239、シャワータイム
更新遅れました! お待たせしました!
歩く。とりあえず歩く。会話をしようかとか思うのだけれど、上手い言葉が出てこない。
そもそも何を話せばいいか分からない。顔を見てもとにかくニコニコしているから言葉がのどに詰まる。
とりあえずお風呂への道を尋ねるとニコニコと指をさすのでそっちに進む。
歩く。歩く。とにかく歩く。後ろをリラさんがゆっくり歩いていく。
前を行ってもらった方が聞く手間がないし、隣なら何かを話せるかもしれない。
だが歩く速度をいくら遅くしても同じ速度にするし、顔を見ても笑うばかり。
正直怖い。
話しかけたら答えてくれるかもしれないけれど、何が返ってくるかがまるで予想できない。
何か変な言葉が返ってくる気もするし、普通の当たり障りのない言葉が返ってくるかもしれない。
どちらにしても感情の輪郭が分からないか、異様な感情を示すモノが出てくる気がして声がかけにくい。
話したがりというわけじゃない。ただ困るのだ。
別に俺は敵対をしたいわけじゃない。友達とは違うが、友好的な関係は築きたい。
裏で敵対したとしても、表面では仲良く出来れば、早急に対応しなければいけない案件は減る。
手は限られている。対応出来る手数が限られている以上、無用な敵対は避ける。
表立って武器を掲げるヤツは分かりやすく叩かれる。国ですらそうなんだ。個人となればなおさらだ。
敵対するとしても1対1になる様にしなければ不利になる。
口実は攻め込む際に重要だ。安全そうなヤツをぶん殴れば叩いたヤツが悪者になる。
自分が叩かれるかもしれないと思えば先手を打って潰したくなるのも必然。
裏でこんな事をしていたとか適当に信憑性がある事を宣えば自分が正義になる。
国際平和をお題目にして警察らしい行動を取っていけば単純に殴りにくい。
殴りに行けば自分が犯罪者ですと宣う様なモノ。近くの国から見れば殴りやすい国になる。
立ち位置の関係で行動は縛られるが、自分の安全を確保しやすいと思うと上手いところにいる。
その傘下もだいたい安全圏になるから表立っての行動、戦争は避けられる。
裏での争いは陰湿になるのも世の常か。
とにかく攻め込まれる口実は減らせ。表向きでもいいからとにかく付き合いは増やせ。
殴られた時に面倒くさい反応が起こる相手にわざわざケンカを売りに行くヤツは少ない。
そういう相手にケンカを売りに行くヤツはそうでないヤツに既にケンカを売っている。
付き合いが多いヤツは殴られた時、関係各所で警報が出て殴った相手との取引が減らせる。
付き合いが多いヤツ程、色んな人にいい顔をしているヤツ程、殴りにくい事はない。
話さなければいけない理由はいくらでも思いつくが、肝心の言葉は一切出てこないバグ。
いやねぇ? 分かる? 俺さ、話さないといけないの? アンダスタン?
人付き合いを増やして、敵対を避け、自分の立ち位置を固めて、自由を手に入れたいの。
組織の幹部とかボスとか目指すのはこの体になってからは何か違う気がする。人間として自分の力でどこまでいけるかは知りたくはあるんだ。
さぁ、覚悟を決めろ。
「お風呂到着したよ」
判断が遅い。話す事ができなかったのは妙な事に思考を費やすからだ。
お前が話さなかった場合、俺の身に起こる事は孤立からの吊るし上げ、逃走からの石化、石化からの封印。お前が話す事ができなかったという事はそういう事だ。
これは絶対にあってはならない最悪のシナリオであると肝に銘じろ。
そこまで行かなくても飼い殺しエンドとかもあり得るだろうな。
むしろそちら側の可能性が現状高そうだ。
犬よろしくご主人様に尻尾を振って生きろとか反吐が出る。
「はい、ばんざーい!」
……何故、俺は腕を上げて脱がされているのだろう?
「シャワーこのくらいだと熱いかな? 冷たいかな?」
リラさんが触って確かめた後、俺の手にぬるいお湯がかかった。
リラさんの手は柔らかかった。そして温かかった。
俺の頭は状況を整理できていない気がする。周辺に宇宙は広がっていないか?
