306、人質をとる
ロープを軽く握り、構成員Aの周囲を回った。
ゆるくグルグルとロープが構成員Aに絡みつく。
驚きこけた構成員Aを尻目に、腰の下に腕を差し込み担ぎ上げてみた。
バランスが悪い。バタバタと動くし、背の低さが原因で完全に持ちあがらない。
頭と足が床にガツガツとぶつかって「あいたっ! え、痛い!」と声があがる。
ちょっと可哀想な気がしてきた。両手で頭の上に掲げてみた。これもこれでツラそう。
「あらら。そのお兄さんを離してくれない?」
なんか言っている。でも気にする必要がない。
ちょうどいい物的証拠? だし、これで気が立った組織が追っかけてくれるなら一網打尽に出来る。
ぶっちゃけもっと早いうちにこれをやっても良かった気がしなくもない。
でもやっぱりこれは最終手段が過ぎるか。情報をくれない以上、仕方がないけど。
あのままだと時間ばかり食われて終わった。相手に狙いが割れすぎてダメだった。
潜入とかスパイ活動とか俺には向かないな。コミュ力が足りていない。
どんなに知識をたくわえようが、それを使える程の経験がない。
狙いが単純すぎてバレやすい。そもそもこちらに情報がなさ過ぎてダメ。
情報戦で一方にしか情報がないとか、そもそも負け戦だよな。ブラフも噛ませられない。
「ムリ。帰る時になんて言い訳すればいいか分からなくなるもの」
うん。お嬢。なんというか酷いな。酷いなさすがお嬢ひどい。
実際、言い訳すごく困るのは分かる。とりあえず誘拐されるなって怒られる。
怒られた時どんな顔をすればいいか分からないというか、すごい黙ってしまいそう。
さすがにあぅあぅって感じにはならないと思いたい。思いたい。ほんとに。
いや、でも変に言い訳したら余計に怒られそうだよな。
自己解決能力はあると言いたいが、それはそれで勝手にいなくなるのは困るだろう。
困るのだろうか? 心配するのだろうか? どうなんだろう?
そもそもそんな価値など俺にはないだろう。何にもなれないモノだ。
可能性たっぷりの子供と違って、もうネジくれて固まったゴミクズだ。
「そこに帰る必要はお嬢さんにはあるのかい?」
正直言えばない。ただそこに居場所がある気がしているだけなのだ。
でも居場所を用意しようとしてくれるのだから甘んじてそこに納まるのは悪くない。
悪くないと思うんだけど、なんかちょっとこう不満がないわけじゃない。
そもそも俺は何でも自分でやりたい方なのだ。
自分の居場所は自分で用意して、始めて満足できると思う。
だが現状としてそれができるとは思えない。俺が異常だから。
リク君が居場所を仮初でも用意してくれるのなら。
そうであるならそこを足掛かりに自分の居場所を築けばいい。
できるかは分からないけれど、やっていかなければ俺は病む。
「今の居場所だしね。居場所は大事だよ。それがないと社会的な生活は出来なくなっちゃうから」
自分で好き勝手やって生きられると思うのは勝手。
だけれどその飲み食いするモノや着るモノはどこから得ているのか。
言いたいのは人間、自分だけで生きられるとか思っても、実際は社会におんぶにだっこだって事。
どんなに一人で強がっても、居場所がなければ生活などできやしない。
この体も魔力がなければ動けなくなるのだ。完璧などない。
まぁ、魔力さえあれば動けて、防御力が神だし、馬鹿力があるだけでも強すぎか。
で、そんな強い体があっても何一つ有効活用できないおバカさんどこだ。ここだ。
ほんとさ。これが豚に真珠、猫に小判かな。どんな能力があっても俺が中身じゃ何もできないのか。
なんかお嬢に全部任せて生きた方が人間らしいのでは? とか思っちゃうわ。
「じゃあ、おじさんが居場所になろうか?」
何を狙っているのだろう? 人質がとられているから時間稼ぎかな?
