254、リク君の微笑み
「あー。リラさんの事? 大丈夫。何もしてないよ」
何もしていないという答えって、あとで何かするっていう意味に聞こえてしょうがないだろ。
何かする気があったとも言えるだろう。いや、まぁ、多少の処分は仕方がないのか?
だけど俺が原因でどうにかなってしまうのは非常に嫌だ。悪いのは俺だけで十分なんだ。
しかしどうしたところで、事件を外から見れば「迫られて逃げられた」になってしまう。
実情ただ過剰に危機意識を強めている俺が原因なのだから、施術者に罪を問うべきではないと思う。
犬が取り押さえられる事を拒否して、病院から飛び出した様なもんなんだ。
しかもこの犬が大分ナイーブだし、見た目はともかく内情クマを取り押さえる様なモノ。
これを1人でやれといい、失敗して逃げられたからといって、担当者を罰するのはいただけない。
まともに言葉を交わせない癖に、力ばっかりは強い犬だ。担当者よりも犬が悪い。
「そのまま何もしないでいいよ」
本当に何もしないで。いや、仕事はちゃんとあげて!
閑職送りとかされたら病むからな! 俺が悪いのに何故彼女が罰を受けるんだろう的な!
これはやさしいというよりも、ただこれ以上自分を嫌悪するモノを増やしたくないだけだ!
自分を嫌いたくない癖に嫌いな行動を取らない様にしているのに、なんでこう俺が悪いって思うのか。
ちゃんとした行動を意識しているはずなんだ。何かおかしい行動をしない様にしているはずなんだ。
だがしかし考えて行動する程に、俺でなければもっと正しい行動が出来たのでは? と思う。
考えた行動が間違っているのなら、考えずに行動すればいい?
それが出来たら苦労しない。それが出来るならこんな事態に陥らない。
俺でなければいい人生を送れる要素が無数ある。やはり俺が悪いのだ。
「そっか。やっぱり優しいんだね」
とりあえずそのアルカイックスマイルはやめい! 判断に困る!
いや、ほんと何を考えているんだよ。分かんないよ! 俺にどうしろっていうんだ!
何かをして欲しいとは考えていないな、たぶん。これはきっと。
やって欲しくてみているんじゃない。
これはたぶん犬とか珍しい動物のペットを見る目だろう。
それが珍妙な行動をとればそれは可愛いと思う。たぶんそういう視線だ。
だがしかし俺はそういう事を求めていない。
いや、そもそも俺が何かを誰かに求めているだろうか?
人間らしい扱い? それはいったいどういうモノだ? わからない。
「俺は優しくない」
自己中だ。自分が傷つきたくないだけだ。体はぶっちゃけどうでもいい。内側が辛くなる。
自分という壊れたモノが原因で周囲が壊れるのが嫌だ。自分が壊れているのはしょうがない。
俺の基準で壊れていないモノ。俺にとっては手の届かないモノだ。憧れは憧れのままでいて欲しい。
これは自己防衛だ。心の弱い俺は自分が原因の破滅に耐えられない。いや、耐えてしまうだろう。
ドミノ倒しで始めの1枚を倒すのが怖いだけ。倒してしまったらどうしようもないから見守る。
ドミノ倒しが始まったら巻き込まれない場所に立って、展開を見守りたくなるだろうか?
いや、ドミノ倒しは綺麗だから見たいモノだが、阿鼻叫喚の地獄絵図は自分が元凶だと見たくないだろうな。見ず知らずの他の人のなら野次馬するかもしれない。ゲスだな。
とにもかくにも俺は優しいわけがない。人でなしが人のフリをして、紛れ込もうとしているだけだ。
ほんと俺はどこにもいる事が出来ない、ただの人の形をした何かだ。
あー、そうだな。男でも女でもない、大人にもなれない、ただの人形。
ある意味この姿は俺自身で何も間違えがないのかもしれない。
「シロは優しいよ」
頭で反射的に否定するのも疲れてきた。たぶんいくら否定しても意味がない事をちゃんと理解した。
どんなに否定しようが、ぱっと見の行動が優しく見えるのはしょうがない。
いくら優しいという事象が俺自身とかけ離れているか、自分自身に力説しても意味がない。
まぁ、受け入れる事も出来ないのだけど。
拒絶反応が強すぎる。なんでこんなにも優しいと言われるのが嫌なのか。
自分を悪だと思わないと現状を受け入れられないからか?
