267、ようやく
俺様野郎もこれは俺なのかが不安になる。いや、広義で言えば委員長も含めて俺なのは間違いない。
ただ自分のしたい事を自分の任意では動かせない人格で動かしているだけだ。
自分自身の今の人格では出来ない事を、別の人格を作る事で対応している。不健康だな。
この人格も違う場所から生えている別の木の様に見せて、根っこは同じなのだ。竹かな?
まぁ、それはいいんだ。ちゃんと自分の言葉でやりたい事を語れ。下手でもいいから。
いや、うん。今ここで下手をうつのは恐いな。弱み見せたら変態がずっとついてきそう。
自分に向ける言葉は簡単だ。それを解釈するのは自分だから。
自分の中でいくら解決したところで、外の世界では何も解決していない。
他人、自分の人格だといえど自分の言葉を使わない以上、これは他人だ。他人を盾にするな。
「そもそもなんでそこまで服を渡すのを抵抗するんだ? 何か時間をかけなきゃいけない理由があるのか?」
時間稼ぎ? 何かを用意している? サプライズパーティの準備をしているとか?
いや、それを考えたとしても奇行が過ぎるよな? どう考えても時間稼ぎにしては変態過ぎる。
時間稼ぎの奇行じゃなくて、趣味の奇行だ。好きでやっているだろう行動に見えた。
そもそもどう考えても時間稼ぎの意味がないだろう。
この10年寝ていたのだ。今更たかだか1時間程度を稼いでも意味がない。
地上に落っこちた時間も含めたらなおさら時間は有り余っている。
やっぱ時間稼ぎの線はないな。変態が変態だなという認知を強めるだけだわ。
変態の目が左右にすごく揺れていて、分かりやすく動揺している風に見せているがきっと演技だ。
むしろ演技じゃなかったらそれはそれで驚きだろう。
「まぁ、もういい。このやり取りも飽きた。俺は別の服を探すし、最悪なくてもいい」
恥ずかしさはもう枯れてきた。というか今現在進行形で全裸で仁王立ちしているんだ。
それも自分をイヤらしい目線で見ているだろう変態の前でだ。
どうせこの身など俺自身は価値を見出せていないのだ。どうでもいい。
恥じらいがあるからむしろそこにエロを感じるのが人間というモノ。
さらけ出しているモノよりも隠している方がエロいとエロい人が言っていた。
堂々としているヤツにエロはないのだ。カッコよさや美しさを覚えるのだ。
ミケランジェロの石像に対して破廉恥などと言うヤツはドン引きされるだろう。
つまりそういうものなのだ。恥ずかしがるな、堂々としろ。胸を張れ。
そもそも土くれで出来たのが俺だろう。石像となんら変わらんではないか。
「待って」
扉に向けて足を進めていた俺の腰に腕が絡みついた。
避けようと思えば避けられただろうに、なぜ俺は受け止めてしまったんだろう。
堂々とした振る舞いを意識し過ぎただろうか? それは言い訳に過ぎないか。
避けられるのに避けなかった。それを受け止めるべきだと思っていたのでは?
これで戦闘が終わったわけだとは思っていないのだろう。
いや、戦闘ってなんだ。自分との戦闘か? そうだな、自分の逃げ癖とだな。
っておい! なんか背筋に息がかかってるんだが? つか息が荒いわ!
「待たない」
自分の意見をしっかりと自分の言葉で、自分の口で言う。
結局のところ、これが出来ていないのが一番ダメなのだろう。
何かに対していつも何らかの譲歩を考えてしまう。
自分のためと言いながら自分を捨てている。
自分が嫌いな癖に、自分を守る方法を思考する。
矛盾ばかりで何にもなれない。芯がないから。
なんかこの変態との闘いはこの部分をすごく意識させられている気がする。
封印したはずの代理人格が出てくる程に嫌だし苦手だから。
任せられるなら任せてしまいたいってなる。でもそういうのが逃げなのだろう。
「本当にごめんなさい」
今までどれほど逃げたのだろう。状況に任せて正しいと思われるモノに手を伸ばした。
選びたくない選択肢を選ばなかった。それは自分の意思で選択したといえるだろうか?
