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281、たぬき

 言葉が続かない。いや、続けられない。人って何をそんなに話すのかと思ってしまう。

 ただ沈黙が辛いと感じる。正確に言えば状況的に自分がどう扱われているのかが分からないのが辛い。

 自分1人なら、電車の中みたいに周囲が自分と違う集団なら、そうだったら何も問題ないのに。


 展示物のガラス面の反射で俺を見ているリク君の姿が見える。すごく悩ましい。

 展示物に集中できたらいいのだけど、意識の片隅というには大きすぎる領域に残り続ける。

 少女みたいな子が多すぎる展示物はなんか注視するには気がひけるというのもある。

 この体になって長い気がするが、あくまで自意識は成人男性なのだ。痴漢扱いが怖い。


 とにかく今は展示物に集中して、少しでも今しか入手できない情報を集めるべきなのだ。

 リク君との関係は少し後になってもさして変わらないはず。そんなすぐ変わったら驚きだ。

 お前は自分の何も出来なさについてもっと考えろ。何も手に入れられていない癖に守り過ぎなんだ。


 こじんまりと砂場に手作業で山を作るのはまぁ楽しいだろう。なんだかんだ達成感があるはずだ。

 だがその山を守る事で何ができる? 外に目を向ければいくらでも道具を手に入れられるのだ。

 道具を拾ってくれば新しい山はいくらでも作れるのだ。ちょっとがんばって作った小さな山に固執しているだけではより大きな山を作れない。上は目指せない。


 俺に守るべき山はない。小さな山ですら作る事も出来ていないんだからな。

 まぁ、自分の身を守れない様では山を作る以前の問題かもしれない。

 でも上を見るばかりで、小さな山すら作れない程に、手が動いていないのも悪いところだ。


 そもそもどんな山が作りたいか。本当はそれを子供の内に覚えるのだろう。

 日々生活している内におぼろげながら浮かんでくるその姿を、勉強や実務を経て作り上げる。

 自分の手に入れた道具で、自分の山を築き上げる。それが人生設計なのだろう。


 まぁ、こんなに言葉を費やしたところで、俺にはそういったモノが抱けなかったのが問題か。

 あの時は持ちようがなかったのかもしれない。違うか、そこまでの気力がなかったのでは?

 楽な方に流れてしまったのだろう。今だってリク君が話さない事をいい事に一人勝手にしているのだ。


 自分が心地よい方に、楽な方に。都合よく生きようとし過ぎなんだ。考えているフリのバカだ。

 こんなものは考えている内に入らないだろう。ただの堕落に過ぎないのだ。

 頑張っているフリだけして。変わらないでいられる事ばかりを望んで。都合のいい世界にならないかなと口開けて待つだけのクズだ。


 でもどうやって立ち回ったらいいのだろう? 仮面を被ってでも言葉を紡ぎだすべきか?

 しかし何を話せばいい? 転生者関連の話は周囲の耳が怖い。

 どこまで知られているのかが分からないところも含めて怖いんだ。


 全てがバレているのはリク君だけだろうか? そもそも俺の扱いはなんだろう? わからない。

 どこまで考えられているのだろう? ここにいるのは神をも恐れぬ研究者な気がするのもヤバい。

 神様を建前にけっこうな事に盲目になるだろう信者だったら楽なのだが、それは望めなさそう。


 研究者の中には自分を殺す程の猛毒だろうと、それを触り舐めて、自分の身で症状を確かめたりするモノもいるというんだ。

 それが1人2人なら変わり者だったんだろうで済むが、世界に目を向けると自分の死の直前まで症状のレポートを録り続けた博士とか、刺された腕を切り落としてレポートを書き笑う人だとか、各種毒を摂取してランキングをつける人だとか、ほんと枚挙にいとまがない。

 まぁ、それも万分の1とかだとは思う。もしかしたら千分の1かもしれない。でもそんな自分の命すら知識や経験のために捨てる連中がいるのだ。何されるかわかったモノではない。


 あれ、というかだ。別に拷問を受けたり、労働を強いられたり、とかではないのだ。

 別に転生者だとバレてもそこまで俺にとっては負荷がかからないのでは?

