300、輸送されました
むちゃくちゃ苦虫を潰した様な気分なのが体の強張りから伝わる。
この角度からだと鼻の穴と顎下、それに前髪くらいしか見えない。
前髪の色や薄く生えた髭の色は茶けた黒。特別な色合いはしていない。
抱えられている感じからして、肉質はあまり鍛えられてはいない。
スポーツとかをしていた様な肉質じゃないのは間違いない。
やっぱり下っ端だよな。この人。特別な能力を持っている様なタイプでもない。
「ねぇ、おじさん。黙ってちゃ分からないよ?」
意地の悪い子はお兄さん、嫌いだよ!
いや、お兄さん誰だよ。俺はお兄さんってガラじゃないだろ。
あぁ、うん。ボケがたくさん出てきている。内側でボケて誰が見るんだよ。
1人でノリツッコミしてどないすんねん。エセ関西人がわいただろ。
クスクス笑いをしながら、お兄さんを煽るんじゃない。
自分の絶対の安全を肉体が保証しているからって調子に乗りすぎでは?
彼が犯罪者でも、組織に属して仕事を任されている段階で、俺よりも人間なんだよ。
勝手に自分以下の存在だと嘲笑うな。俺よりも下はいないんだ。
「さてね。玉遊びとかだろうよ」
あ、投げやりな返事しやがった。
お嬢がヤバい顔をしているの、表情筋の動き方で分かるわ。
どこまで行くんだ、この自動操縦。放任した俺が悪いんだけど。
ねぇ、この体って俺のモノなんだよね?
いや、もしかしたら別の人格のモノ?
そもそもこのお嬢は俺の人格なの?
いや、うん。そうだな。これは俺だと認めないといけない。
どんなに異常だろうが、これは俺自身のはずだ。
本で取り込んだ俺では活かせない知識の利用法だろう。
「まぁ、そんなつまらなさそう事? そんなつまらない事を私が楽しいと思うと思ったの?」
ネチネチしている。すごいネチネチしている。ネズミで遊ぶネコの目をしていそう。
たぶんこれは相手の背景を知るために、特徴的な単語などを引き出させる事を目的とした言動なのだろう。
まぁ、今の玉遊びにしても、そういう遊びに縁があるって事が分かるか。
貧困が過ぎる場合、そんな遊ぶ余裕がないと思う。
それこそ商店街のゴミを漁る様な状態で育った子供がそういう遊びを面白いと言えるか。
まぁ、多少は身なりのいい服を着ている段階で、そのレベルの貧困は除外できる。
幼少期は普通に生活できている可能性。それ自体はけっこうあるかもしれない。
あのくそ臭い集落には大人しかいなかったと思う。記憶が確かなら。
この男性は臭くないし、そういう意味ではあそこの出身とは思えないか。
「楽しくないのか?」
質問で返された。声的に本当に楽しいと思っていそう。ヤバい。
ここでキレて返すのは三下だろう。さらに煽っても相手の土俵にのってしまう。
天然が一番対処に難しい。自分の土俵に戻す必要がある。
主導権をこちらに戻す場合、何をすればいい?
叫ぶという脅迫? それは芸がない。底の浅さが露呈する。
まぁ、実際、俺は底が浅いとは思うが。だとしても今それを晒すと面倒。
でもさらわれた上で楽しい事と言われると、同人誌的な展開が頭に浮かぶ。
やられそうになったら全力で化け物を遂行するわ。ヤられる前にやれ。
まぁ、しかしこのちびっ子の体でそれを考えるヤツがいたら変態なのは間違いない。
「楽しくないわ。それくらいならお話の方が楽しいの。あなたの身の上話とか聞きたいわ」
望みが直球で投げられた。ご丁寧に口元に手を当ててあくびをして。
ここまでの直球は俺だと言えなかった。いや、ここまでの流れで俺ができる事はないな。
お嬢程のコミュ力を俺は持っていないし。お嬢って本当に俺の人格なのかな?
