320、リク君の腕の中
リク君は歩く。俺を抱えたまま。離せばどこかに行ってしまうと思うかの様に。
前例はあるしそう思われても仕方がない。大人しく抱えられたままでいるべきだろうか。
なかなか反応に困る。どういう対応が正しいかが分からない。
イヤイヤみたいな行動とか、ツンデレみたいな行動とかは多分性に合わない。
天然や素直なわんこタイプも多分違うだろう。ロボ娘的なモノも違うと思う。
そもそもそういうのはそういう感情があって始まるモノじゃないだろうか?
俺にそういう類の感情はあり得ない。性的欲求など持ち合わせていないのだから。
それがない事でどれ程面倒だったことか。「で、実際のところどうなのよ?」みたいなさ。
正直に話せば話したら面倒だし、偽装するには知る必要がある。本当に面倒くさい。
「ありがと」
これはお嬢だろうか? 誰だろうか?
迎えに来てもらったのだから礼をしないといけない。
面倒な場から解放してもらったのだから、真相はどうであれだ。
頭の一部はたぶんそういう方向で話が進んでいるのだろう。
自分だというのに、全くもって全貌がつかみきれない。
思考があっちこっちにフラフラとし過ぎなのである。
まぁ、でも俺の口ではきっと言えない発言だ。
もう少し体勢がよくなければ素直に感謝するとか出来ないだろう。現状の姿勢は少々女々し過ぎる。
性的欲求などもない癖に自分が男であると主張が激しい自意識である。
「気にしないでいいよ。遅れてごめんね」
優しいのは怖い。そこに対価を想像してしまうから。
何を対価として求めているか。その対価にならない事で機嫌を損ねないか。
たぶん問題はないと思っていても、一分、一厘、一毛、僅かな可能性が頭を過る。
自分がそんなに傷つくのが怖いか。理解のできない感情を向けられる事が怖いか。
直接的な暴力であればまだ対策は思い浮かぶよな。真綿で首を締める様なのが嫌か。
俺自身がそういう間接的な行動の方が得意だからだな。人は鏡と言ったものだ。
自分が怖い。結論としてはそうなるのだろうか。
自分みたいな理解しづらい存在が受け入れられない。
自分自身ならまだしも、自分とは異なる行動原理の思考が理解できないのか。
「大丈夫。私こそ勝手に離れてしまってごめんなさい」
お前は誰だ。まじで誰だ。また新しい人格か。
菓子パンマン、新しい顔よ! 元気百倍菓子パンマンってか?
顔の数が増えすぎて阿修羅もビックリするわ。
いくつ人格を増やせば気が済むんだ。
いや、これはもしや俺の本心だったりするのだろうか?
ちょっとそれは気持ちが悪い。
混乱が激しい。もう少し現状に思考を回せ。
……もし。もしだが先程の場所で変な魔力を吸収させられていたらどうだろう?
その影響で俺由来ではない、新しい人格が出てきた場合、ヤバくないか?
「どうしたの?」
ほら違和感を覚えられている。俺のコロコロと変わる人格に慣れているはずのリク君がだ。
いや、慣れているのだろうか? わからない。リク君の前でそんなに変えていただろうか?
けっこう変えているか。目の前に違う人が来る度に変えているまであるから。
少なくとも俺の人格でこういうタイプはいなかったと思う。
だとしたら異物なのではないだろうか? この異物を仕込むために呼びつけた?
色恋沙汰は専門外なのだ。そういう頭が俺にあってたまるものか。
だが感謝という意味でいえば確かにあるのだ。それだけなら何もおかしくはないだろう。
しかしなんか言い方が鼻についたのだ。甘い言い方をしていた気がする。
すごく女の気配がする。リク君を男として見ているタイプの女の気配が。
「なんでもない」
この女は気に入らない。自分じゃないヤツが自分の顔して話しているのが気に入らない。
というかホント面倒事を拾ってくるな。なんでこうも変なモノばかり拾うんだ?