いくら自分で悪だと思おうが、悪か正義か、それは立ち位置が変わればいくらでも移ろうというのに。
「俺が優しいかどうかなんてどうでもいい。とりあえず変な害は与えないでくれ」
勝てば官軍負ければ賊軍。一般人からしたら正義の警察も、食うに困るスラム街では悪になる。
何も悪い事をしていなくても裕福な人はそれだけで妬まれ悪い事をしているんじゃないかと疑われる。
俺が俺を悪だと思うのは俺が自分自身を認めないからってだけだ。ただの自己嫌悪だ。
自己嫌悪だと分かっていても、それが受け入れる事が出来ないという事には変わりないか。
本当に俺という存在は面倒だ。俺の存在を書き換えたら絶対いい方向に進む。
考えれば考える程に壊れた道を歩いてしまうんだから。
いや、違うな。意識してモノを見すぎるから、道に出来た些細な傷やヒビが気になるのかもしれない。
この道を行けばこういう風に転げ落ちるかもしれないって、落ちた先ばかり見ているんだ。
他の人はそんなヒビや些細な傷で落ちない、どうとでもなると思うからその道を歩ける。
外れた道を正道だと思い、勝手に落ちていったのが俺の今の現状じゃないだろうか?
「うん、分かったよ」
むっちゃニコニコしていやがる。ダメだ。ムダにケンカ腰になっている。
いや、ほんとどうしろと? とりあえずお風呂入り直したい。ちゃんとした服を着たい。
別にケンカしたいわけじゃないんだ。あぁ、でも何を考えているか分からなすぎて苛立つ。
何でも出来る立ち位置だからだろうか? 自分だったらと考えてしまうからだろうか?
あの体がお前のモノだったのは遠い昔の事だろうが。いつまで自分のモノ面しやがる。
リク君はリク君だ。あの体は俺じゃない。都合がいい状態の時だけ自分のモノ面するな。
自分だと思えるモノに対して嫉妬し、少しでも理解出来そうと思ったモノに我が物顔をする。
そんな醜いところがある自分が嫌いだ。大嫌いだ。自己境界が曖昧になっているのでは?
いや、自己と他者との境界は曖昧な方が人間らしいのか? だがリク君は俺じゃない。
「お風呂。お風呂に行きたい。案内してくれ」
偉そうだな。ちくしょう。お前は何様だ。このバカモノが。もっと他者を尊重しやがれ。
他者を尊重? いやするべき事が違うんじゃないか? ムダなツンデレ仕草を壊す必要があるんだろ。
この姿だからマシだが中身を考えろ。おっさんがツンデレして誰の得だ? むしろ損だ。
自他との境界。親子関係が特に頭を過ぎるな。
小さい頃から育てていて、自分の考えのままに行動を制限させてきた。
そうしたら自分の思うままの存在になると信じた。
自分がした失敗を、自分がした成功を、都合のいいところだけ同じ轍を行かせたい。
だがしかし結論を言えばそれはムリな話だ。子供はあなたじゃない。俺じゃない。
その魂が、その思考が、その環境が、どんなに似ている部分があろうと違うモノへと変えていく。
「いいよ」
人はそうだとしてもよく相手に自己投影し、信用や信頼といった行動をする。
それがどれ程言葉では違うと言われても、長い時間を過ごす程に、相手に自分しかいないと思う程に。
依存。相手の存在に、自分が支えているという思いがある程に、自他の境界線を曖昧にする。
そこに救いはない。未来はない。完結した世界を作ろうとしてしまう。
こうやって分かった様な口を叩いても結局何も理解しようとしていない俺では意味がない。
信用も信頼もあったもんじゃない癖に俺は何を言っているんだろう。
リク君のこの微笑みを悪い意味でしか捉えられない段階で終わっているんだよ。
単純に考える事も出来ない。後ろ暗い事があるんじゃないかとか思ってしまう。
後ろ暗いのは誰だよ。俺だよ。バカ。
「案内して欲しい」






