238、知っているかもしれない人
体がフワフワする。
一瞬? いや、一瞬じゃないな。絶対もっと長い時間意識が飛んでた。
また10年後とかになってたりするのかな? 分からないな。
魔力が減るとネガティブになるの、ある意味分かりやすい。
今俺はどこにいるのだろう?
壁の中に埋まって対魔法障壁になってたら笑う。盾でも可。
起きたら火の海とか、氷の中とかなってたら面白いな。
「あ、起きた?」
近い。
近い。
とにかく近い。顔が近い。
「おはよう」
おはようちゃうわ。俺は今どこにいるんや? 身体的距離が近すぎるんやわ。
顔の角度からしてもしや膝枕されているんちゃう? 怖いんやわ!
これなら火の海に立っていた方が良かったんや! 人間が一番怖いんや!
謎の関西人が出て来るが、俺はそもそも関西に住んだ事がない。つまりこいつは似非だ。
なんでやけに目に痛い紅白の縦じまの謎服を着ているんだろう。このあれな謎の似非関西人は。
頭の中の連中がうるさすぎる。
リク君の顔からしてそこまで時間は経っていないだろう。
というか時間はほぼ経っていないのでは? 魔力が上手く馴染んで枯渇から復帰?
その可能性が高いか? リク君の魔力だと飛行船に乗る前に大分使ったはずだし、可能性は低い。
「大丈夫?」
この体が簡単に壊れるわけがないか。
いやしかし、免疫関係をプログラミングした記憶はない。
神経の配置とかしかまともにやっていない気がする。
自己最適化が上手く仕事した?
いや、それ以前にこれは俺が一から想像したモノだとは言えないはずだ。
魔力がなんか上手い事やった結果出来上がった意味不明な機体だ。
ニーナの存在が特にそうだ。
そもそも魔力の吸収は思い描いたが、魔法の吸収になった段階で意味が分からない。
防御力の異常な高さもそうだ。魔力が全部やった事だ。
「大丈夫だ、問題ない」
やっている事が素人の陰謀論と大した変わらない推論。
それで何が為せるというのか。何にも成らない。物理の計算1つまともにやっていない。
リク君は船を手に入れた。俺は何をした? ただ移動しただけだ。
何者にも成れていない。何かを手に入れたわけでもない。
いきなり何者かに成れるわけじゃないのは分かっている。
だが俺はその段階を踏む事すら出来ていない。
「そう? じゃあ、お風呂行く?」
お風呂。
お風呂?
お風呂!
「行く!」
体を起こすとそこは知らない部屋だった。
飛行船の時の部屋に似ている。もしかして飛行船に乗っている?
不覚。なんというか不覚。弛んでいる。
というか俺もさっさと身を起こせよ? リク君の膝枕で何を考え込んでいるんだよ!
おい、悪魔! 腹抱えて笑うな! 指さすな! 天使お前もか! 全員まとめて噛むぞ!
関西人? 何だよ! サムズアップすんな! なんで意味ありげにニヤつくなよ!
そろそろこいつらが現実にいる気がしてきた。
多重人格には満たない。イマジナリーフレンドがちょうどいいレベルだと思うが。
俺は彼らには真正面からぶつかれるよな。そういう相手を欲している事の暗示かもしれない。
「後ろにいるお姉さん、リラさんと行っちゃってね」
リク君の視線の先を見ると白い軍服で胸が大きい女の人がいた。
ダークブラウンの髪色で虹彩は白い。肌は白め。何故か頭に不思議系という言葉が出てくる。
どこか既視感を覚えるが20代前半程度のとなると冬眠前であれば小さい子供だ。
分かるわけがない。リク君ですら覚醒させられる魔力量と髪色と虹彩の色で判断したんだ。
ちょっと会っただけの子供の顔を覚えているわけがない。1日に満たない時間しか会っていない。
1日以上会っているミラ先生の息子のルイ君ですら判別つく自信がない。
ただなんかすごく記憶に引っかかる。
「こんにちは。眉間にしわが寄っているけど大丈夫?」
フランク。柔和な雰囲気。何故不思議系と思ったんだろう? 分からない。
正統派な大人の女性っていう感じだ。目鼻立ちが整っているせいか大人って感じが強い。
纏っている雰囲気からして25は行っていないと思う。しっかり者の雰囲気がある。
リク君と同じ雰囲気を少なからず感じる。
具体的にいえば何を考えているか分からないところ。
しっかりしているけれど、思慮深くて行動の向こうに意図が複数ある様な。
「リクとは付き合いが長い?」
この体になってから会った人ではないだろう。
会ったとしたらリク君が3歳くらいの時の人のはず。
そうであれば付き合いが長いのは間違いない。
どういう付き合いであれば長い関係になるのだろうか?
