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294、紅茶を飲もう

「お待たせしました。それではごゆるりと」


 店員さんは机の上に紅茶を置くと去っていった。

 優美な曲線を持つ白磁のカップは金色に縁どられ、植物の文様を描かれていた。

 透明度の高い美しい琥珀色の液体からはエキゾチックな香りを漂わせている。


 紅茶と表現したが、これは紅茶なのだろうか? 西洋というよりもアジアな雰囲気の香りだ。

 考えてみれば緑茶の茶葉をわざと加熱させずに送ったのが起源で、紅茶が出来たんだったか。

 なんか漫画で読んで覚えた気がする。原産地での輸出量よりもなぜか多い輸入量。灰とか土とか混ぜられてたんだっけ。


 酔わずに飲める安全な嗜好飲料の価値が高かったから暴利を貪られたのだっけ。

 水を飲むよりもビールを飲んだ方が水分が補給できるとまではいかない?

 ローマは水道を発達させ、浄水設備を整えて、安全な水を得られる様に整えたんだっけ。

 泥くさい水ばかりで腹を壊す以前に飲みたくない味だったとかもあったと思う。

 大分あやふやな記憶だ。役に立たないな。


「うん。美味しい」


 リク君は微笑む。毒見というか、大丈夫だよと示すために先んじて飲んで示すというか。

 親が子供に美味しそうに食べてみせて、食べ方を教える様なモノ。すごいその気配を感じる。

 いや、まぁ、ここのテーブルマナーを知らない身としては、とても助かるのだけど。


 茶道で頂いたお茶を飲む時の手つきとか、茶菓子を食べるための箸の使い方とか、懐紙の使い方とか、幼稚園の頃に一通り教わった覚えはあるのだけど、もう大分忘れているな。

 茶室とかに通う事がなかったのが最大の原因かな。茶道部にも入ってないし。

 茶道での思い出が茶碗を三回回して隣へと、お茶菓子美味しいの段階で大分終わっている。


 マナーは人と関わることがなければ使うことがない。

 使わなすぎてサビつき腐り果ててもしょうがない。いや、言い訳か。

 人と関われなかった、関わらなかったのは俺自身が原因なのだ。


「不思議な香り」


 甘い匂いが強い。果実が混ぜられたりしているのだろうか?

 そういえば乾物文化もあったな。あの中隔の町で見かけていた。炒り豆食べた。

 ドライフルーツを茶葉に混ぜて煮出しているのかもしれない。


 ゆっくりカップを傾けて口の中に含む。比較的熱いが香り高い。

 少しバナナに似た風味がする。このバナナ感がアジアの雰囲気の正体だろうか?

 バナナの様なと思っているが、実際は発酵の過程で生まれた茶葉由来のモノだったら面白いな。


 糖度が高いかもしれない。苦味はほとんどない。子供が好きそうな味。

 合わせるとしたら魚よりもお肉? いや、味付けによっては焼き魚が合いそう。

 でもこれはケーキと一緒にはあまり飲みたくない。苦みが足りない。ご飯のお供の方が向いている。


「どう?」


 おもちゃを持っている子犬の様な笑顔。いいでしょ? という空気を振りまいていた。

 やっぱり犬っぽい。頭をヨシヨシしたくなる。ハグとかしたい。人だからしないけど。

 犬っぽさにつられ過ぎる。人よりも犬を同族と思っているかもしれない。


 言葉を費やして、語り散らかすのは簡単。たぶん得意。

 だがそれを自分が分かっているみたいなアピールにしてしまうと臭い。

 興味ゼロみたいなのはダメ。それはそれで傷つけることになる。


 好きを端的に。興味がないわけではないと示す。

 主に考えなければいけないポイントはこの点だと思う。

 前世要素は省いて言葉を選ばないといけない。


「果物みたいな甘みがして美味しいね」


 すごくしょうもない答えになった気がする。

 コーラ飲んでコーラの味がするねくらいのしょうもなさ。

 いや、そこまで酷くはない? いや、やっぱり大した差はないか。


 どんなに考えたところで、それをちゃんと言葉にできない段階でダメなのだ。

 自分勝手に相手を想像して、配慮という名の自分の殻にこもっているんじゃないだろうか?

