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277、講義前に資料を読もう

 席に座りとりあえず資料を開いてみる。


 ……これ、ほぼ取り扱い説明書だ。軽く書かれている内容が色々エグい。


 基本的にこちらの言葉を教えていないというところからしても闇が深い。

 タンパク質補給用に大豆に相当する植物があるのだが、それに含まれる大豆イソフラボンに相当する成分が通常の何百倍もあって、男性は性的に不能状態になっているというのもヤバい。化学的な去勢じゃん。

 豆腐に味噌、醤油、納豆、厚揚げ、豆乳からの湯葉、黄な粉……。転生者に日本人がいたら大豆の流通量を上げるのは簡単なんだろうなぁ……。


 こちらの言葉を積極的に教えない事で、自然に自分と同じ言葉を持つ者同士で集まって、日本語なら日本語で話をする様になる。

 結果的に日本に住む外国人と関わる機会のない日本人は英語を話せないみたいな状態に陥る。

 中等教育で英語を教えられてもそれをどこまで覚えているかというのがその答えだろう。


 外部の危険、特に魔物を折に触れて接させる事によって、安全区画に押し止めるとかもえぐい。

 ホルモンバランスがあれな事もあり、筋肉とかつけにくいし攻撃性も落とされているので、討伐などを考える事も出来ないという点もえぐい。

 こんなもん、誰が立案したんだよ。倫理観が終わってるわ。


 根本的に転生者を人間として扱ってはいないのでは?

 適度に情報を絞りつつも、思想を持ち込まれるのを避けたいという感じか?

 言葉も思想も理解できないし、自分の子供として生まれてくる人格の完成した他人って思えば、地球でも悪魔として扱われる可能性が高そうだよな。

 人間として扱われる可能性の方が低いまであるか。


 特にこの世界には魔物がいる。転生者も一種の魔物と認識されていてもおかしくない。

 チェンジリングとか、とりかえっ子とか、地球でさえそういう歴史があるんだ。軽く想像がつく。

 ……そう考えると脳の障害がある子もここに送り込まれている可能性もありそうだな。


 人の胎内から生まれ、独自の言語を操り、その言葉で人民を惑わし、世を撹乱する人に似た悪魔。

 転生者に対しそういう言説があったら、その対象、つまり転生者に人間の尊厳を認めるだろうか? 

 いい子に振る舞う事で好かれている転生者がいたとして、その思想が現行の政治勢力の思想と大きく異なれば、転生者がいなければその思想に疑問を抱かなかった人が当事者となり、不穏分子が世に溢れるかもしれない。


 考えるほどにこの世界の価値観について思い悩むな。資料を読むだけでむっちゃ不穏ですごい困る。

 転生者は魔物という価値観が基本であれば、転生者に対しての擁護は不審に思われるかもしれない。

 魔物への対応と考えたらそこまで酷いモノと思われないかもしれない。

 ペットの去勢とかと同じ? ゴキブリほいほいの方が近いかな?


 俺の場合は胎内? にいる時からなんか意識があったけれど、それを他の人が信じられるかともなる。

 何なら途中で取り換えられたとか、そんな話が持ち上がってもおかしくないか。

 転生者魔物説の信者なら魔物に人間の血が流れているわけがないだろうって思う可能性があるし。


 それにこんな子が自分の子供なわけがないっていう考えを持つのはある意味自然な反応だと思う。

 いや、それは行き過ぎか? 分からない。具体的にどれ程の人がその考えをもつかもわからない。

 ただ環境が転生者魔物説優勢なら比較的に多くの人がその考えに賛同してしまうだろう。


 教育水準は高そうだから、いろいろと考えは発展しているとは思うのだが、わからない。

 昔の社会では普通? な行動が、教育の進んだ現代になると完全に異常に見えるのはよくある事。

 ところ変われば常識も変わる。今の常識も未来から見たらおかしくなるんだろうな。


「そろそろ講師さん来るよ」


 隣に座ったリク君に机の下で脇を突かれて囁かれた。


 時計の長針が天辺にけっこう近づいていた。なお時間は4時。

 色々あった癖にまだ日も高い。どんだけだよ。今日はどんだけ長いんだよ。

 今日寝たらすごい深い眠りにつく事ができそうだ。眠れるのだろうか?


 いや、しかしだ。どう考えても転生者バレは死亡フラグだろう。キツ過ぎる。

 ・・・・・・これを俺に見せたかった理由って何だろう・・・・・・。何かあったらこうなるよ? だろうか?