時間稼ぎして何が得られる? 何か誘拐してまでして叶えたい話があるのだろうか?
まぁ、何を狙っていようが、ここで得られるモノは特にないし、帰っていいか。
何の情報も引き出せないなら、誘拐されている意味はない。本当に。
カスみたいな情報しかない。何も得られなかった。組織の大きさも結局わからない。
このおじさんを捕まえられたら色々詳しい事が分かりそうだけど大変そう。
でもおじさんが居場所か。実際問題どの程度の安定を得られるだろう?
犯罪組織だ。公安みたいな組織に追われるだろう。だがそれは怖いだろうか?
怖い怖くないよりも、身の危険は大きそう。闇だから余計に容赦がなさそうだし。
「おじさん社会的に弱そうだしいいかな」
うん。すごい色々な人にダメージを与えそうな言葉だわ。
そもそもどのレベルで社会的な強度が欲しいんだよ。
俺に危害を加えられるのを避けられるレベル? どれくらいだよ。
そもそもヤバい組織に目を付けられるのがアレなんだよ。
変なところの懐に手を突っ込む様な真似をするのがいけない。
手間をかけてでも殺したいと思わせてしまったら負けか。
でもまぁ、マグマに落とすとかして、活動限界まで動けなくすれば実質的な死か。
そのレベルの事をしないと活動できなくなるわけじゃない?
魔力を吸収できない状態にして石化まで追い込めば処理は容易い?
敵対関係な相手なら殺して魔力をとればいいけど、それが出来なくなれば難しいか。
「あ、兄貴ぃ」「静かにしていないと死ぬかもよ」
どっちの意味だろう? 俺が殺すのか、おじさんが殺すのか。
どっちの意味でもあり得そう。おじさんの目の感じだとそう思う。
俺がサッサとこの兄さんを運ぼうと思ったら、きっとこの人は死ぬだろう。
おじさんに殺されて。
情報源として連れて行かれるくらいなら殺す。
それくらいの意思をおじさんの言葉の端から感じる。
余計な事を言ってもこの兄さんは殺されそうだけど。
この兄さんの価値ってあるかな? どうだろ?
どの程度この兄さんは情報を持っているだろう?
少なくともおじさんが誰かくらいは知っていそう。
「おじさんってけっこう薄情モノなの?」
大の大人を頭上に掲げて、幼稚園児がのたまう図。シュール。
小さい手で持ち上げるものだから兄さんの腹には指先が刺さる。
兄さんはけっこうツラい状態なのだろう。ビクビクと震えるのを感じる。
そんな状態で口を抑えて耐えているというのは余程怖いのだろう。
俺か? いや、俺よりも目の前のおじさんが。いや、どうだろう?
変な状態過ぎてもう色々動転しているかもしれない。
入室の感じ、ちょっとおじさんをこの兄さんがなめていた気がする。
でも秒で捕まえられたから、逃げ回っていたおじさんのすごさに恐れ戦いた?
自分を助けられる可能性があるのはこのおじさんだけと思った?
わらにもすがる気持ちで、おじさんの言うことを聞こうとしている?
どうだろう?
「いや、そんな事はないよ。おじさんはいい人だからね。だからね。お嬢ちゃんの居場所だっておじさんは作れるんだよ」
これはどういう意味だろうか? わからない。
人質を解放させるための「お母さんが泣いているぞ!」だろうか?
でもそれ言われてもだからどうしたとしかならないな。
それで止める程度の覚悟で行動するなよ。大事なものがある癖に何もないとか言うなよ。
俺みたく自分の命だろうとどうだっていいと思えてから言えよ。
全てを間違えて生きている気がするわ。これを生きているとは言えないか。
生きていないから神様にも人間になれとか言われるんだよ。
人間じゃない癖に保身ばっかり頭が行っているのがほんとダメだわ。
簡単には死ぬこともできないバケモノなのに。
「バケモノは人間ヅラしてもバケモノなんだよ。そんな簡単に作れるわけないじゃん。おじさん、嘘は言わないでよ」






