251、脱出成功……
軽く足を弛める。高く行き過ぎても問題はない。むしろ低すぎて群衆の中に飛び込む方がヤバい。
消臭剤のせいで足元が酷くぬかるんでいる。足の指の間を泥が抜けて気持ちが悪い。
踏み込みが甘いとコケる。強すぎると足の形で地面を抉るだけになるだろう。加減しないといけない。
「死にたくないなら近づくな」
でも実際ここはどの程度の集落だろう? そこそこ大きい気がする。
だとしても数百人単位で暮らせる程の集落だろうか?
原始的な村落に近いなら食料の生産数を考えても数十人も暮らせたら大きい方だろう。
いや、農耕民族じゃないんだ。村落を大きくするメリットが少ない。
もちろん獲物の解体などを考えれば大きいに越した事はないだろう。
だがそれ以上に守らないといけない場所が大きくなる事のデメリットが大きい。
地下? 貯蔵庫とかそういう方面なら大分あり得るかもしれない。
魔物は食料を必要とするだろうか? 形が似ている以上すると考えた方が適切か?
本質的には必要としなくても、行動を模していてとりあえず食べるとかあり得るかも?
「なぁ、せめてその服を着てくれよ」
地下に食料を集めても地下から魔物に襲撃されるなら安全とは言えないだろう。
そして魔物から襲撃を防げる様な建材をここの文明度からして用意できるとは思えない。
いや、生き残っている以上、存在してもおかしくないのか?
あぁ、もう壁の厚さが想定出来ない!
学校のクラス1つ分だいたい30人でもわちゃわちゃしてたら厚さ10mくらいになるよな?
とりあえず100m飛べばいいのか? どんな跳躍だよ、バカ!
大縄の縄みたいな楕円は目の前の人との距離や角度的にきつい。
跳躍の頂点をもっと上げないと重力に負けて落ちる。
空中2段蹴りとか出来ないかな? もしくは空中遊泳。腕を勢いよく振ってジェット推進とか。
「こんな臭い服を着られるか!」
どんなに考えても仕方がないか。
足の接地面は多めに。点に近くなる程土台を崩すからきつい。
少し前傾にした垂直跳びでいけばいいか。
土の圧縮……。そうだな、足元を少し強めに地ならしをしておこう。
体重がないから大した効果がないだろうが、気休め程度にはなるだろう。
体重がないから地盤への負担を減らせてよかった。
もしこれが大人の体だったらさらに脱出が困難だっただろう。
いや、成人男性だったらそもそもここまで苦労をしていないか。
どこを歩いていても問題ないし、働くのにも障害が少ないからな。
「臭くても裸よりかはマシだ!」
少し臭い程度なら考えたわ! 嗅いだだけで吐き気が止まらないのはもはや凶器だわ!
いや、少し臭いは考えたか? 体臭のついた服だぞ? なんかやだわ。
人の服ってそれだけでけっこうアウトな気がする。これは潔癖症か? なんかそんな気がする。
男の服だとたぶんそれだけでダメそうな気がする。犬とか猫なら大丈夫だな。
自分の臭いもほとんどない人だった分、変な臭いそのものが苦手だった気もする。
人の近くに寄る事も避けがちだったから、自然の匂いに親しんでも人の臭いや化学臭というかあの臭いが割かしダメだった。だったじゃない、今もダメだわ。
自分の口から出ている消臭剤の臭いもきついって感じるし。
三つ子の魂百まで。幼い頃に慣れ親しまないモノは馴染みにくいんだろうな。
俺の場合、それが人間という事だろう。自然こそが我が親であると言いたいのかもしれない。
俺にも人間の親がいたはずなのに。どんだけ俺の頭が狂っていたのか。生まれたのが間違いだった。
「まぁ、そう言わずにな?」
もう、これくらいでいいか? 足元はこれくらい踏み固めれば問題ない?
下手に足を動かすと泥と化しちゃうし、これ以上はムリか。
雲を目指すつもりで跳ねようか。雲に届くまで地面を蹴った場合地盤が崩壊しそうだな。
まぁ、あったとしても足場が足の形に圧縮されるくらいだろう。
いや、圧力がかかっても陥没はないよな? 熱とかかけながら圧縮してようやく宝石が出来るんだ。
瞬間的にどんな莫大な力がかかったとしても分子成形の時間がないし、土が横にずれるだけだ。
最悪のパターンは跳ねようとしたら跳ねる暇もなく足場が崩れ地面から生える事だろう。
さすがにこれはないな。そうだったらビーチバレーの人が砂浜でスマッシュを打てない。
足元が崩れようが跳ねる事自体は問題ないはず。
「いやだ」
蹴る。
滑った。
にゅるって滑った。
滑った。
こけた。
「……」
リテイク。
リテイク!
リテイク!!!
「大丈夫か?」
大丈夫。こけた結果、足元は泥じゃなくなった。
体が泥まみれになったけど、それは些細な事だ。
何も問題ない。何も問題ない。問題ないんだ。
そう。泥まみれになった事で肌色面積は減った!!!
これで俺は純粋に裸をさらしているわけではなくなった!!!
俺は何も間違えていない!!! これで恥ずかしくなくなったんだ!!!
恥ずかしいわ!!! 臭いわ!!!
この泥、臭いがおかしくなっているヤツだわ!!!
消臭剤が混じった事でマシになっているかもしれないけど汚い泥だわ!!!
「あぁ、うん。君は強い子だ」
泣く子をなだめる兄さんか!!!
俺はもう行くんだ!!!
そう行くんだ!!! レッツゴー!!!
ほら俺は空を飛べる!!!
っていうかやけくそキックしたらマジで飛んでる!!!
……。
考える程に失敗する気がするのは何でだろうね。
あのさ、俺、たぶんゲームマスターに嫌われていると思うんだ。
だってこんなにさ、訳分からない目に遭うんだよ? ちょっと理解が出来ないよ?
少なくとも運命の神様にさ、弄ばれていると思うんだ。
普通の転生者というか、主人公として描かれる転生者なら、少なくとも多少はいい目があると思う。
でも俺はどうなんだ? おかしいだろ! どこの世界に空を裸で飛ぶ子供がいる?!
しかも何か魔法の力で飛ぶならまだしも物理だぞ? 物理! 意味が分からない!
俺、もうあの地底湖とかで生きようかなって思うんだ。
そしたらさ、人間とは関わらないで生きられるし、心穏やかに生きられる気がするんだ。
ねぇ、どう思う?
「シロだ! シロがいた!」
……。
……。
声に出していたのだろうか? 出していないよな? ねぇ、なんでそこにいるのかな?
ねぇ、ネネ?
「久しぶりだね……」
なんでどうしてこうピンポイントで見つかるんだ? 意味が分からない。
いやまぁ、落下地点直上に飛行船があるのは当然と言えば当然か。
飛行船だし、移動速度は低いし、浮力を下げていけば降下も出来るよな。
飛び上がったら飛行船の下に出るのはある意味当然なのかもしれない。
いや、ねぇよ! どんな確率だよ! 普通多少移動して探すのが困難になっているもんだろ!
どこかに発信機とか着けられていたりしない? 流石に裸だしムリだろ?
どうするんだよ! バカ!
「シロ! もう離れたくないよ!」
ネネ。どうしてそんな思いを抱くんだ? わからない。
俺はネネとそんなにたくさんの思い出を作っただろうか?
分からない……。