 この殻は破ってもいいものなのだろうか? この殻は人間性なのでは?


 ただ軽く微笑みを浮かべ、さらりと一言を添えるだけ。

 これは正しい事なのだろうか? わからない。

 この動作はきっと綺麗でカッコいい子なら決まるんだろうな。俺は違うけど。


「良かった」


 花が開く様な笑み。リク君は本当に嬉しそうに笑う。裏のない素直さを感じる。

 自分の嘘くさい笑顔とは違う、本当の笑顔がそこにあるのだろう。

 損得勘定、保身意識ばかりが先行する、八方美人の壊れた俺とは違う。


 花と造花。人と模造品。そんな比較が頭に浮かぶ。

 造花にもいいところはある。枯れないし、見た目の彩りだけなら作られた頃の姿を保ち続けられる。

 でもそこに花の危うさはない。一時の美はない。生物であるが故の美しさは相対した時にこそ現れる。


 どんなに近づけたところで模造品は模造品。オリジナルとは違う。

 どれほど優れた特性が模造品に備わったところで、オリジナルが求められている場では必要とされない。

 壊れにくいとか、香りを後付け可能とか、掃除しやすいとか、利点は数あれど、模造品は模造品。


「リク君のはどんな味なの?」


 逃げた。そうだ、これは逃げだ。自分の語彙力が足りないから、いい返答が出来ないのだ。

 だから強引に話を進めようとする。自分の事すらも信じられないから。答える自信もないから。

 逃げて。誤魔化して。諦めて。楽な道を行く。そうして緩やかに自分の首を絞める。


 だが他にどんな言葉を使えばいいのだろう? 決まって俺はそう考える。

 出来ないと言い訳を繰り返す。楽な道へと。簡単な選択を。見やすいモノに逃げる。

 自分から息が詰まる事を繰り返し、あっぷあっぷしながら、ただ自分の無力さを嘆く。


 消極的に。見える道を自分から切り落としていく。それが何になるだろうか?

 選んでいるんじゃない。選ばされている。自分から苦労する道へと進んでいく。

 安寧を望む程に。冒険をしない程に。自分の舵を相手に任せるばかり。


「飲む?」


 リク君はソーサーを俺の前に移し、そこに自分のカップを載せた。

 テーブルの上を滑らさないところ。テーブルを傷つけないし、ソーサーも傷つけなくていい。

 擦ったり、モノがぶつかる嫌な音を立てないというか所作がもうそれだけできれい。貴公子かな。


 というかさりげなくハンカチーフで自分の唇が触れた部分を拭いていたわ。

 ハンカチじゃなくてハンカチーフと言ったのはその方が適切だと思ったから。

 全部サラっとやってのけるところ、それが自分の常識になっている感がすごい。

 劇画調で「リク君……恐ろしい子……」と驚愕顔をしたくなってしまう。


 自分の心の醜さと比較してしまう。自己嫌悪が極まっている。

 自分を嫌うのはいいが、破滅行為をしても意味はない。したい事をしろ。

 やりたくない事をやらないのは簡単だ。したい事を想像できないのが問題だ。

 天気のいい日に散歩でもすればメンタルが回復するだろうか? する暇がないけど。


「ありがとう。飲ませてもらうね」


 鼻を通るはナシの香り。果物の風味がつくのはここの紅茶の特徴なのだろうか?

 渋さや苦みがないものの、口内はスッキリとする。不思議な味。

 俺としては少し渋さや苦みが欲しいが、これはこれで美味しい。


 これも肉類に合いそうな風味がする。

 甘味は果物が中心、狩猟を中心とした肉食生活だとしたら、こういうのが好まれるだろうか?

 お菓子の類はこの世界にもあると思う。アメもらった事あるし、砂糖は少なくともあるだろう。


 いや、でも加工を繰り返す程に食物に含まれる魔力が減ると思えば、長い調理は好まれない?

 魔力量が少なくなる程に味気なく感じる様であれば、煮込み料理なども発展しなさそうだ。

 いや、そう考えると発酵という過程を含む紅茶って、魔力量が少なくなるから好まれない?

 ダメだ。わからない。そもそもこの紅茶は発酵を伴って出来上がったモノなのだろうか?


「美味しいね」


 とりあえず俺は微笑んだ。








 

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