このおかしなヤツはどうやれば対処できる? 分離させる方法はないだろうか?
リク君の体から出た方法を使えば出来るだろうか?
だがこの体で魔法は使えるのだろうか? バカ力だけは自信があるのだけど。
体の中で起きている現象がある意味の魔法だとは思うのだけれど。
わざわざ人間体を作る理由もないし、口から吐き出せないかな?
スライムみたいな感じで出来ればいいな。ドロっと吐き捨てればいいかな?
ゲロでいいかな? いいよね。いいお。
(よくないわ!)
なんか来たわ。マジで来たわ。こっちの思考を読めるのか。面倒だな。
でもゲロでいいじゃん。俺の中に勝手に入ってきておいて選択肢あると思うな。
家の中に入ってきた羽虫よりも邪魔なモノなのだ。潰されないだけいいと思え。
「そっか」
(いや、私だって入りたくて入ったわけじゃないのよ。そもそもここから出たくても出られないし)
知らんがな。
(私だって知らないわよ!)
そもそも入りたくて入ったわけじゃないというのが信じられない。
呼び出された場所でお前が入った以上、相手の組織と共謀し、何かなそうとしているのは間違いない。
そうやって知らんとか言いながらこちらの情報を引き出そうとしているのだろう?
いや、違うな。こちらの人格だと偽装し、あたかもそう考えているかの様に話していた?
考えている内容をできるだけ改変せずに、外に漏らすのが目的か。
そう考えたらあの対談中の時の弁舌がやけに率直だったのも分かるというものか。
(あー、もう! 何なのこいつ! わかんない!)
いつの時点からが怪しいか? あの水晶窟に入ってからだろう。
そもそもあの人質を見逃している部分からして怪しい。
いや、あれは素で抜けていたかもしれない。元から抜けているし。
「ねぇ、やっぱ何かあったよね?」
ニッコリ。顔が強いわ。
(やっぱカッコいいわ~)
発情するな。この体は俺のモノだ。
(この体? リク君の体?)
ちゃうわ! このわてのゴーレムボディじゃ! ボケぇ!
あぁ、さっさとゲロにして捨てよう。
魂の器か何か、それをその物質に固定すればゴーレムとして発動するだろう。
そうするのがきっと無難だな。下水に流してバラバラにすれば自我も何もなくなるかな?
いや、そもそもどこまで分けたら自我がなくなるのだろうか?
ちょっとずつ削ってみて確かめる? 半分に分けたら自我はどちらに宿る?
どうやって自我があるか、それを確かめる方法が必要だろうか?
(バカ! バカ! マッドサイエンティスト!)
だが実際問題これは気になるところだ。
分けた時にどういう風に人格が変わるか。
それはこの体になってから始終頭の隅にあった事でもある。
「俺の頭に変なのが入り込んだみたい。自分でどうにかするよ」
外から対応するのは難しいだろう。
いや、内側からでも難しいかもしれない。
どこからどこまでが自分なのかを理解できないのだから。
(やだ、ほんと何で出れないの!)
たぶん吸収の機構は作ったが、排出の機構を作っていなかった弊害だろうか。
普通の生き物、魔法使いなら内部をぐちゃぐちゃにして出ていくとかも出来たのかもしれない。
向こうとしては内部構造をぶっ壊すぞという脅迫や自殺などの手段で敵陣営を混乱させる事を考えていたかもしれない。
(そんな事を考えるわけないじゃん!)
口ではいくらでも言える。綺麗事は自我を保つために大事だからね。
人間という生き物は状況次第で何でもする可能性がある。
ヤレと言われたわけじゃなくても、出来ると知っていたら、その選択肢が頭に浮かぶだろう。
(バカー!)
語彙力がない。いや、会話における語彙力は俺もないから何とも言えないか。
だが言われた事をやる以外しなさそう。知っている事がどれだけあるかも分からないな。
まぁ、それでも手駒として使うには十分だろう。面食いの気配もするし操り易そう。
「シロ。僕に何か出来る事はある?」






