293、注文
ふーんって何がふーんなんだよ! お前誰だよ! ツンデレの化身かよ!
スピスピ鼻を鳴らして、机にあご乗せるな! 嫉妬しているのかよ! おい!
委員長は顔を抑えて指を指して震えるな! お前、そっち方面もいけるのかよ!
なんか気恥ずかしくてメニューに視線を落とした。
金額が書いてない。
怖い。
富裕層向けのサービスかな? 暗黙の了解がとても多そう。
日本だとチップの文化はないけれど、アメリカとかではチップが収入の大半になる事もあるとか。
日本人はあんまりチップを払ってくれないからサービスの優先度が低いなんて話もなかったけ?
時価とかも怖い。サービス料がどの程度見積もられているのかが分からない。
サービスって場所とか雰囲気作りとかも含まれるし、何なら料金すらも特別感のために盛られる。
一回しか来ない雰囲気ならその一回で取り切るつもりの請求とか、長く贔屓にしてくれそうならそこそこの値段の請求とか、人の足元を見た金額の請求とかもあるんだっけ? とりあえず怖い。
「あ、僕のおススメはこの紅茶かな? いい茶葉で味もだけど香りもいいよ」
リク君の指さしたメニューはなんか名前が長くて呪文みたいだった。うぃくすむ?
この知らない単語はたぶん地域だろうか? 生産者の名前とかかもしれない。
アッサムとか言われたって初見でインドとか出てこないわ。こういう所に常識の欠如を覚える。
コピルアクとかもジャコウネコのお腹である程度消化されたコーヒー豆なんて分からない。
あくまで前提としてそういうモノがあるという知識がなければ理解なんて難しいんだろう。
オレンジペコーは茶葉のサイズとか示しているんだったか。果実の香りがするわけじゃない。
正直意識して記憶したわけではないから、飲み物全般詳しくはない。
とりあえず産地とかサイズとか製法とか、諸々がこの長い名称に盛り込まれているんだろう。
飲み物は覚える必要があるよな。誰もがなんだかんだで飲むはずなのだ。
エナジードリンクだって牛とか魔物とかみんな選ぶならコレとかあった。
「詳しくないから私はそれを選ぼう」
私。私は誰だよ! お店の雰囲気につられたか? ばかぁ!?
いつのまにか背筋がピンッとしているし、モデルは軍閥系貴族令嬢か?
焼き払え! 薙ぎ払え! 腐ってやがる……早すぎたんだ。うん、違うわ。最後は別の人だわ。
それにそちらだと一人称は わらわ か? なんかそんな気がする。
メンタルのブレ具合に疲れが見え隠れしているな。
あと中途半端に気が抜けている。じゃなければもっと一貫出来ているはずだ。
ダメだな。もう早く眠りに就きたい。今日は出来事が多すぎた。ツラお。ツラみ。ツラこ。
転生してからの5年くらいと同じくらいの精神的エネルギーを今日だけで使っている気がする。
人に相対するとこれ程のエネルギーを毎度つかうと思うと、人間向いていないのでは?
ヒトデナシが人に化けるための力だ。そりゃたくさん使うもんか。そうだよなぁ。
「うん、わかった。あ、そうだ。こっちも美味しいから頼んどくね。あとで一口交換しよ?」
委員長! 手足をバタバタさせるんじゃない! マンガ的シチュエーションだもんな!
俺自身は経験していない、マンガの中の1ページを体感できるんだって興奮しているんだな!
そんな一口を交換する様な仲のいい友達とかいなかったもんな! アホウ!
