298、犬も歩けば棒に当たるが、シロちゃんは
流民なのか。流民だと思うと言えるくらいに、色々データがあるんだろうな。
少なくとも何がしかの高官だと思われるリク君が言うくらいだ。データがあるだろう。
それくらいにそちらからの案件が多いという事かもしれない。
だがそれ程まで多いと別の物を混ぜられても分からないかもしれない。
ちょっと違う毛色の流民がいても、分かるとは思えない。
そもそも流民が一塊になっているとも思えないし、判断ができないだろう。
物語のわかりやすい悪役って大事だな。そいつを殴れば終わるくらいの単純さって楽。
それだったらこの体はとても簡単に叶えてくれそうだ。
英雄的な活躍の果て、後先を他人に任せて、自身の理想に果てる。気持ちいいだろうな。
「すぐに解決すると思うけど、喫茶店は混んでいるし、適当に歩く?」
リク君が微笑みかける。おかしいな。俺の方が年上のはずなのに、兄感がすごい。
前世の兄はそこにいるだけの人だったから、二次元の兄だな。空想レベルの兄力だわ。
いや、まぁ、それも俺が悪いんだろうな。天真爛漫に程遠い意識他界系だし。
見れば分かるだろう。手伝うまでもなく、自分で全部を終わらせられるだろう。
話もせず、誰かを巻き込む事もなく、俺はそこにいるだけだったのだ。
人に何かを理解してもらおうとも思わなかった時点で、俺は人間ではなかった。
思った事。考えた事。それを誰にも伝える事をせず、ただそこで息をしているだけ。
どんな能力があろうと、それはもう人間じゃなくて、モノでしかない。
人を目の前にして、まるで別の事を考える。今も変わらず意識他界系のままだ。
「この辺りで何か見ていて面白いモノとかある?」
こうやって相手の目を見て、話をしてるフリをしても、結局はフリにしかならない。
何1つ自分の中で何かを共有しようと思えるモノがない。そういうところが人間じゃない。
人の形をして、人の言葉を使うだけの、ただのモノ。人の間にいない。
読書をして人の言動を多少真似できる様になった。だが本質的に今も俺は人間になれていない。
こんな事を考え始めるのはたぶんきっと疲れているからだろう。
あまり新しい情報を自分の中に入れたくないのだと思う。疲れてしまうから。
自分の身を守ってばかりのクズめ。外に目を向けられないバカめ。
自分をゴミにしているのは俺自身だろう。どんな能力があろうと人間じゃないなら使えない。
コミュニケーションを取れないモノは制御できない災害にしかならない。
「そうだね。向こうの通路、壁に絵画が飾られているし、それでも見る?」
リク君はこちらを見て話をしてくれる。俺は自分が出来ているとは思えない。
人間性がダメ。俺は見ている様で見ていない。相手を通して自分と戦ってばかりだ。
自分といくら戦っても意味がない。勝手に自分と相撲を取って負けている。
とりあえずの話だが、爆弾騒ぎが治まるまで、たぶん時間を潰さないといけないのだろう。
時間を潰すとは何事かと、頭のどこかで倹約家の親父がざわめく。有効に使えないとダメだという。
だがしかしせかせか生きたところで、心が疲れてしまうし、楽しめるモノも楽しめなくなるのだ。
楽しむ。そう面白いと思う事。現金な事だが、それが自分の役に立つと思うモノである程、面白いと思えるモノである事が多い。
芸術なんて特にそうだ。表現された芸術は自分と違う世界を見せてくれる。切り口の違う世界を見ることで、今生きている世界の広さや深さを知る事ができるモノだ。
これをたかが絵と判断する事。それが自身の狭窄に繋がり、何にでもケチをつけるだけの、つまらない人へと変えてしまう。
「見たいな」
人は環境や立ち位置によって、同じモノを見ても、同じ情報を得る事が出来ない。
絵というのは作者がそれに対してどう思っているかが濃く現れるモノだ。
ただ目で見るだけではそうは見えないモノも、イラストになる事で色々と作者の情報が、その世界が付与され、俺の見る事が出来ない世界へと変わる。
創作には作者の世界が広がる特別な世界がある。それはたまらなく愛おしい。
俺には手に入れられないと思う、只人の日常などもそこには垣間見える。
いや、創作だからそこの人は只人と言えるわけがないか。でも少なくとも俺よりは人間だ。
雑談や掛け合い漫才は俺には届かない世界だろう。
それらが見える創作物に、俺は憧れを深く覚えていたのだと思う。
羨ましい。何で自分はああじゃない。そう黒く凝り固まった感情が胸の内に出来ていた。
「じゃあ、行こうか」
人のフリを今は出来ているのだろうか?
