265、度しがたい……度しがたい……
「あなたは変態なんですね」
とりあえず侮蔑の視線と共に出来るだけ冷たい言葉を吐き出した。
サディスティックにならないといけない。嗜虐的に。
それが結局のところ、彼女が望むところなのだろう。分からないけど。
どこの誰が言ってたか忘れたけれど、SMのSはサービスのSなのだとか。
痛めつける事だけを考えるとただ痛いだけでMの人には気持ちよくないらしい。
自称Sよりも、なんちゃってSの本性Mの方がプレイが上手いとかなんとか。
性知識を蓄える過程で謎に覚えてしまった知識が役に立つ機会って地味に多い。
対人において自分が分からない感情の多くがここに由来していると感じたし。
なんか言っている事が夢にヘビが出たら男性の股間の暗喩だと言っていた人みたいだな。
たしかその人のお弟子さんにも先生は何でも卑猥にしてしまうんだよなとか言われていなかったか?
俺が言っている事も全てを卑猥にしか見えないモノでしかないな。もう少し落ち着け。
そんな肉欲だけで人間は出来ているわけじゃない。そんなお花畑で生きていけるか。
「はい! 私は変態です!」
……。
ねぇ、どうしたらいいの? これ?
これは肉欲の権化じゃないかな? 叩けば直る?
会った時くらいのまともな感じに初期化できないかな?
ネネが見ているんだよ? こんないい子が見ちゃいけない顔をした姿見せるなよな?
顔面にモザイクをかけるべきじゃないかな? 地上波なら絶対に目線にノリ張られている。
だめだ。さらにいかがわしくなった。イメージしただけでいかがわしい。
あ、ネネがショックで地面に落ちた。やはり存在してはいけない代物だ。処す? 処す?
とりあえずネネがこれ以上ショックを受ける前にシャワー室に隔離しよう。
ネネの性癖が歪んでしまったら責任が持てない。本当に。本当に持てない。
「ちょっとそっちに行こうか? ここじゃ後が大変だし」
ちっちっと左の親指で後ろを指す。握りこぶしに力が入っているのがポイント。
たぶん今手の中にレンガあったら潰れているだろうね。ないから分からないのが残念。
演出効果としては欲しかった。今からでも壁をむしってやろうか? いや、壁がもったいない。
なお変態は顔を赤くしてハスハスしていました。うん。気持ち悪い。
あー。どうしよう。流れでこう行動してみたはいいが、何をすればいいか分からない。
とりあえずショックを受けているネネにはそこで待っててねと目を閉じさせる。
ここからは大人の時間だ。大人の時間になってしまった。大変申し訳ない。
いそいそとシャワー室に入っていく変態の姿になんかイラっとする。
なんかどこか嬉しそうな気配を感じるのが理由だろう。
今、ちょっと、いや大分、怒っているんだと思う。
自分が先に進みたいと思っても、相手の目先の欲求で阻害されていると感じるから。
先に進みたいとは言っても、具体的な先への進路が拓けないのもけっこう苛立ちポイント。
想像できる情報だとどうしたところで行き先が籠の鳥な分、やきもきが止まらない。
自分の苛立ちの発散のために、目先の変態に当たろうとしてしまっているのか。
相手がどれほど気持ち悪い存在だとしても、害悪になるのは俺に対してだけ。
そして俺自身は別にそれを本当は重いモノだと思っていない。相手の対象が自分だけなら。
人に悪影響を及ぼすなら、止めないといけないと思う。
だがクズの価値も感じていない自分という自意識に対して防衛をとなると疑問符が立つ。
体自体もほんとはどうでもいいだろう。元は土くれの塊のはずだし。
考えたら怒る理由ないんだな。俺の葛藤なんて、変態は知る余地もない。
むしろ変態はこの後の予定を踏まえて、時間に余裕があるからの行動だともとれる。
その場合勝手に気が急いてる俺が悪いとすら言えるだろう。全くもって理性的ではない。
まぁ、でも服を渡してもらうために色々やらないといけないのか。これは単純に鬱だわ。
「さてあなたは今の何が悪いか分かるかな?」
シャワー室に入ってドアを閉めながら背後に向かって低く声を出し圧をかける。
パワハラ? あぁ、うん。その手はずを利用している。害悪極まりないだろう?