たぶんだけど飲む量とか時間を考慮した提案なのだろう。
リク君の声の感じ、純粋な善意だ。特に何か下心はないだろう。
誰かそういう事をしてくれる人がいて、それを嬉しく思ってやっているという雰囲気がある。
リク君を取り巻くだろう温かな関係性が見える気がする。
俺が何かをしなくても、既にそこに存在する。きっとそうだ。
孤独を抱えているなんて妄想は、仲間が欲しかった俺の身勝手な妄想に過ぎないのだろう。
「わかった。いいね」
あぁ、なんか心が冷える。いや、覚めたのか。
自分勝手な妄想で、リク君を哀れな存在に仕立て上げ、守るべき対象だと見たがった。
そうすることで自分が存在してもいい理由に変えようとした。
結局のところ、そうやって自分を定義する事で、居場所を欲しがったのだろう。傲慢だ。
俺にはそんな力などない。どこまでも自分勝手なのだから。
自分だけならと思う癖に、自分だけでは生きてはいけない。妄想ばかりが強い。
人はどうやって居場所を見つけるのだろう?
いや、居場所なんてモノは生きた結果で生まれるモノか。
見つけるモノじゃない。そんなスペースはない。割り込んで作るモノだ。
「ちょっと待ってね」
机の端に置かれたハンドベルをリク君は振った。優しい音が辺りに流れていく。
空虚な自分の中にも響く。自分の空っぽさをその反響で知る。自分の小ささを知る。
妄想ばかり強くて、ろくに行動が出来ない自分を見る。だから自分は人間じゃないと思う。
広い自然の中に行けば空虚な自分でも居場所を作れると思ったのだろうか?
神様がここは自分の場所だと言ったから諦めたんじゃないだろうか?
例え神様が主張しなくても、俺は自分の居場所を主張できなくて、そこにも居られなかったかもしれない。
誰かが与えてくれる場をずっと待っているのだろうか?
遠慮ばかりして、人の間に自分を置けず、そこじゃないと言い続ける。
感情にしても模倣ばかりだ。どれが本当の自分の感情だろう?
あぁ、本当に疲れているんだな。
こんな事を考えても結局はやる事など変わりはしないのに。
ただ自分を嫌いたいがための言葉だろう。
「うん」
大した言葉を出せないのは相手の間に挟まる覚悟がないからじゃないだろうか。
関わってもらえる内はそれでいいかもしれない。いや、良くないか。
自分から手を伸ばさないヤツはいつまでもお客様だろう。いつかいなくなる人だ。
ずっとお客様根性、居続ける気力がない。それで何故自分の居場所を持てるというのか。
それはあり得ない事だろう。いつか居なくなるなら仲間にカウントできないしな。
戦隊モノのブラックみたいな感じだ。なんか急に来て、急にいなくなる。普段はいない。
だとしてどうしたらそこで仲間面できるんだろう?
傲慢としか思えないけれど、自分がってやらならなければって感じだろうか?
言葉数が少なかろうが、仲間っていう人はいるものだもんな。無言の戦友。
「今日は大変だったよね」
疲れているのがなんとなく見て取れたのかもしれない。
労りの色が強い微笑みをリク君は浮かべていた。
疲れているねとは言わないところも含めてたぶん配慮なのだろう。
実際に疲れが態度に見えていたところでそれを指摘すると色々めんどうだ。
疲れている人は何かと尖りやすいし、余計な取っ掛かりを与えて怒りの矛先を与える事がある。
特に精神的に疲れている人に向けて、ただ事実を伝えてもそれは労りにはならない。
いや、戦友的な立ち位置で、同じ苦労を味わっていたら違うだろうか?
自分ばかりが重い職責を背負っていると被害者意識の相手だったら仲間と認識されないだろうな。
仲間的な立ち位置に立ちづらい場合はリク君の様に少し外からがいいのだろう。
そうしたらまだ獅子身中の虫みたいな恨まれ方をしない。
リク君はもしかしたら「お前はいいよな」みたいな恨みがましい目で見られた事があるのかも。
立ち位置的にそういう事になりやすそうだし。
「そうだね」
できるだけ微笑む。なんとなく。いや、一緒にいて疲れたと思われないためか。
きっとまだ嫌われたいと思っていないから、そうやって取り繕う。
空元気もいいところ。明らかに疲れた様な仕草をするのは嫌だ。
あぁ、もうズルいな。






