327、一日の終わりと夢
一通り話をした後、客室の照明を消し、睡眠へと移行する事になった。
体感年単位で眠っていない気がする。どんだけ長い1日だったのだろう。
なんだかメンタルにきている気がする。今日が本当に長かった。
思考の整理がつかなくて、躁になっていた気がする。
人間性が壊れているかもしれない。人間だとは思えないけど。
そもそも人間とは何なのかが壊れた。
今の自分を正当化したいというのが透けて見えた。
否定しないといけない。そうやって強いる程に、今のままでもと。
色々と疲れているのだろう。だから寝ないといけない。
(何年分かの勢いで考えていたよねぇ)
眠る時にこの居候は悪さをしでかさないだろうか?
リク君に対して何かをするかもしれない。怖いな。
何かしでかしたら俺のできる最悪の罰を与えるとしよう。
(ねぇ! 拷問しないで! 本当に! 拷問大全みたいなのを本棚から取り出す必要ないからね? 本当に!)
俺の眠りを妨げる事は許さない。
何かあればお前が想定しているだろう行為の数倍の惨劇を味わってもらう事になる。
お前も早く寝る事だな。起きていても時間のムダになるだけだ。
(なんか急に悪役じみた言い回し……でもまぁ、わかったよぅ。大人しく寝るから酷い事はしないでね?)
大人しくしているなら俺はお前に危害を加える程の興味がない。
(事実なんだろうけど何か悲しい!)
ちゃんと人間に対して興味が抱けていたら俺はこんなじゃないしな。
自分の利害や損得をかませないと分からないヒトデナシは壊れている。
人間になったら自力で生み出せると神様が言っていた気がするし、色々な意味で人間性が必要。
(あぁ、なんかあったねぇ)
人間性があれば人間と関わる必要がないのに、人間性がないから人間と関わらないといけない。
どう考えてもバグだよ。設計をミスっている。人間性ってなんだよ。わからないわ。
人間になりたくはあったけど、それが出来そうにないから、山奥に行こうとしたのに。
(それで街に投げ飛ばされて上手くいかずに石になって数年ね。起きたら起きたで面倒続きだね)
空飛ぶ巨大クラゲと戦い、変態に出会い、謎の臭い集落に落ちて、上空に行ったら空輸され。
よく分からない研究施設で転生者の観察をし、誘拐され、頭の中に変なのが住み着く。
そしてリク君に仕事の斡旋をお願いして、寝台特急で王都に向かうと。どんな一日なんだか。
(変なの言わないでよー。まぁ、でも色々やってるよねぇ)
状況の変遷はもっと酷い。信じるべき情報が何かも分からないし。
そもそもリク君を信じていいのかも分からない。何というか不穏だし。
技術情報も眠る前に比べてどんどんとおかしいモノが増えている。
(まぁ、ここ来てすぐすぐは車くらいで後は魔法技術だったのに、今見ているのはなんか異質な研究所とかだもんねぇ。赤子の時と行く場所の違いが大きいというのはあるけど、それでもびっくりするよね)
思考を掘り下げて読まれるとなんかいらつく。そこまで読む必要はない。
(関連する記憶が読みやすい場所に来るんだもん。仕方ないじゃんね)
うるさい。読んで楽しい記憶なんてないだろう。変な記憶しかない。
というか振り返りはいいんだよ。もう寝たいんだ。眠って時間を飛ばしたい。
最近の記憶が多すぎてパンクしそうだ。整理するために眠る時間が必要だ。
(ごめんなさい。お休みなさい。お眠り下さい)
よろしい。
白くもやがかかった視界。自分の自由の利かない体。
夢の特徴か。久しぶりに見たな。こういうタイプの明晰夢。
誰かの追体験みたいな物語を見る事が多くて好き。
ホラーの時は途中で起きても、寝たらまた同じ夢を見た記憶。
学校の怪談風味のホラーで、夜の学校を彷徨う感じのホラー。
トイレの和式便器から蛇がたくさん出てきたり、なぜか孫悟空を呼ぶ声が聞こえてきていた。
あれは何だったのだろう? あの日は熱帯夜だったから連想ゲームだったのだろうか?
