279、資料室にて
いくら考えても無邪気に人を信じる事が出来ない。
幼少期に誰かを信じて身を任せた事がないのが原因なのだろうか?
いや、そもそも幼少期の段階で人に対して何も期待してなかった気がする。
これはこうなるだろう。それはこうなるかもしれない。
気まぐれに投げたコインの裏表を確認する様に物事を見ていた気がする。
小さい頃から俺は気が狂っていたのだろう。
「はい、シロちゃん、こっち行こーねぇ」
人に聞く前に考える。でもそれが合っているかどうかも結局はどうでもいい。
どうでもいいは言い過ぎか。それが合っているかどうかを聞く相手がいないが正しいかもしれない。
それに対して何かを話せる相手がいないのがいけなかったとも言えるか。
そもそもの問題として、誰かに考えを話す習慣がないのだ。
話す意味を感じられない。いや、それについて語り合える程の関係になれない。
語り合う必要はないか。ただ聞いてもらえるだけでも良かっただろう。
それを出来る相手を見つけられなかったのが最大の敗因か。今もまた出来ていないし。
そもそも勝手に相手の内心を想像し、自分だったらこう思うだろうなと陥るところがダメだ。
人は俺とは違うのだ。許容範囲も人によって違うし、嫌がるポイントも違う。
もちろん好きのポイントだって違うだろう。まずは話さないとその点が分からない。
「こっちにこんなのがあるよ」
頬をツンとされた。金色の瞳がいたずらっぽく光っているのが見えた。
思考が埋もれ過ぎている。磨かれた壁面には目つきが悪い子供がいた。
というかなんか手を引かれてた。どんだけ意識を飛ばしているんだ。
あとなんか甚平風の和装のせいで、お祭りに来た外国人兄妹みたいに見える。笑うしかない。
周囲の人達は軒並み歳がいっているのもあり、なんか不思議な光景に思う。
お祭りにといったが、周囲の光景はむしろ博物館が正しいだろう。
年表みたいなのが壁にあったり、ディスプレイに動画があったり、展示物があったりだからな。
リク君が微笑みながら指さす先には犬と戯れる人々の姿があった。
そう。犬。
やたら大きな熊とかゴリラとかじゃなくて、犬。犬種は……柴犬っぽい。
観測できる範囲だと昔の日本的な光景だからだろうか? そういえば何故日本的なのだろう?
いや、それよか犬だよ。ここにそんな普通の生き物がいたのか。それがびっくりだわ。
「この生き物は?」
俺自身は知っているが、こちらでの犬を示す言葉を知らない。
それとこの犬がどういう経緯でそこにいるのかも分からない。
いや、観測範囲にいなかっただけで、普通にいたかもしれない。
だがしかし日本人の様式を持つ転生者達の元に柴犬がいるのはなかなか異常だろう。
どうやってそこまで連れてきたのかとか、なんでそこにいられるのかとか。
色々分からない事が多い。いや、そもそも同じ犬種がこの世界にいるのだろうか?
転生者にここまで日本人の様式が流行っているのもとても不審に思う。
どうやってその建材などは用意したのだろう? 謎プラスチックは使用していないみたいだし。
こちらからの技術の提供がなかったとして、よくここまで発展できたな。
「特に何か能力があるわけじゃないけど、ゴーレムだよ」
……。
そっか。ゴーレムか。
ゴーレムならいてもおかしくないな。
よかった。ここで柴犬とか言ったらただの自爆だったわ。
ヤバかった。超絶な地雷を置いていくなよ。しかもこんな形で。
というか特に何か能力があるわけではないの意味が気になる。
いや、俺が作った? リク君が作った? のゴーレムは特異な能力がある?
防御力とか魔法の吸収とかは特異な能力に該当するのか?
いや、ネネがそうか。あの子は移動補助のために色々つけたし。
あのゴーレムの犬は防御力などは高いのだろうか?
それともそういう能力などもない? 分からないな。
そもそもあのサイズのゴーレムを作るとなるとけっこうな魔力が必要にならないか?
