292、待合喫茶
白無地の廊下を渡り、エレベーターで地下へと行く。
うむ。あの廊下は研究室の廊下みたいな質感の清潔だけど、何か綺麗過ぎて怖い空間だわ。
エレベーターもなんか隠されているのか? っていうくらいに廊下に埋没していた。
エレベーターの中は高級なホテルの中かと思うくらいに装飾が施されていて驚く。
この施設も内部に閉じ込めるための機構がこれでもかとある気がする。
万一転生者がこの施設から出ようとしてもエレベーターをすぐには見つけられないだろう。
やっぱこの世界はなんか怖いな。認証とかもエレベーターの近くにはない様だし、中枢で操作しているんだろうなって想像できる。
この世界の偉い人、なんだかんだ魔力量が多い人多そうなんだよな。
言い換えるとある程度の戦闘能力を保持していて、ただ逃げ惑うとかはしなさそう。
しかもこの施設には軍人らしき人が多いし、そういう意味でも問題ない。
施設に入ったらこの世界の平均的な身体能力だと逃げる事は難しいだろうな。
なんか辺りを見ていると不安になるな。逃げ出す事ばかり考えているのもダメだ。
いざとなったらの対策を考えようとしてしまう。逃げ癖が強すぎる。
アクセルを踏み続ければ越えられる狭間も、ブレーキ踏んで越えられなさそうだ。
「どうかしたの?」
エレベーターを降りるとそこは駅のプラットフォームで、旅装の紳士淑女が行きかっていた。
なんかリク君の格好が特殊な気がしたけれど、これは識別のためのモノなのでは?
なんか宗教的な要素が絡んでいる気がしてきた。周囲の人は洋装が多いんだし。
見た目で判断できる事で「あそこに絡むとヤバいのが出てくるぞ」となるんだろうな。
いや、それは初期か。民衆の中に溶け込みだしたら「あそこの人はみんないい人なんだろうな」とかそういう印象を持たれて、その恰好をするだけでそこの宗教などの恩恵を被る事ができる。
信用の基準をそこらの通りすがりから上げられるから一歩踏み込みやすくなっている。
リク君の様な特徴的な人材には色々着せて、広告塔として利用するのがいいのだろう。
広告塔として動かしていれば、下手な真似もさせなくて済むし、地下にも潜られにくい。
出来る人の暗躍を阻止できると思えばメリットもある。影響力を上げてしまうが下手な事をして泥をつければ一瞬で消える様なモノだ。
スキャンダルなんていくらでも捏造できるし、その立場に相応しい清廉な人になってくださいとか色々都合がいい事を吹き込みやすいのも管理側からしたらメリットだな。
「不思議な空気だなって思って」
プラットフォームを見ているとイギリスとかヨーロッパの駅を連想してしまう。映画の影響か。
日本の駅だと混み合い方とかとは違う。そこはかとなくみんな優雅でオシャレだし間隔が広い。
富裕層の気配が強いのも大きい。下々の気配が全然ない。空間自体がオシャレ。
歩く場所一つとっても綺麗なデザインが施され、壁は木をあしらい、絵画が飾られている。
照明は壁から天井に向かって照射され、それが跳ね返る事で全体が明かるくなるという仕組みだろうか? 他にも色々仕組みがありそう。これも魔力が動力源か?