分かっているにしても、分からないにしても、問いかけ自体が圧になる様にしているんだ。
その時正しいだろう回答も、お気持ちでいくらでも否定できる。まじ害悪。
本当にこれでいいのだろうか? と真面目な人ほど心をざわつかせる。
なお何も考えないヤツやむちゃくちゃな狂メンタルにはこの手は通用しない。
考えた末の判断を否定するというのは心にくるモノがとても多い。
だからこそこういうのはほんと害悪。むしろ答えない、考えない方が気楽。
なお答えないとか考えないとかすると、それはそれで怒られる。
受け身にならず「お、やるか?」なケンカメンタルにするのがメンタル的には正解。
メンタル的には正解でも、社会的立ち位置的には不正解にはなる。後で大変。
相手の弱みを知っているとか、自分を切るに切れないとか、そういうアドバンテージを稼いだ上で、反撃すべし。なお俺は保障しない。
「わかりません!」
……。あ、こいつ、怒られるために何も考えなかった。
思わず後ろを見るとなんか服を脱いで正座してた。挙手してた。俺はこめかみを揉んだ。
度しがたい変態だな。
え、何? なんでそんなうずうずした表情をしているの?
どうして恍惚の表情を既に浮かべているの?
もう俺には何も分からないよ? あと服を着てくれる?
この後俺はどうするのが正解だろうか?
状況に触れる? いや、それは良くない。
怒る? そもそも人に対して怒るってどうやればいいんだろうか?
帰る? それがいい。そうしよう。変態に付き合っていられるか!
そうだ。服だ。服はどこかにあるはずだ。
今、服を抱え込んでいないのだから、壊してしまう心配はない。
帰ろう。お家に帰ろう。お家なんてどこにもないけど。
うわぁ……。めっちゃキラキラした顔で見てくるなぁ……。
服は……。足の下かよ! おい! どうしてくれるんだよ! 濡れるだろ!
濡れているよね? まぁ、ちょっと濡れててもこの身は風邪など引かないけど!
「問題です。今、私が1番欲しいものは何でしょうか?」
マンガだったらこめかみにある血管が浮き出ているな。
もしかしたら破裂しているかもしれない。キレ散らかしてる。
ムチとか持ってたら床をペシペシ叩いていた事だろう。
というかこの人に関してはイレギュラーもイレギュラー。
その盛り合わせじゃないだろうか? そんな感覚がすごいあるぞ。
幼稚園の時のリラちゃんなのだろう? この人? 意味が分からない。
何がどうしてこんな変態になったのだろう? 原因は一緒にいたリク君か?
リク君はどんな人になったんだ? パッと見だと微笑みマスターだったんだが?
人に気を遣って、物事の全てを手のひらで転がす様な、予定調和させるタイプかもしれない。
そうだとしたらイレギュラーな事態に餓えるのだろうか?
「わかりません!」
予定調和の結果、異常な成果をあげるだろう事はこの飛行船からして軽く予想がつく。
他の場所に行くよりも、着いていった方が変わった世界が見えるのは間違いないだろう。
魔物との戦闘はあれど、対人の騒乱は少ないと思う。
つまり安全圏で異常事態を見る事に慣れている可能性が高い。
普通のモノに対しての興味が薄れて、異常なモノに対してしか興奮出来なくなった?
可能性がある。二次元の刺激に慣れて、三次元が色あせて見える人は現実にいた。
欲求に最適化した結果、自分の欲しい刺激をそこからしか得られなくなった類いだ。
この変態もその類いだと思うと理解が出来るかもしれない。
少なくとも雌雄のない人型個体、見た目は幼い、中身はおじさん、そんなのに怒られる展開など、日常にあるわけなどない。
自分の知らない異常に対して、異様な興味を抱き、周囲の見境などなくす程に興奮しているとしたら少しは理解が出来るかもしれない。
ただまぁ、そんな興奮するべき状況だったとしてもだ。
そう目をキラキラさせるな! 泣くぞ! 俺が! もう泣きたい!