「もしかしてあそこに0等級かそれくらいの魔力の人が?」
映像からではわからない事が多すぎる。いや、行っても変わらないか。
漏れ出ている魔力から相手の魔力等級を推測するとか俺はできないし。
この世界の人にとっては精度に差はあるだろうが普通に出来ている事だろうけど。
でも肌感覚の問題はけっこうな弱点だよな。特に魔力の操作や感知において。
こうしている間も周囲の魔力を吸収しているのだろうけど、その多寡も分からない。
視覚と聴覚がメインの感覚器官になるから、他の人に分かる事も分からないというのが辛い。
戦闘以外の点で障害になる事が多そうだ。他の人なら分かる人の気配が分からないとか。
空気の流れとかで把握……。出来そうにないな。それに空調のない部屋なんてない気がする。
この部屋だって空調が利いているのだ。資料の保存もあるだろうし、これは当然の設備か。
「いや、そこまでのレベルじゃないよ」
静かに言うけど、それがちょっと怖い。そこにどんな感情がこもっているかが分からない。
実験動物か何かと同じ様に見ているのだろうか? それすらも考えていない?
同格の相手に対する話し方には思えない。見下している? わけでもない。それがそれでしかない。
転生者に対しての興味は能力の一点だけで、そこに人格などを一切考慮していないかの様な。
転生者に対する感情はリク君の中ではどうなっているのだろう? 分からない。
この感情の動き方がもし俺にも向けられたとしたらどうなるのだろう? そうならない保障はない。
リク君のこの感情は俺が原因だったりするだろうか? それは思い上がりが過ぎる気がする。
だがしかしそうだと考えると話が上手くいく気がする。筋道を立てやすいなと思ってしまう。
俺がリク君の元を飛び出してリク君がどう思ったか。悲しさや喪失感、憎しみだって湧くと思う。
「そっか」
もしその感情があるとして、原因の俺に何を思うのだろう? 時間が経っているし、わからない。
すぐじゃないんだ。衝動的な感情を向けるには時間が経ち過ぎているだろう。だから怖い。
接している感じは普通なのだ。いや、普通なのか? 微妙かもしれない。
好意はある気がする。でもそれだけだとは思えない。厚い仮面がある気がする。
仮面の下の感情はなんだろう? 恨み? 憎しみ? 寂寥感? なんか違う気がする。
虚無感……? これも違うか。やっぱりわからない。考えても仕方がない気もする。
転生者に対しては八つ当たりの意味も入っていそうだ。
俺の悪性はそこにあると思えば、そこに怒りなどが向いてもおかしくないだろう。
あくまで俺が原因でこうなったとしたらだが。そこまでの影響力が俺にあるとは思えないが。
「でもそこそこ強い人が出やすいみたい。不思議だよね」
……。10年に3人だったか。1等級が自然に生まれるのは。
じゃあ、ここにいる転生者はその限りになかったという事だろうか?
でもなんで3人なのだろう? 神様は5柱なんだ。5人生まれてもいいのでは?
いや、土の神様がいない可能性があるかもしれない。
あの神様の発言が意味深すぎて困る。あれはやっぱ理解ができない。
神様の存在がどういうモノなのかも含めて理解が難しい。
転生者に1等級相当の魔力の持ち主がいる場合、それはこの世界の摂理と違う可能性があるのでは?
そもそも俺自身がそのイレギュラーだったじゃないか。だとしたら?
だがイレギュラーなのに何故あの神様は俺を見逃した? ここも理解が出来ない。困る。
「そうなんだ。不思議だね」
神様側はそのイレギュラーを許容している? 人間側は転生者そのものが許せない?
社会情勢的な問題で、人間側は転生者を許容するわけにはいかないが、神様側は区別していない?
機構的な部分で何かがある気がしてならない。でも想像しても正解には辿り着けない気がする。
ふと見たリク君の顔はどこか寂しそうな色を帯びている気がした。






