241、リラ
むっちゃくちゃお腹撫でられた。意識しない様にすればと思ったが厳しかった。
下手に羞恥に任せて力を込めたら化け物の生肉すら引きちぎれるこの腕は惨劇しか起こさない。
ちゃんと動いている時間も短いから、歩く走る以外の行動だと力加減を間違える可能性があった。
歩く走るは体重に対して必要な力が分かりやすいから調整がしやすい。
力を入れすぎていたら床から飛び上がるし、ゆっくり力を入れて行けば適切な力を見つけられる。
だが腕に関してはほんと化け物退治しかしてないし、弱い力加減なんて出来る自信がない。
意図しない血やケガは見る事すら嫌だ。罪悪感で顔向けが出来なくなる。
その人だけじゃなくて、付近の人も含めて言い訳をしないといけなくなる。
言い訳する事も無視する事も結局上手く出来なくて、誰もいない所に逃げたくなる。
「おし」「やるな!」
変態の気配を感じた。腰の辺りに特に視線がいっていた気がした。
貞操観念に関して特段強いモノは持っていないと思う。子孫繁栄を願う事は生物なら当然だし。
自分の子孫を残したい、強い子孫を残したい、色々根底があった上での文化だと思う。
だがしかし下手に下ネタを許すと一気に変になる輩が多い。男女問わず大変多い。
そういう事が大丈夫な相手と思われると変な事を考える輩は境界を探してくる。
ほんと関わり方がすごく面倒くさくなる。だから嫌だ。本当に面倒くさい。
簡単に許していい場所ではないのだ。距離感がバグる人が多いから。
いくらこの身がどうなろうとどうでもいいと思っていても、わざわざ苦境に陥るつもりはない。
でもそういえば下ネタを避けると妙によそよそしい対応される事多いんだよな。それも本当面倒。
「じゃあ体を起こしてー」
下ネタは反応に困る。そもそも元の体でも性欲は大してなかったし。
あの体はそれ以前の問題が多かったからかもしれないが、そもそもそういう欲求が分からない。
アセクシャルとかが近いのかもしれない。精神に性別なし。
この体の性別に大して違和感を覚えないところもその気を感じる。
普通の精神の持ち主なのであれば体の形が精神の形と違うと気が狂いそうになるらしい。
特に性欲にそれが顕著に表れるらしいが、好き嫌いじゃなくて、その存在に違和感を覚えるというところが違い過ぎる。
俺は自分を人間と上手く定義できない。たまたま人型に生まれついただけの何かだ。
だから人が犬を性的対象に見るくらいの違和感を、俺が人に対して性欲を向ける事へ違和感を覚える。
たまたま人型に生まれついたモノだから、自分の姿形に思い入れがないとも言えるだろう。
「ふにゃっ」
何故急にブラシを使った! しかも背筋にスッて!
毛先が触るか触らないかのギリギリのラインで!
むっちゃくちゃニヤニヤしやがって!
俺もなんだよ! 今の声なんだよ! 生娘か何かかよ!
中身が三十路のおっさんなんだぞ! 変な声を出して気持ち悪いわ!
くっ……悪魔が笑いすぎて過呼吸で地面に倒れてやがる。そのまま死んどけ。
何故いきなり小道具を出してきやがった? そんなに背中が汚れているのか?
可能性はむちゃくちゃあるな。お腹側は前傾姿勢になればそこそこ汚れを避けられるし。
背中に変な虫がわいてたりしないよな? 痛みを覚えないし、傷つかないけれど汚れは弾ききれないから、表面で繁殖されてたら困るんだが!
「何か背中にヤバいモノでもついてた?」
想像したら怖くなってきた。
さすがに虫が這っていたら分かるよな?
うごうごしていたらさすがに触覚に引っかかるはず。
コケとか生えてた? 10年近く石になってたら生えてる可能性あるよな?
そういえば起きた時体がそこそこ綺麗だったけれど、起こす前に洗われたのだろうか?
服もそうだ。10年経てば経年劣化で壊れてもおかしくない。何故服が新品同然だったのか?
やばい。なんか考えてみたらきつい。
もしかして石の状態の時に全身洗われた? 誰に? もしやリク君では?
あの場所からして定期的な清掃が行われていた可能性?
露出狂か何かみたいな感じになっているじゃないか!