 むしろ隠す必要がなくなる分、俺にとっては楽かもしれない。

 少なくとも転生者であることがバレる事を怯え続けるよりか、いい展開なのでは?

 それにこの身は魔物を恐れる必要がない。自由に動けるのではないだろうか?


 いや、やっぱりダメだ。内外を移動してたら監視の目は強まるだろうし、随所に喧嘩を売る。

 それこそ不都合しか生まない。そもそも俺の望む「自分の力で何を為せるか?」という部分が満たせなくなる。まぁ、もう何度か諦めかけているんだけど、出来るならその路線は崩したくない。

 自分の努力でなんとか普通の人が出来る世界に辿りつきたいのだ。有能、無能で言われたらたぶん無能だとは思うけれど、普通の生活というのを経験したいんだ。


「おや、そこにいるのはリク殿かな?」


 爺さんがいた。なんか腹にぶっとい一物かかえてそうなタヌキ味を感じる。

 タヌキってマズいんだっけ? アナグマが美味しいんだったか。食性の違いなのかな?

 そういえばタヌキの脂はどぶ臭くて、筋肉の部分は獣臭は強めだけどまだ美味しく食べられるんだったかな? あのおじいさんは脂たくさんのってて臭そうだな。


 まぁ、でもタヌキ爺はネタ的に好きではある。老獪なタヌキの妙技は見物だと思うしな。

 こちらのタヌキ爺は臭みだけで美味しくない三下タヌキだろうか? 老獪な古狸だろうか?

 一見しただけだと裏表なさそうな好々爺に見えるし、こういうタイプが一番ヤバそうなんだよな。


 あ、でも本当に裏表のない人の可能性もあるか。それはそれでいいか。でも場所的になさそうだ。

 マンガで見かけるような研究室のタヌキみたいに、予算確保の争いにだけ交渉の上手さを発揮する可能性もある。仲間だと心強いし研究予算の確保力が高いからなんだかんだそこの研究室の人に好かれるような。そういうタイプだといいな。

 ガチのヤバい銭ゲバたぬきで、金の匂いを嗅ぎつけたらなんだかんだで噛みつき、美味い汁をすすっておこぼれにあずかろうとする取り巻きを抱えているヤツだと、邪険にすると取り巻きがうるさくなったりするし、かといって近づけると余計なヒモを巻き付けてきそうだし、もう対応が難しくて嫌い。


「これはタグ翁様。珍しいところでお会いしましたね」


 リク君はこのおじいさんを知っているのか。おじいさんの方もリク君を知っていたし当然か。

 とりあえず近づくモノは敵かと警戒する癖がいけないのかもしれない。

 だからといって警戒心の欠片もないのはダメか。適度な警戒はするべきだろう。


 この2人はどういう関係性だろうか? 研究室の室長とそのメンバー? たぶん違う気がする。

 きつねとたぬきの化かし合いの雰囲気を感じる。リク君がきつね。笑顔が深い。深淵を感じる。

 お互い優しい笑顔で優しい言葉を使うけど、真剣での立ち合いの雰囲気みたいだ。たぶん。


 いや、これも俺の勝手な想像かもしれない。普通に仲がいいかもしれない。

 こんなタヌキ爺っていそうだなって想像とリク君への不審感が混ざった結果だろうか?

 だとしたらこれは普通の挨拶に過ぎないだろう。わからないけど。


 リク君の微笑みがどうにも仮面に感じるのが悪い。本当にプラスの感情で笑っているかがわからない。

 こうかもしれないって想像をし過ぎてしまう。爆笑したり怒気を見せられたらそれはそれで困るが。

 いやでもそれはそれでちょっと見てみたいかもしれない。どんな時にそんな表情をするのかも気になるし。


「そちらのお嬢ちゃんがシロ殿かな?」


 一瞬ギラッとした視線を感じたが気のせいだろう。気のせいだよな?

 いや、何かを狙っている? というか名前を知られているのが怖い。

 ここにいる人はもしかしたら全員俺の今の名前を知っているかもしれない。



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[一言] プチ有名人シロちゃん
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