「大丈夫そうだね! じゃあ、頭行くよ~」
頭頂部に柔らかく水が流れ落ちていく。
指でゆっくりと撫でられて、ゆっくりと水が頭皮に到達する。
体に着いた粘液が溶けて排水溝へと流れるのが見えた。
ゆっくりと指で梳かされ、櫛で梳かされ、髪に着いた粘液が落ちていく。
気がつくと目を細めてされるがままになっていた。
ただただ気持ちが良くて、不思議な気分に陥っていた。
「こっちに座ってね~」
うとうとしていたら身体を持ちあげられた。
美容室の洗髪用のイス? あれに構造が似ている。
普通にしていたら髪先が背中にくっついてしまうからか。
汚れ物に洗った物はつけない。洗い物の原則。
にしてもシャワー室にこういうの用意されているとかヤバいな?!
え、どういうシャワー室だよ? 意識飛ばし過ぎだわ!
あ、でも頭が気持ちいい……。指が髪の間を抜けていく軽い刺激が気持ちいい……。
意識を飛ばすな! こう微妙に相互意思疎通が出来ない感じ……俺は犬かっ!
長毛種のわんことか洗う時相手が大人しくしてくれないと大変だよな……。
いや、犬じゃないんだから自分で洗えるわ! いや、でもこの洗い方はムリか……。
「シャンプーするねぇ~。目を閉じて」
その洗い方で顔に洗剤がいくかっ! ……頭皮マッサージが気持ちいい……。
頭についたシャワーだけでは落とせなかった血脂の類が洗剤で溶け落ちていく気がする。
界面活性剤ヤバいな。水では落としにくい地肌についた油分を軟化させるんだから。
この体ってどういう性質なのだろう? 硬いわけじゃないんだろうし、自分では良く分からない。
俺が子供と大して体重差がないと想像するのは容易い。じゃなければ平然と抱え上げられない。
見た目よりも重いなら手に入る力は初期は軽くしっかり握るために力強くなるはずだし。
こうマッサージされている感じからして、皮膚も人間そっくりなのだろう。
肉の動き方も人間みたいで、それなのに溶けない壊れない砕けない。
魔力が保護しているというと便利だけど、魔力は何なんだよ。意味が分からない。
「洗い流して……うん、きれいきれい」
どうしよう、気持ちがいいのにむず痒い。
体のどこかがかゆいわけじゃない。気恥ずかしさがすごい。
ナチュラルに子供扱いされると内なる自分の「大人だ」という意識がむずがゆく思わせる。
この人は俺がリク君の前で取っていた対応を見ている以上、そこまで隠す必要はない気がする。
気がするがなんか隠した方がいい気もする。どこまで知っているかが分からない。
というか俺が乗り捨てた事になるあのタマゴどうなったんだろう? 設備長だっけ? 怒ってない?
あのタマゴ、想像すると化けモノの体と一緒に地上に落ちたはず。
化けモノがクッションになったんなら壊れていない可能性が高い。
もし途中で化けモノから落ちたなら壊れてしまっただろう。実際のところが分からない。
「お顔にかけるよー」
むずがゆい。
むずがゆい。
甘い声が超むずがゆい。
「ちょっとくすぐったいかも?」
頬を撫でる様に指が動く。シャワーのお湯と指で汚れを落としていく。
大きなカスが落ちる度にむずがゆい感覚が走る。かさぶたをむしる様な不思議な感覚。
なんかこう俺が対応に困るモノをゲーマスが押し付けて来てないか? 面貸せ! 殴るっ!
クリームみたいな、泡みたいな洗剤で顔が覆われ、鼻先から耳へ、顔の中心から外へと撫でられる。
ただ汚れを落とすだけのシャワーに行こうと思ったら、なんでエステみたいな洗顔されているんだ?
俺は今から料理されるのか? 洗いきった後、油を塗られてカラッと揚げられるのでは?
いや、たぶん体についた薬品類を落としきりたいという事だろう。
穢れを船内に落とされたら困るから適切な処理で始末できる場所で全部綺麗に洗い落としたい。
そういう意図があるはずだ。そういう意図でなければおかしい。そういう意図なんだろう?!
「はい、きれいなお顔! うん、可愛いね!」