もし出来ているなら、そこから俺は人間になれるのだろうか?
いや、現状の自分を省みてみれば分かるな。できるわけがない。
リク君はいったい何を考えているのだろう? 分からない。
今一緒に行動しているのも保護活動みたいなモノではないだろうか?
そうじゃないとは言えない。どうしたところで厄介なモノにしかなれていない。
「すみません、リク殿でしょうか? お寛ぎの所、申し訳ございません。王都の方から連絡があり、内密の話があるとの事です。大変申し訳ございませんが、私と一緒に向こうの方へ来ていただけませんか?」
……。
今度は何かな。
ねぇ、絶対厄介事だよね。俺知っているよ。このパターン。
「それはこの子を連れて行っても大丈夫な案件かな?」
あぁ、うん。そうだよね。そこが大事だよね。
たぶんダメなんだろうけど、このお兄さん的にはダメそうな感じがする。
なんかどうやって断ろうか、すごい悩んでいるみたいに見えるもの。
見た目的に研究者かな? スーツ着ているけど、本業は研究者みたいな感じがする。体つき的に。
体は白いけど、腕はなんかそこそこ太い。でも陰がある。重いモノを持ち運ぶ事が多い感じの研究者。
筋肉的に、身体能力強化とかそういう系統の魔法はあんまり上手くなさそう。でも魔力はたぶん多め。
でもこのスーツを見るとちょっと不思議な気分になる。すごいサラリーマン臭。
リク君はなんか特徴的な服だし、周囲の紳士方は少し洒落っ気のあるスーツだ。
というか着替えずにホームに降りたから俺は甚平っぽいモノのままなの、いいのか。
「リク。俺は向こうで絵画を見ているから行って来ていいよ」
とりあえず迷惑にならない様にさっさと向かおう。
手をひらひらとさせて、向こうに見える絵画のところへ足を向ける。
面倒な事はさっさと終えた方がいいのだ。そうそれがいい。
変に面倒な事に巻き込まれるよりも、ちょっと外にいる方が案外手助けになったりする。
向こうのお兄さんも仕事に変な事情を持ち込んで、上との確認に走り回るのは面倒に決まっている。
数分か数十分か。どれくらい掛かるかわからないが、列車が動くまでには終わるだろう。
「すみません、ご協力ありがとうございます! リク殿! 本当に申し訳ございませんが、事は早急に対応しないといけない案件なんです。どうかよろしくお願いします」
ちょっと振り返ってみると、リク君の眉はハの字になっている見事な困り顔だった。
デフォルトがあのニコニコだと思っていた分、ちょっと不思議な感じがする。
まぁ、だとしてもそれはしょうがない事だ。呼びに来た彼を困らす意味はない。
それにしてもどんな案件なんだろうな。研究関係かな?
たぶん休暇中みたいな扱いだと思う。それを中断させてまでやるのだ。重大案件だろう。
研究費の使い込みなどが発覚? メインの研究員が倒れて、研究を回す事が出来なくなった?
研究関連で重大な発見というか、動きが確認されたみたいなモノだといいな。
さて、絵画のある通路まで来たのはいい。だが問題が発生した。
ここの絵画は神様の描写が多い。なんというかここに俺がいるのヤバいのでは?
土の神様の姿と似せられているこの体で、1人ここにいると面倒事が起きそうだ。
もしかしてリク君の悩ましい表情は色々不安があったからではないだろうか?
「静かに」
……。
今度は何? なんか抱え上げられているのだけど、これは暴れていいシーン?
暴れていいかな? いいよね? いや、ダメかな? 暴れたらたぶんこの人死ぬよね。
それよりも降ろされたタイミングで壁をぶち破った方がたぶん人的被害は少ないか。
いや、紐か何か見つけてぐるっと縛るのがいいかもしれない。
あ、でも紐で体を切断しちゃったとかなる可能性はあるかな?
力加減をミスった時のスプラッターを考えると狭い部屋で逃げて、入り口をぶち壊し牢屋化させる方が気楽かもしれない。モノの被害なら直せるからいいよね。
でもホームの持ち主からしたら、加害者が死ぬ方が安上がりになりそう。
まぁ、殺せない俺に人質の価値はないし、情報収集に徹した方が根っこから加害者組織をぶち壊せるか。
こういうのは一方から情報を集めても真相にはたどり着けないし。
「……静かだな」