やりたいから選んだんじゃない。やりたくないから選んだんだ。それが逃げだ。
逃げる事は悪い事じゃない。だがずっと逃げていたら道を見失う。
やりたい事があるならずっと逃げていてはいけない。
安易に傷つかない方向へと足を進めてはいけない。
まぁ、でも腰の変態はもう捨て置くべきだろう。
意識の甘さに気づかせてもらった事に感謝して捨てよう。
今もはぁはぁしているし、これは我々には救えないモノだ。
「ダメだ」
そもそも謝って何になる。その言葉でお前は自分が救われようとしているだけでは?
それで損害や時間が戻るならいくらでも謝ろう。だが現実、過去は変わる事などない。
一度壊した物は正しい意味では直らない。壊された記憶は残り続ける。
自分の非を認めてくれるのは嬉しい。だがそれだけだ。
取返しのつかないモノはけっこうある。まぁ、小さいミスなら次しない様にしてくれれば問題ない。
でも大事な部分を踏みにじればけっして直らないモノだ。それこそ「そうかそうか、つまり君はそんな奴なんだな」と言われても仕方がない。
今回の案件はまぁ、自分という無価値なモノに対しての損害だから実質0と言われればそう。
重量を考えて乗組員を削っているだろうこの船にいる数少ない船員だと思えばきっと有能だ。
その人的価値を考えれば自分だけが不快という感情は捨て置くべきだろう。
「あの、服」
……今更か。
腰に回された腕にある服は水濡れの痕は特に見えない。でも着たいとは思えない。
これを着る事で何かのミッションをクリアできるとかあるのだろうか?
なんか頑固の虫が疼く。思い通りになりたくない気持ちが強すぎる。
この虫は結局のところ「これは後で何とか出来るだろう」という甘えから来ている。
自分が動かなくても、誰かがどうにかするし、この体なら何とか出来る。最悪どうなっても構わない。
そういう考えの甘さが敷いたレールを壊し、今この現状を招いている。
本能は断れといい、理性は我慢して受け入れろという。
どっちの道が正しいかと思うと今回は理性だろう。本能は我がままで言っている気がする。
そもそも受け入れたところで俺に害を与える事など出来ない。
「自分で着る」
服を手で引っ張るとその腕からするりと抜けた。
そういえば引っ張ったら抵抗されて壊れるかもと思って、触る事すらしてなかったなと今更思う。
広げてみたら中から下着が落ちた。可愛らしい幼い子供用の下着である。
……。これを自分の意思で穿くって考えるとすごくキツいな……。
赤ちゃんの時に穿かされるのはしょうがないだろう。赤ちゃんなんだから。
だが自分で動ける様になってからこれをと思うと心の内側のおっさんがすごくダメージを受ける。
しかもゴーレムだから成長しない以上、ずっとこれを穿く事になるのだろう?
なんかそれだけでもう死にたくないか? 俺は今なんかすごく死にたい。
いや、もう穿かなくてもいいのでは? そうだよ。石像はフルチンじゃないか。
「手伝う……?」
とりあえず服を着よう。広げた形状的に貫頭衣だろう。
適当に被れば着られるな。馬鹿力で破らない様に気をつけよう。
腕を通す時とかがけっこうきつそうだ。
小さい子だからカッチリした服はまぁ似合わないし、貫頭衣がいい感じなのだろう。
Tシャツとかだとなんか嫌だが、なんか色合いも相まってこれはなんか縄文感がする。
古の神秘的な少女風の何かになっている気がする。中身おっさんだが。中身はおっさんだが。
いや、イメージ戦略は大事だ。世の中、女の子のアイコンのおじさんなんか多いし。
おっさんがガード下で飲んだくれてぶつくさ言っているよりも、テレビの向こうできれいな女の子が話している方がまだ聞いていたいだろう。
ただまぁ、探偵系のゲームならガード下一択だな。落ちぶれた関係者が出てくる気がする。
「大丈夫だ。問題ない」