暗いと感じる場所がないから、どこもかしこも煌びやかで、陰のモノとしては居づらい。
リク君がいるから、その傍にいる事で居場所を確保している様な感じがする。
リク君がいなかったらたぶん柱の陰とか壁の傍とかで待機していただろうな。
そういうメンタルがそもそも人間性としてダメなのでは? でも辛い。
「綺麗なところだよね」
笑いかけられた。微笑みが強すぎる。これが光の者の姿か。
身長差で後光がさしている様に見えるだけ。いや、うん。リク君は光だよね。
環境補正が強すぎて委員長がカメラを構えて鼻血出しているわ。つらい。
俺さ、ここにいるの場違いだと思うんだ。
暗い部屋の角っこ、部屋のスミスがきっと俺の居場所だよ。
あとは森の中、水の底、洞窟の奥とか。自然に還りたい。
いや、消えようとするんじゃない。この体は消えられないんだから。
生身なら死という最後の逃げ場があったのに、この体にはそんなモノすらないんだ。
いくら陰のモノだとしても、陽の存在を見ただけは死ぬ事はできないんだ。
「そうだね」
リク君に連れられて歩く先には喫茶の様なモノが見える。
基本がボックス席で半個室ばかりだ。近くには観葉植物が飾られている。
優雅というモノを形にしたらこうなるのだろうか? 怖い。
つらい。怖い。自分の居場所ではない。もっと薄暗い場所にいたい。
疲れているからか、そういう感情ばかりが湧いてくる気がする。
暴力で解決できる世界なら気楽なのに。いや、それも辛いか。
苦手意識の根源は何か。未知? 劣等感? なんか色々混ざっていそう。
憧れとかではなく、ただただ忌避感を覚えている様な。避けたい要素を感じているんだ。
端から自分の世界じゃないと見限っているまである。自分の世界などない癖に。
「ここで列車を待とうか。まぁ、あと十数分くらいで来る時間だし、飲み物1つ頼んでね」
笑いかけられる。太陽の気配すら感じる、圧倒的な陽の存在感。溶けそう。めると。
俺の様な陰のモノにはそんな笑い方なんて出来ない。リク君はリク君なのだ。うむ。
俺の様な心の底がねじけた存在とは位相の違うところにいる生命体だ。
いや、落ち着け。泥の様に疲れたメンタルだから特攻状態になっているだけだ。
あと本人に裏がないと感じるから圧倒的な光にやられているのだろう。
手招きされてイスに座らせてもらって……。うん、ナチュラルにエスコートされたわ。
委員長がアッパーカットくらったかの様に上に向かって吹っ飛んでった。
もう俺が殴ってこようかな? 何を考えているんだ。バカか。
席に座ったリク君は俺に見やすい様にメニュー表を置き微笑んだ。
もうリク君はなんなんだ。俺には分からないよ。誰がここまで仕込んだの?
もしかしてリク君は女遊びとかしていたりする? そんな悪い子なの?
「手慣れているね」
生きてきた時間の長さだけで言えば俺の方が長いはずなのに。
この落ち着いた振舞いといい、ずっと微笑んでいる事といい、人間としての器が違い過ぎる気が。
ねぇ、誰が友達を作らなければいけないのかな? 友達が犬と本だけのヤツが手助けしようとか考えるなんておこがましいわ。
友達できないのは本人に何か問題がある場合だよな。俺みたいに。
いや、そもそも俺自身も「友達?」って聞いたら「友達だよ!」って言ってくれる人はいた。
あれ? いたっけ? いや、いたとしてもそもそも遊んだ記憶がないしな。泣けてきた。
リク君は人当たりが良くて、コミュニケーションに支障がないんだ。友達がいないわけがない。
ルイ君とかリラちゃんとかもそうだ。幼年期時代にもそういう相手がいたのだから今もいるだろう。
表面上の関係? あー、そうかもね。お前がそう思うならそうなんじゃない? バカが。
「ユエさんとよく来ているからかな?」
頬をポリポリとかきながら照れ笑い。あざといか。あざといな!
エスコートの手本はユエさんで、ユエさんを練習台に自分でもしてたとかだろうか?
リク君の事だから最初から大人しくていい子だったんだろうな。はしゃぐタイプじゃなさそうだし。
あぁ、なんか軽く想像がつくわ。すごい行儀のいいお坊ちゃんしているリク君の姿がね。
想像してみるとほんとリク君は女の子にもてそうだよな。
冷静で優しくて、力があって、勉強もできて、権力すらも自前である。
血筋からしても人に羨まれ、お金もたぶん自前でたくさんあるだろうな。
お前の欠点ってもしかして俺の存在なのでは?
俺なんていたところで特に何もメリットがないだろう。
あのまま石にしておけば誰も見つけられなくて終わったはずなのにどうして起こしたんだろう?
「ふーん」