信頼できる関係とかだろうか? ツーカーの関係?
つうと言えばかあってあれはどういう語源だったかな? つうことだ、そうかあだったかな?
「気になる?」
無茶苦茶にっこり。
あぁもうまたにっこりマスター出現か?
にっこりマスター選手権でも開かれているのか?
笑顔は動物にとって威嚇に通じるというのを知らんのか! 知らんよな!
歯をむき出しにして相手に顔を向ければ動物なら基本威嚇にしかならん!
武器をむき出しされて何故怖がらないと思う? 怖くないわけないだろ!
「別に」
チキるなよ! チキってんじゃねぇよ!
なんで顔を背けているんだよ! シチュエーションが乙女空間化しているぞ! おい!
あと悪魔笑うんじゃねぇよ! 地面叩くなよ! バンバンバンバンうるさいわ!
怖くて背けたはずなのに、別の意味で恥ずかしくなって顔が赤くなっている気がするわ!
どないしてくれよう、この始末。俺はどこの世界に迷い込んだ? 知らぬ!
とりあえずシャワーを浴びたい。体がべとべとする気がする。
「ふふふ」
なんじゃその意味深な笑いは! むっちゃニコニコしているじゃんか!
下手に言葉をかけて煽られるよりも、何も言っていない分反論もできない最低仕様じゃんか!
いやがらせか? いやがらせなのか? 楽しんでんな? 遊ばれているわ!
あー! ぽんぽん頭を叩くでない! この身が小さいのを恨む!
それもこれもあの日のリク君が悪い! 間違いない!
幼きリク君よ! お前はどうして俺をこの姿にしたんだよ!
「お風呂!」
俺の強情が原因だし、なってしまったのもしょうがないよなぁ。
しかしあのタイミングでないと出られなかったし、リク君が歪むと思ったし。
というかやっぱ俺のせいで歪んだよな? どう考えても精神性が歪な気がする。
どう考えても20代とか下手したら10代の顔つきじゃないし!
そういえばまだ年齢も聞いていない俺のバカ! 年齢聞いても特に意味ないけどさ!
年齢で精神性を測ろうとかいう頭ってヤバいよな。
「はいはい」
日本なら学校に通うとか、社会に出るとか、色々なファクターがあるから、知っているだろう範囲、知らなくてもおかしくない範囲、年代毎の大まかな特徴とか多少見えているつもりだった。
ぶっちゃけ社会に出るとワンパターンに同じ人物グループはないし、あるあるはあっても微細な違いがあるのが見えた。
似たような方向性があるグループを見ても、同じ立ち位置に同じ様に立つ事が出来ない以上、性質が色々違って、鏡写しの様に同じ様な人間性を示す事はなかった。
ある時の対応が結果的に同じになったとして、そこに至るまでの思考の流れはけっこう違う。
というか俺自身を考えてみろ! なんだ、この恋愛ゲームみたいな会話と思考の落差!
こんな頭のヤツすらいるんだぞ! 俺程度でこれだ、世の中の奇怪な天才はもっと複雑怪奇かもだ!
「どっち?」
あー、もう。顔がぶーって膨れてしまう。
なんか変な風に感情がむき出しになっているな。
どうしてなんだろうか? わからない。
感情を取り繕う事をしていないから?
まぁ、今更取り繕ってお高く留まったところでしょうがない。
犬に人間の服を着せたところで人間になるわけじゃないんだ。