「ついてないよ?」
……落ち着け。きゅるんって何の事顔でふざけていてもその手でぺしぺししてはいけない。
俺にとっての軽くが、人にとっての軽くではない可能性が高い。
肉体強度の違いは体重20キロ変わるくらいで大きく変わる。
細身なバド部に大柄なラグビー部の軽い肩パンは暴力になる。
体重40キロの小柄な女性に体重60キロの非力な部類の男性でも同じ。
落ち着け。息を吐いてから吸え。高地トレーニングでの方法だったか、そんなのがあった気がする。
肺に溜まった二酸化炭素を出してから反動で吸うと効率的に酸素が摂れる。
この体に酸素効率とかあるか分からんけど。多分ないか。怪魚の腹で1日過ごして無事だったし。
「そのブラシは何?」
その白い穂先は少したわんでいて柔らかそうな感じがする。
ただ穂先の端的なイメージは鳥の羽の先端だ。すごく水とか弾きそうな色艶。
歯ブラシみたいな感じに板から生えているからブラシとしてなんとか認識できる。
確かに骨を抜いた部分の羽毛は柔らかい。
本についた埃とかを落とす時に使う羽箒を考えると理解は出来る。
あれは水につけるイメージがないというか、水を弾く羽毛の性質が湿気てほしくない本という管理物の特性に合っているんだと思われる。
でこんな水場に何故そんなブラシを用意する必要がある? 意味が分からない。
シャワーの前だったら軽く埃を落とすとか、細かい塵を集めて後の掃除を簡単にするとか分かる。
だがもう既に濡れているのだ。何故そんな状況に合わない物がここにある?
「うーん? 可愛いから?」
意味が分からない。理解が出来ない。頭が痛くなってくる。質問に答えが合っていない。
あー、うん。そうだな。俺もよくするな。これ。自分の中で一通りの筋が巡った後の結論だけ言う奴。
やられるとこんな気分になるんだ。うん、よく分かった。ちゃんと言葉は使おう。
たぶんなんか色々巡った結果、話しても良さそうなのがそこだけだった可能性が高い。
何がどうしてその結論になったかが分からないと対応の仕方にも困るのだが、これはスルーが妥当?
言葉が足りないヤツは適当な対応を選びにくいからきつい。俺が言えた事じゃないが。
「そのブラシで何がしたいのか、それを教えてくれるかな?」
一語一語しっかりと発音して、このリラという笑う女の顔を睨め上げた。
少しイラついているのかもしれない。何かが癇に障っているのだろうか?
自分に近い相手だからだろうか? 同族嫌悪? 可能性が高い。
近ければ近い程イライラするのか。本当に俺は面倒なヤツだ。
自分が分かった面をしてやっている気がするのだろうか? いや、何かが違う。
何も分かっていない癖に。こうかもしれないという仮定を置きすぎているんだ。
自分の中で話を完結させて、相手を疑い自分から出す情報を絞る。
自分の身を不必要な危険に曝さないためとはいえ、そうやって全てを敵と仮定してしまう。
身を守るためとはいえやり過ぎなのではないだろうか?
いやでもけっこう明け透けにしているところ多い気もする……。
「可愛がり?」
可愛がり。それは相撲部屋で言うところのイジメじみた厳しい稽古の事……って違うわい。
この場合のそれは猫可愛がりみたいな感じなのでは? いや、イジメの要素あるのだろうか?
俺と似た思考パターンの場合、イジメの要素は検討にあげる必要はない……と思う。
イジメって本能的なものだから避けにくい。だが理性ばかり育っているヤツには縁がない。
集団の中の異物に対しての行動は排除か尊崇か無視か。排除や無視の方向で行くとイジメになる。
またグループの中でいい位置にいたい時上下を作るか外に敵を作るかになる。
そういうグループに対し感情じゃなく理性で関わるヤツは基本中立か上、下手なヤツは敵になる。
見た感じリラという女性はそこそこ陽キャ、もといある程度自分中心の立ち回りが得意なタイプ。
サル山のボスじゃなくて、ボスの横でいい感じに立ち回っている黒い参謀タイプだろう。
俺は出来て中立。というか下手に触るな危険タイプだったので、そういう意味でも違う。
とりあえず理性で動く知識重視の思考型は行動から読み取れるモノが正しくないので面倒くさい。
質問をしても自分中心だからこちらが欲しい答えは返って来ないし、関わるだけ面倒くさい。
その癖思考して行動しているから関わらないといけなくなる場所にいる事が多くて面倒くさい。
「とりあえず今回のこれは化け物の妙な体液を落とす為にやっているんですよね?」
この隙の多い状況はとても不本意だからさっさと終わらせたい。
本当に面倒くさい。考えるべき事が増えすぎて面倒くさい。
化け物体内突入の度にこれをやる必要があるかもしれないと思うとなおさら。
魔法の使い方をちゃんと覚えられないと精神的に死ぬな。
外からなんとかする事が出来ないなら一寸法師戦法しか対応出来ないわけだし。
体内から殺すのはやめた方がいい。
「大部分は外で流したけどね」
それは必要あるのかないのか、どっちだ!? 多分必要の方だよな!?






