうな表情のまま全身を見ている。
何だか眼力が強い。内側にパワーを感じる人だ。
(女将さんかママさんか。下に子分を何人か抱えてそうな人ねぇ)
年齢で言えば二十歳になったかどうかくらいだろうに。
(君の目からだと顔が見えにくいね。胸が大きくて)
あの狂信者ほどではない。
(ユエさんね。この人はすごいね……。ねぇ、君どんだけ変な人に狙われるの?)
俺が聞きたいわ!
「おおよそ一時間前後だと思われます」
見積もり終了という事か。一時間。一時間なぁ。
たぶんこのゴーレムボディにはそんな必要ないだろ。
髪の毛は水分吸わないし。水洗いして体振れば乾く。
(君、前世で体臭くなかった?)
ゴーレムボディだからな? ゴーレムボディだから適当かませるんだわ。髪の毛もシャンプーもリンスもちゃんとしてたしな!
家帰ったらすぐお風呂、寝て起きたらお風呂。服を着替えるタイミングで体洗って洗濯機に突っ込めば、外の汚れは部屋に入らん。
こう見えてけっこう綺麗好きだし、鼻が敏感で室内に臭いがあるとツラい方だったんだぞ。
「わかった。じゃあ、終わったタイミングであそこのベンチに連れてきてくれるかな。僕もあそこにいるから」
こちらに向かって手を振り、リク君は男湯の方に入っていった。
置いていかれるとなんか着いていきたい気分になる不思議。
分離不安症かな。一緒に居すぎたのだろう。
(一緒に居すぎてって言ってるけど、まだ一日二日程度だよ?)
わぁ……ヤバいなぁ。めんどくさいなぁ。
そっか。リク君からしても地雷を踏んじゃった様なものか。
足をあげたら変な方向に爆発する類の地雷だな。
放置もできないし、目を離すのも怖い。持っていると面倒事がチラシの様に舞い込んでくる。
(何がそっかか分からないけど、すごい思考の飛躍したね?! 今?! 面倒事から、自分が面倒事、リク君にとって面倒事って感じになったよ? 三段跳かな?!)
てへっ。
(あ、ヤバい。すごい殺意が……。コレか。コレが君の抱えている殺意か……)
「分かりました。よろしくお願いします」
ドナドナドーナ。
(子牛が売られていくよじゃないんだわ)
気分的に近しいモノがあるだろ。
愛しい牧場に帰りたい気持ちとか。
料理される前に洗われる気分とか。
(なんか別のが混ざったわ!?)
細かいことは気にするな。
(君がな?!)
「髪、たくさん砂着いちゃったね? 君は何歳かな?」
あ、幼児対応だ。どうしようか? 猫かぶる?
それが一番面倒事ないよな。説明も面倒だし。
俺の人格だと厳しいし、代打頼むわ。
(お、私に頼むんか? いいで!?)
お前じゃない。円卓の方だ。
円卓に幼児いたかな? いない気がする。
なんちゃって関西人、君に決めた!
(なんでやねん! ってやってるね〜? ねぇ、一人芝居は楽しい?)
邪魔をするな。
(イマジナリーフレンドね。苦手な事は全部その人達に押し付けて、あくまで自分はそれをしていないと自分自身の意識に嘘をつき続けた。でも私がここにいる事でそれをするのが難しくなった。離れないといけないとは思っていたんでしょ? ちょうど良かったんじゃないの?)
うるさい。






