263、聖歌を歌おう
「彼方におわせし我らが土の神よ」
歌。歌とは面白いモノである。
古代から何かしらの歌が人類にはあった。いや、人類だけじゃない。
鳥やサル、狼や犬、虫にも、それぞれの歌がある。
「力なき我らが今持つ力は」
歌。それは音だ。沈黙していれば居場所が分からない。
だが自分の居場所が割れようと関係なく、自分の場所と魅力を音の聞こえる範囲全体にアピールをする。
天敵がいないならまだしも、よく捕食される側がそんな行動を起こす。
「偉大なる我らが土の神から賜りしもの」
人間はまだ分かる。多様な声で密な情報伝達を行うのだから。
だが虫などはどうだ? 別にカイコとかアリとかの様にフォルモンを使ってコミュニケーションを取る選択肢だって十分あったはずだ。
簡易な情報で位置情報を特定したらゴクラクチョウやハチみたいに踊ったりしても良さそうだ。音はださなくても十分アピールは出来たはずなんだ。
「信ずれば応えてくれし偉大なる我らが土の神の力」
にしても意外と覚えているもんだな。
とりあえず自己卑下しつつ土の神様を称えているみたいな歌だと思ってたからだろうか?
ストーリー性があるとそこから関連する語句が口から出てくる気がする。
「数多の苦難を大きな力に変えて」
歌というモノはアクセントとか言葉とかを覚えるのにも便利なんだろうな。
音や体験という形で記憶に刻み込みやすいから。
変わった体験というか、特定環境でというのも大きそうだ。
「数多の試練を乗り越える力へと」
覚えやすい条件が揃っているからスルスルと出てくるのかもしれない。
このリズムの曲をこの世界ではこの曲しか知らないというのも大きいかもしれない。
最後に聞いた音楽もこれだったからというのも大きそうだ。
「力なき我らを尊き土の神は憐み」
それに感情豊かに歌い上げるカナさんの姿はけっこう印象深かったな。
ちゃんと人が歌っているのを見る事は少なかった。
前世でもライブとか行かないヤツだったし。色々足りていないから。
「力なき我らに偉大なる力を与え給うた」
まぁ、でも行ってもその場では感動しても、ハマる事はなかっただろうな。
自分の中で完結してしまっているから。それを活かせない。思いを発露させられない。
オタ活とかやっている人の楽しそうな振舞いに憧れを抱いても、その熱を持てなかった。
「「今我ら生きているのは偉大なる土の神の御恩情」」
あ、のってきた。
「「哀れな我らは尊き土の神の御恩情に縋るのみ」」
いい声で歌う。
「「力なき我らが返せるのは感謝の心」」
涙はもう見えない。ちょっと腫れた目が赤い。
悲しみの色や恐れの色などは大分薄れたというか。
しかしこう見るとなんで泣いていたのかが分からなくなる。
「「歌い上げよう感謝の心」」
それと歌っていてなんだが、木の神様を垣間見た分、そこまでの敬意を土の神様に抱けない。
話した感じからして土の神様って下手したら神様達が作ったゴーレムの可能性すら覚えている。
その土の神様がどこに行ったか。それもよく分からないよな。いや、考えたらヤバいな。
「「我らが偉大なる土の神に」」
土の神様って聖書でいうアダムのポジションだったらどうなる?
最初の土の神様が神様が作った人間の原型だとしたら?
ゴーレムは人が作った人間の原型になってしまうのではないだろうか?
