287、むっちゃ頭をなでているのだった
どうしよう? え、どうしよう?
なんで目を閉じて気持ちよさそうにしているんだろう。
いや、うん。ねぎらいの意識はあった。でも嫌がられるかもとも思った。
むしろ嫌がられる可能性の方が高いなと思っていたと思う。
この身は小さいから、イスに座っていなければ、頭をなでる事も出来なかっただろう。
たまたまそこに頭があって、たまたま頭をなでるべきだという謎電波を受信した。
いや、違う。イヌとかとしか接していなかったせいだ。それしか俺自身がやった事のある慰めやねぎらいの行動がなかったのだろう。
そもそも俺自身は言葉で慰めるとかした事がない。何かあればとりあえず撫でていたのだ。
親とケンカした時とかも、わんこは俺の味方になってくれたしな。
彼ら彼女らとは言葉のいらない関係だし、遊ぶと撫でる以外のコミュニケーションはなかった。
コミュ障極まりないな。どんだけだよ。イヌと人を同じ扱いするんじゃない。
セクハラ云々とかパーソナルスペースとか、もう色々考える事があるだろう?
人間相手に通じるコミュニケーション方法じゃないのは理解しておくべきなんだ。
で、この後、俺は何をすればいいんだ? 分からない。
リク君は何を考えているんだろうか? 撫でられて嫌というわけじゃなさそう。
しかしこの表情はなんと捉えればいいのだろう? 何を思っているのだろう?
リク君はいったいどういう考えを持っているのだろうか?
敵と思っている相手ならこういう表情はしないと思う。
いや、敵だとしても、よく性格を知っている相手だから、この状況では危害を加えないと判断している? どうなのだろう? そこまで信用できるだろうか?
もし信用したうえで、敵としてこの行動をとっているとしたら? 策士が過ぎるだろ。
分からない。困る。いつまで撫でればいいかも分からない。
あと地味に触り心地がいい。いいシャンプーを使っている気がする。いい匂いがする。
どうしよう? 反応に困る。すぐ手を払われると思っていたのにいつまでもそこにいる。
撫で心地はいい。人の頭だから犬とは違う感触。毛の長さはゴールデンレトリバーに近い?
触っていると不思議な感覚になる。モフモフとは違う。毛の質感が違うのだ。アンダーファーがない。
いや、違うよ! これは人だよ! バカ! わんこじゃないんだぞ! 毛並みを堪能するな!
リク君は人間。OK。それは間違いない。
ちょっと大型犬の気配を感じているが、それは勘違いだろう。
なんかもう問答不要で仲間だ、味方だって思いかけている。犬補正強いな。
どんだけだよ。わんこに引きずられ過ぎなのでは? モフモフは至高だよな。
あほう。リク君のモフモフは髪だけだろ。正確にいえばモフモフじゃなくてサラサラなんだ。
こうちょっと硬めの感じで、手にはそんなに強い感触はないのだけど……って違うわ。
思考の混乱が至高の領域。うむ。混乱が激しい。
頭の中の敵対者枠からリク君が外れた。いや、状況的には曖昧のままだけど。
ただ不審感を抱き続けるのが、現状は難しいだろう。わんこ補正のせいで。
でも困った。だとしたら俺はどういう対応をすればいいのだろう?
仲間だと思えたからと言って、それで何かが変わる事があるだろうか? いやない。
というか1人で過ごす事に特化し過ぎているのだ。だからヒトデナシなんだよ。
犬猫と戯れるなら無言でも成立するけれど、人とそれはムリなのだ。
何か会話しないといけない。とりあえず撫でる手を止めないといけないのでは?
かれこれ1分か2分かそれ以上撫でている気がする。でもこれ落ち着く……いや、落ち着くな。
まずは手を止めろ。そう止めてゆっくりとでいいからイスに戻れ。
なんでリク君はこちらを見てちょっと寂しそうな顔をするかな?