 さすがにそれは考えすぎだろうか? 始めに脅しを入れておきたかった?


 明確に言葉にしない事で意図を読めなくすると、あなたが勝手にそう考えただけでしょう? とあくまで提案の体を取った脅しで、こちらは何も指示などしていないからと責任回避できる?

 それは考えすぎだろうか? しかしそういう展開は創作でたくさん見ている。創作では。

 実体験の乏しさが恨めしい。でも実体験に遭遇しないでいられた事が幸運だとも言える。


「わかりました」


 外向けの顔を作っていく。だがやっぱり油断する事が出来ない。

 リク君が何を考えているのかも本当に理解が出来ない。

 好意的な想像も今はあまり出来る気がしない。


 もし俺が言葉をなかなか覚える事が出来ず、それを不審に思われたら?

 もし俺が転生前の事象をペラペラと話していたら?

 もし俺が何かしらの事で転生者だと疑われ、収容される事になったら?


 今の俺はある程度力があるだろう。眠りにつけば10年も1秒後だ。

 壊れたとしてもそれに対して大きくは捉えないでいるだろう。

 ただ目の前で行われているモノに対し、どうしたらいいという考えはあまり思いつかない。


 現政権側は転生者に不要な騒動を起こされるのを好ましく思っていないのはたぶん確かだろう。

 転生者達はあくまで人間の出来る範囲での行動しかする事が出来ないのだから。

 その思想が現行の政権と相容れない可能性があるとしたら一律で対応するしかない。


 今日本にいる人の思考というか常識は日本の人の目から見たらそれが至高かもしれない。

 しかしそれは日本という環境だからこそ言える事で、それが完璧というわけではない。

 そしてこの現状は日本の人からしたら変えなければいけないモノに思われる可能性が高いだろう。


 この世界は個人の魔力の量で多少階級が作られてしまっている。

 それは安全性の面から見たら仕方がない事なのだろう。

 魔力の多い人は同じくらいの人の暴発に対応出来るかもしれないが、魔力量の極端に少ない人の場合暴発を受ければただ死ぬしかないとなるんだ。

 これに対しビョードーとか言い始めたら死人が出てしまう。


 この世界はあくまで城塞の中にしか人間の住処はないのだ。

 外の世界は強いモノ以外には魔物の闊歩する危険地帯だ。

 安全かもしれないと思った飛行船ですらあの巨大な怪物と遭遇する事になった。


 まだ俺は経験していないが、魔物の氾濫、海嘯という現象もあるのだろう。

 それに対応する際に考えの統一されていない行政という行動の遅い機関はきっと役に立たない。

 多少強権だろうが即応出来る組織である事を望まないといけない。


 転生者達はあまり居て欲しくない存在なのは確かだろう。

 しかしそれを問答無用で殺す程のモノとしては扱っていない。

 その知識がきっかけで新しい道が開くかもしれないから。


 うん? だとすると資料には写真などが載っていないので、ちょっとやばい原始生活を想像してしまったが、それだと知識を垣間見る事が出来ないだろう。

 もしかしたらけっこう近代的で平和な生活を送っているかもしれない。

 あくまで肉類の確保が難しいだけで、タンパク質自体はあるし、作物が育てられる程度には安全だと考えれば文明の発展も知識があるから出来るかもしれない。


 空を目指そうとしたら怪物に襲われるとかはけっこうありそうだし地下が発展しそうだな。

 そもそも転生者達は外を目指したりするのだろうか? 少しとはいえ知っているしなぁ。

 いや、この世界の親は恐怖心を持って豹変してそうだな。最初優しくされてた分、余計にトラウマを抱えそう。外に対する期待値はすごい低そうだ。


 だがだとしてもこの場所が合わないと思ってどこかに行きたくなる人は多少いるだろうな。

 その場合はどうするんだろうか? 分からないな。この集落の中であっちこっち行くのだろうか?

 全国から集められた転生者達って考えると百では利かない人数がいるだろう。千とか万とか行くのだろうか?


「起立っ!」


 強面でガッシリした体の怖そうな軍人さんが教卓に立ち号令を掛けた。

 とても規律に厳しそうで、この場では自分が上官であるという姿勢が見える。

 俺は姿勢を正し、出来るだけ綺麗に立ち上がった。





 






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― 新着の感想 ―
[一言] つまりイソフラボン漬けになった転生者たちはお姉さんと男姉さんしか存在しない……ってコト?!
[一言] 幼い頃に収容された子達が多いなら男の娘の楽園になっているのでは(゜ω゜)!
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