人魚の世界の夢は面白かった。タコの魔女がママをする酒場で歌い、レースをしていた。
物語の世界に飛び込む類の夢も見た事がある。若干ホラー風味が強い事が多いのが難点か。
こう考えてみると不快や不安などの抽象化なのかもしれない。不快の象徴というとアイツか。
「ねぇ! この道でいいの? 大丈夫かな?」
「大丈夫! この先に美味しそうなリンゴがあったの!」
「この道なんかおかしいよ……」
これはアイツの夢なのだろうか?
いや、俺がなんとなく予想している事を具体化しているだけかもしれない。
登場人物は現状2人。視界の持主と目線が同じ高さの少女。
「あの村に居たってつまんないじゃん。せめて美味しいモノを食べようよ!」
「でも危ないよ……」
「大丈夫。僕がいる! 君の事を守るから!」
声は幼い。少年の声なのだろうか? 少女みたいな声でもある。
あの施設内での生活で刺激を求めたのかもしれない。
小さな子供だからあの環境に対しての反逆心がわいているのだろう。
「うん……」
少女だと思われる子は伸ばされた少年の手を取った。不安を隠せない様子で。
この2人の内どちらかがアイツなのだろうか? そういえばアイツの名前を知らない。
感覚的に少女の方がアイツなのだろうか? リク君に対し色目を使っていたし。
森の中の獣道を歩く姿。ただまぁ、これはたぶん不幸な物語になるのだろう。
マイナスイメージから生成された夢がいい結末を迎えた事などない。
魔物か何かに襲われるのだろうか? それとも施設関係者が何かするのだろうか?
「ほら、あそこ! ね? 赤いリンゴがあるでしょ!」
「うん! 美味しそう!」
甘い香りがする気がした。服装的にそんなに気温が低くない気がするのだがリンゴなのだろうか?
夢の2人は木に向かって駆け寄っていく。幸せそうな空気が流れた。
少年の手が木にかかり、太い幹に手をついた。
「僕の肩に乗ったら木の上にいけないかな? そしたら取れるよね!」
少女の目に反射して映る少年の姿は快活な少女みたいだった。
自信に満ち溢れた太陽みたいな笑顔をしていた。
少年はかがむと肩に少女を乗せた。そしてそのまま幹を支えに体を持ちあげた。
「怖いよ……」
「大丈夫! 落ちても僕がクッションになるから!」
「うん……」
少女は幹を支えに少年の肩の上に立った。
木の枝に手は届いたがまだ高さは足りない。
少女が枝に手をかけたのを確認すると、少年は少女の足を手で押し持ちあげた。
少女はそれでなんとか枝の上に到達する事が出来たのだった。
「ねぇ、取れそう? 取ったら投げて! 僕がキャッチするから!」
「うん……。がんばる!」
少女は枝の先に向かってよじよじと進む。
足を滑らせて落ちそうになったりするがなんとかリンゴのところまで行けたのだった。
少女がほっとしている顔を見て少年も胸をなで下ろしている様だった。
「ていっ!」
力を込めて少女はリンゴをもぐ。リンゴの枝が揺れて危なかっしいが落ちはしなかった。
ただソレが降って落ちてきた。少女の頭に落ちたソレは少女の顔を包んでいった。
少年は震えていた。少女が力を失い落ちてくるのを少年は慌てて下敷きになって助けた。
「ごほ」
少女は何かを言おうとして口を開けたが、ソレが口に入ろうとしてむせた。
少年は少女の顔についたソレを剥ぎ取り捨て様とした。でも難しかった。
終わった頃には少年の手はソレの粘液で焼けただれた様になった。少女の顔もそうなった。
少年は慟哭した。自分の誘いで彼女に取り返しのつかない事をしたから。
自分の痛みも強い。だが前世も含めて精神年齢の高い彼にはその少女の姿の方が辛かった。
少女は生きていた。その状態になっても生きていた。
少年の慟哭に異常を知った職員が来るまで、少年はただただ少女を抱え、泣いている事しか出来なかった。
少女のために少年は職員の手下になった。職員が望むなら何でもする様になった。
そうする事で少女を助けられると思って。奇跡の行使を受けられると思って。