さぁ、これは何の乙女ゲームかな? 何が正解の選択肢だろうか? 違うぞ。
「そういえばこの後の予定って何かあるの?」
そう問題点はそこなんだ。俺はこの後どうなるんだ。先が読めなさ過ぎて不安なんだわ。
予想としてはリク君に着いて行って何か仕事をする感じなんだが、そうであるかも分からない。
あの場で起こしたところも含めてその可能性が一番高いと思う。
最悪として想定しているのは転生者達のところに容れられるだったが、実態として不幸とは言えなさそうなのが悩ましい。
上手くすれば外の世界にいるよりも自由度が高く生きられそうなところが悩みどころ。
本人の意志に反してあそこにいると考えると不幸を感じる人は多いだろう。強いられる事にストレスを感じる人は多いし。
実際問題として外に出したところで不幸しか起きないと思うから悩ましい。
人権意識だけで言うなら現状の隔離状態は極めて不健康だろう。
だが外の世界と触れ合うと間違いなく命すらなくしそう。死んだら健康も何も言えない。
「そうだねぇ。王都の拠点で僕は仕事かな? 決済案件溜まっているだろうしね」
これはリク君と一緒に俺も王都に行くという事でいいのだろうか?
ある程度の地位になったら、ずっと現場から離れているなんて事は出来ないの当然か。
この旅に使った費用や資材はけっこうなモノになると思う。
そう考えるとやっぱり何故こんな俺をそんなコストを支払い呼び起こしたのかとなる。
損得で考えるとただの損な気がする。というか現状の俺は肉壁くらいにしか使えないのでは?
いや、人型で力があり、物理や魔法で傷つかないから、工業的に危険な作業を任せるには適しているのだろうか? しかし指示通りに動ける自信がない。器用さの自信がない。
何かの執着で起こした? 執着の質も分からないんだよな。
見つけるまでの時間やかけた費用や資材を考えると、これは異様としか言えないだろう。
でもって見つけた後にここに連れてくる理由もまた分からない。
「俺はリク君についていけばいいのかな?」
他の選択肢はあまり考えたくない。ここで別離だと精神的に危険そう。
逃げる事自体はたぶん容易いと思うのだけど、それをして取返しがつくかと言われると不安。
いや、たぶん、取返し自体はつくのだけど、その後で逃げ癖を治すのに苦労する。
ただでさえ逃げてばかりなのだ。理由をつけて逃げて自分の意思を示せていない。
言うほどの自分の意思があるかと言われたら悩むけれど、むだに考えている現状を思えば確かに自分の意思というモノはあるだろう。
自分の意思とかいうモノのせいで、社会の歯車としての規格がズレている気もする。いや、うん。ズレている。俺のはたぶん歯車じゃなくてハムスターの回し車。
回し車でも上手くすれば歯車を回せそうだなとかちょっと思ったけれど、たぶん馬力が足りない。
というかほんと思考が脱線するまでのタイムトライアルをやったら世界一位になれるレベル。
思考に逃げ癖がつき過ぎ。このままではいつまで経っても人間にはなれない。
「ついてきてくれるんだ?」
なんだよ、そのニコニコ顔は。選択肢として示したつもりだったのか?
いや、そう考えるとこの行動に説明がつくのか? いや、コストかけておいて逃がすとかあるのか?
わからない。石油王が何を考えるのか、年収7桁前半に想像できない様なモノかもしれない。
10桁後半でも分からないかもしれない。いや、その辺りは不労所得が多そうだから分かるかもしれない。少なくとも俺には分からないが。
お金があったところで、俺の望みは大半叶わないし、お金あっても世捨てルートばかり見える。
世捨てルートはたぶん一番気が楽なのだろうけど、それはただの資源の無駄遣いだろう。
人間性を捨てた先は言葉を失うのみ。思考さえも放棄した人型の何かでしかなくなる。たぶんそれはヒトデナシとすら呼べないモノだ。
というか普通の人みたいに生きたいっていう望みは何故難しいのだろう。
普通の人みたいに、友達とか生活とか仕事とか、そういう事がしたいだけなのに。
まぁ、出来るのは精々ヒトマネでしかないだろうが、それでもそこに辿りつくための悩みが多い。
狂人の真似とて大路を走れば即ち狂人なり。
ヒトデナシもヒトマネをすれば人に見えるかもしれない。それは言い過ぎだな。
プラスをマイナスにするのは容易いとしても、マイナスをプラスに偽装するのは難しいものだ。
「ついていっちゃ悪い?」