「「「力なき我らが出来る最大の感謝を」」」
ロボットが人間の代用になるか問題と同じか。
ただ魔力に限りがある以上、ゴーレムが人間の上位種となる事はあり得ない。
産生できる人間がいなければ増える事が出来ないゴーレムは機械に劣るだろう。
「「「偉大なる土の神よ! 我らが尊き土の神よ!」」」
魔力の供給を魔物からにすればしばらくは活動出来るかもしれない。
だがどうしたところで増える事は出来ない。それが種族としての最大の欠点だろう。
いくら個体として強かったところで、その個体が生き続けられる保証はどこにもないんだ。
「「「我ら最大の感謝を捧げん!」」」
知っているところまでは歌い切った。ここから先は知らん。2番、3番言われても分からない。
さっちゃんの後の創作だと言われる4番どころか3番だって地味に知らない。
アニメの歌もカラオケとか行って初めて2番の存在を知るとかよくある。いや、うん。関係ない。
とりあえずこの人が落ち着いた雰囲気があるし、少しは話せる様になっただろうか?
しかしどう話せば怖がらせないだろうか? 分かりやすいところから踏み込むべきか?
あとしれっと歌にネネが混ざってたわ。だがたぶん俺よりも自然に緊張を解してくれると思う。
というかなんでこういう事態に陥っているんだろう?
この人が泣いているのが最大の問題なんだよな。
なんで泣いているか、実際のところが分からないのも大きいな。
「落ち着いた? 怖くないよ」
そして追われている時は威嚇が多くなる癖に、自分が追い詰める側に回ると気が大きくなるヤツ。
ネコかな? ネコな気がする。キュウリをヘビかなんかに誤認してビビるけど、ネズミのおもちゃは追い掛け回す様な。
自分が主体的に振舞えるのであれば好奇心の暴虐が始まる感じ。
どう考えても酷い。性根が歪んでいると言えるだろう。
こういう部分に気づいているから余計に自分に対し善良なと形容する事を許せない。
自分が乗り気な時だけ相手に干渉しようとするヤツ。そこが何とも憎らしい。
どしんと腰を据えて何でもこいと、横綱相撲をしてみろよ。
卑怯者の振舞いしか出来ないヤツに信用も何もないんだ。
そこに居続ける事すらも出来ないヤツに何かを頼む気は起きない。
しかし何も話さないな。ただきょとんとした顔でどことなく何か焦っている様な雰囲気を感じる。
俺にはこの人がよく分からない。いや、分かる人がそもそもいない癖に何を言っているんだ?
いや、もしかしてこの人、俺と同じタイプで頭の中で色々完結しちゃってしまうヤツか?
何も話をしていないのに、何か解決した風な顔を急にし始めている。
さっきまで泣いていた癖に、一体全体何なんだ? 本当に分からないぞ。
……傍目から見たら俺もこういう人に見えているんじゃないだろうか?
高確率でそうだな。
相手の頭の中で俺はどういう風に扱われているのだろうか?
恐怖の象徴を目にした様な絶望感をさっきまで顔にしていたのに一気にユルくなったんだよな。
どう解釈されたのだろう? 分からない。
俺は恐れを基準に推測しがちだ。こういう風に思われているかもしれないとか。
俺の場合はその恐れの先を考えて、自分の進みたくない道を想像してしまう。
彼女の場合はどうなんだろうか? 何を基準に推測や類推するのだろうか?
妄想たくましい人というと、同人作家先生を思い浮かべてしまう。
あれもある意味で俺と同じなのだろう。俺はマイナス方向の思考に陥りがちだが。
1つの事象から、その先を考えるという意味ではきっと同じタイプ。
こうやって考えると別に俺みたいなタイプは何も珍しくない気がする。
口には出さないだけで、言葉にはならないだけで、色々思考が飛んでいる人は少なからずいそうだ。
目の前のこの彼女にしてもそうなのだろう。たぶん。きっと。めいびー。
なんか違う気がしてきた。
あと無言で微笑みだされて、この人の事が分からなさすぎて、むしろ俺が泣きたくなってきた。
なんでこんな特殊な人とコミュニケーションを取ろうと俺は頑張っているんだろう?
俺、ただ服が欲しいだけなんだけどなぁ……。
「お姉さん! 服! シロに服を渡して!」
ネネ! ナイス!
いや、うん、ほんと! 俺、もうこのお姉さんと会話出来る自信がないんだ!






