255、お風呂場へ
吊られていた。
空中輸送されていた。
意味が分からない。
いや、うん。泥に塗れた足で艦内を歩くのは嫌だよね。
抱き上げられるのは俺が嫌だ。
腰にはまだネネの足もといワイヤーがついていた。
というかやっぱりネネの飛行能力がおかしくないか? 外でも思ったんだが、中でもだと?
なんでその翼長で子供サイズとは人を持ちあげて浮かび上がれるんだ? しかも狭い空間でだ。
そしてそんな動きをしている羽なら周囲に与える被害も大きいはずなのに被害がない。
魔法は便利過ぎないか? 物理法則どうやって無視した? 意味が分からない。
「そんな恰好させちゃってごめんね」
どこぞの人型兵器が運ばれるかの様な体勢だもんな。
生身の肉体なら体重でワイヤーが肉に食い込んで痛いだろう。
下手したらワイヤーで腕が落ちるのでは? ゴーレムだから大丈夫だけど。
この泥、消臭剤で抑え込んでいるけど、むちゃくちゃ汚いし臭い。
色々な意味で人体に触れさせてはいけない気がする。
なんか直近の記憶がたいてい臭い汚い辛いの三拍子だわ。ここが地獄か?
陰鬱な事を考えても仕方がないと思ったが、先の見通しを建てるのに情報が足りなさすぎて辛い。
どんだけだよ。将来予想図がまるで立たないんだが。俺は一体何をすればまともに生きられるんだ?
現状のまま、リク君の元で過ごし続けたら、飼い殺しルートになってしまうだろう。
それはとても嫌だ。もっと行動をとりたい。何かをしたい。思いつかないけど。
「大丈夫だ、問題ない」
何が問題ないだ。問題だらけだ、バカ。実際問題この後どうするかなんだよな。
何も考えないのならそれは状況の流れるまま、飼い殺しになるしかない。
しかしそれは嫌なんだ。心が死ねる。本当に動けなくなる。
しかし結局のところ、人付き合いが上手くいく未来が見えないのが最大の難点。
ぶっちゃけ大自然に溶け込んで、クマとかと戯れて生きていきたい。魚と泳ぎたい。
それが出来たら苦労しないんだけど、なんでこんな縛りプレイをしているんだろうか?
研究事業をというのが一番いい考えなのだろうが、ここの科学は既に大分発展している。
俺が手を伸ばしても、どこまで手が届くのだろう? 現代社会でだって学問の権威と言われる人が数十年近くキャリアをつんでいるもんだ。
勉強というのはそれらをこう手っ取り早く手中に収めるモノだ。
「もう少しでお風呂だよ」
世界に必ず正しいと言えるモノは少ない。
人が定義しているモノで確実にどこで誰が計算しても、計算ミスをしない限り同じ結果を示すのは数学くらいなんじゃないだろうか?
他は何度も観測して、これが正しいんじゃないかと推測を繰り返し、ニアリーイコールを探している。
イコールを見つけられるのが一番だが、そういう真理と呼ばれるのは導けたら苦労しない。
真理だと思っていても、観測の結果違うと分かる事が本当によくある。
自分の理解できる範囲で、起こる事象を利用して、物事を組み立てるのが結局いいのだろう。
これで動くからこの考え方の通りにとりあえず計算する。というものでしかない。
誤差があるとしてもそれが極小で許容範囲内であれば設計に問題はないみたいな話だ。
大まかな数字があっていればとりあえずはそれを少し上回る程度用意しておけば動くみたいな話。
真理の探究はナノ単位でずらしてはいけない最先端でこそ光れど、日曜大工には必要ない。
原子だとか物質の最小構成単位が分かれば、それの法則を理解すれば、草をコネコネしなくても薬が作れる様になる。
どれが薬効成分であり、どういう風に作用するから、表面的な効果がこうなる。細かく見れば見る程新しいアプローチが見つかり、昔では作れなかった薬が作れる様になる。
火傷にアロエの汁を塗る様な民間療法は技術もへったくれもない。そういうお婆ちゃんの知恵袋には理解がいらない。
「着いたよー? トリップしてないで戻っておいで」
……。考え事をしていると目があっち向いていたりするのだろうか?
向いているんだろうな。気が付くとむっちゃ目の前で笑っているし。
なんでこんなに近いの? いや、怖いんだが。
怖いという感情が理解しにくいが、分からないのがたぶん一番怖いに近いんだろうな。
自分の身に何か予想も出来ない事が起きるかもしれない。分かる事ならそんなに怖くないかも?
何か分からない。何か分からないから対策も打てない。身構えられないのが怖いのだろう。
四六時中どっかに意識を飛ばしておいて、何を身構えるというのだろうか。
体が傷つかない事に油断とかしていないか? すぐに死ぬ事はないと思っていないか?
もっと油断せずに生きろよ。いや、むしろ実は安心しているのか? その可能性ある?
「戻るも何もないのだが」
何誤魔化しているんだよ。実は安心していたかもしれないなんて嫌だったか?
けっこう離れて長いのに、まだ自分と同一存在かもしれないとか、敵にはならないとか思ってないか?
そういう部分を油断とは言わずに、何を油断だと言うんだよ。
時が止まっているんじゃないか? リク君をあの頃のままだと内心思っていないか?
お前の中では1月も経っていないかもしれないが、既に時は10年近く経っているのだぞ。
あの時の子供が、もう立派な青年なんだ。なんで同じ存在だと思えるんだ? バカか?
惰弱。そうやって甘えている癖に、甘えていないフリをする。
相手の寛容さに甘えて、バカをしている。それで何になる?
ゴミクズを養うヤツなどいない。人間になりたいと思うのならもっとしゃんとしろ。
「うん、そっか。じゃあ、後はネネお願いね」
リク君は笑う。にっこりと優しく微笑む。別れる時に泣いていた子がだ。
面影はある。でも相応に成長している様にも見える。俺とは違って。
あの時も、いや、前世の頃からも、俺は何も変わっていないのだろう。
変わらないといけないと焦りながら結局何1つ踏み出せ切れていない。
嫌だ嫌だと言うのは楽だ。これが怖いというのも楽だ。そうした結果が現状だ。
こうはなりたくないと言って、こうなりたいは言えていない。
いや、出来もしない事しか言っていないの間違いか。
逃避先をいくら上げたところで、そうはなれないのだから言う意味がないのに。
もっと前向きにやるべき事を、向くべき方向性を考えろ。
「ねぇ、シロー! 一緒にお風呂に入るのは初めてだね!」
……。うん、そうだねは流石に可哀想だ。しかし何をネネに言えばいいんだろう?
分からない。知りたい情報とかあるのだろうか? いや、ない。
ないというか分からない。自分の先行きにしか興味を持っていなかった弊害だな。
この子に俺はどうやって顔を向ければいいんだろうか?
俺はこの子に強い苦手意識を持っている気がする。
悪い意味での自分を見ている気がするんだ。変わらない自分というモノを。
それがいい事であるわけがない。そもそもこの子の方が余程しっかり現状に適応している。
そしてこの子の方がよりしっかり生きている。自分の事をしっかり分かっているんだろう。
それでどこに俺が上回る要素がある? ないだろう。なんで若干見下すような心持になんだ?
見下されるのは俺の方だろう。何も出来ていない俺が何を語ろうというんだ。
「ネネは他の人と入った事あるんだ?」