相手が答えたくないと思ったらこっちが主導権を握れる。
答えてくれるなら答えてくれるで情報をたくさん得られるからお得。
カバーストーリー、嘘の経歴を言われても、それを作る背景がある程度窺える。
どの選択をされても俺は困らない。どの選択でも情報を一方的に抜き取れる。
こちらの情報は相手の立ち位置に合わせて作ればいい。
仲間だと思わせられれば、より俺の望む情報を得られるのだ。
「話しても面白いモノはないかな」
ガチでつまらないモノだと思っている口調。
これ、本気なんだろうか? さっきも天然みたいな感じだったのが怪しい。
リアクションが真実味を帯びるレベルで上手いとかありそう。
本人は演技とは思っていないが、過剰に表現するのが得意なタイプだろうか?
全部を真実に思わせられる程の演技力の保持者? 潜入犯として最適なタイプか?
そう考えたらここにいる意味も分かるか。いや、本当に?
リク君の弱みとなりそうな子供を、問題を起こさずに誘拐するという任務。
そう考えるとけっこう難しそうだよな。子供は騒ぐ生き物だし。
騒ぐ生き物だと思っていたから静かな事に戸惑った? なんか繋がる気がする。
「つまらないかどうかは私が判断するわ」
お嬢は俺じゃない。俺じゃない。そうだよな。たぶん。
これは知識の暴走だ。むだにため込んだデータが彼女を組み立てたんだ。
あぁ、うん。否定したくてしょうがないな。一言を言う度に否定するなよ。
主導権を譲らない姿勢。一方的に情報を収奪する。
収奪した内容を利用し、自分の立ち位置を偽装し、仲間意識を持たせる。
一時の関係なら、嘘をついても、後の影響を考える必要がない。
この行動原理をお嬢は遂行しているだけだ。
この言動もまたお嬢の計算の内。お嬢。うん。
すごい怖いね。この子何? 俺は何を作っているんだ?
「そう言われてもなぁ。そこそこの家に生まれて、色々身を持ち崩しただけなんだよ」
情報がない! ビックリする程からっぽ! ビックリする程ユートピア! 違う!
いや、うん。急に言われてベラベラと設定をたれ流せる様なヤツだったら怪しいか。
それは完全に偽装情報だろう。いや、これから言われるだろう内容も嘘の可能性が高いな。
まぁ、嘘だとして、それでどこの組織の事をスケープゴートにしようとしているかは今の俺にとって大きい情報だろう。
とりあえず流民をスケープゴートにって流れが主流の可能性が高い。
身を持ち崩した。その言葉だけでもそれが窺える。
だがこの人の姿からは外で見かけた流民の気配はない。
身を持ち崩した自体は本当かもしれない。
だがそれで外に追い出されたよりも、悪いモノに取り込まれたの可能性が高そうだ。
宗教関係だろうか? それの気配はたぶんない。
「どういう風に持ち崩したの?」
切り込んでいく。お嬢は蛇よりだな。じわじわと絞めようとする。
鎌首をもたげシャーってしている感じが強い。お嬢はお嬢でいいのだろうか?
後先を考えないでいいし、脅しでもかまわないという立ち位置がそうしているのだろう。
俺が似た事をしてもミナミコアリクイの威嚇ポーズか、レッサーパンダの威嚇ポーズみたいになってしまう。
どこか及び腰な、すぐ後ろに引いてしまいそうな、そんな状態にしかなれない。
自分を守る事ばかり考えて、前に手を出す事すらも上手くできない。ヘタレめ。
お嬢は立ち位置や言葉、色々なモノが定まっている。
やる事、方針、その他諸々が外に向かっているのが、俺と違っていいのだろう。
俺は自分をどうすればと、思考が内側に向かい過ぎなんだ。
「そうだなぁ。話は長くなるし、とりあえずそこで待っててくれる?」
……。ろくに情報が得られないまま、いつの間にか監禁場所に到着しちゃったんじゃね?
時間かけ過ぎたわ! ていうかソファーに置かれたし! なんか縛られてる!
じんわりと行動するのがいい時と悪い時があるんじゃ! ただの歓談で終わっちゃったじゃん!
バーカ!!! お嬢のバーカ!!!






