236、しりとり
しりとり。簡単だが難しい遊びだ。特にこの世界においてはなおさらである。
この世界の言葉は俺が自分なりに翻訳しているんだ。辞書がない。正確なところが分からない。
俺に言語チートはないのだ。何なら誤訳をしている可能性だって十二分にある。
服を絞るとぼたたと大きな音を立てて水滴が落ちた。
お風呂に最後に入れたのはいつだろう? あの街で入ったのが最後か。
あれが記憶にある最後のお風呂だが、寝ている間は風雨に晒されていたのでは?
「なんだってしりとり?」
表情や語調などを意識した結果、たぶんきっとメイビー正しい言葉使いになっていると思う。
文字と合わせて発音とかも出来る様になった気はしている。気はしているだけ。自信がない。
とりあえず文字だけじゃなくて、色々なモノを覚える初期教育に絵本って神だな。いや、ほんと。
文字に発音や文法、絵という具体例と合わせる事で、この世界の事を色々教えてくれる。
まぁ、とにかくだ。英語を聞きながら頭の中で日本語に訳して考えている様なもんなのだ。
しりとりにすると「夏」と来たら「雨」と繋げなければいけない。
夏に雨だと日本語で見たらしりとり不成立だ。それに幼児教育レベルの単語知識しかないからしりとりは鬼門なのだ。この世界の図書室に籠る前に出たのが難点過ぎるのだ。なのだ。なのだ。つらい。
結論を言うと出来る気がしない。
ナイフのKみたいな発音はしない音があるとまず気づけないので引っ掛かる。
口語に関してはある程度身に着けた気がしているけれど、それにしたところで分からない単語は類推しているだけなのだ。
話している間に単語を理解するのが常なのだ。そもそも知っている知識で話していない。
「なんとなくだよ」
しり取りだと前後の脈絡がないからどういう意味のモノなのかも分からない事が多いので、記憶が曖昧な単語の場合理解できない可能性もある。分からなくて聞くのはなんか悔しい。
聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥だが、聞かないでやり繰りしてきた身としてはしりとりで聞き出そうとするのはすごく悔しい。モノ知らずをさらす様でとても。
こちらの世界に関して知らない事は当然だというのに、それを許容できない狭量さが俺の器の小ささを表しているだろう。
というかなんで意地を張ってしまうのかもわからない。
それをする意味がない事くらい秒で分かるだろうに。
上辺をいくら取り繕おうが、ない中身を隠す事程恥ずかしい事はないだろう。
なぜ知らない事を知らないと言えない? 威厳がない? そもそも威厳を張る相手がいないだろ。
サルのいないサル山で胸張って大将面してもただのバカをさらすだけだ。
むしろあっけらかんと知らんと言った方が強くすら見える。
「あんまりやりたくない」
そこまで考えられて何故? 遊びだから負けたくない?
それ以外にもけっこう何かある気がする。呪縛がどこかに。
いや、あるな。心当たりむっちゃくちゃあるわ。前世に。
小1くらいの頃、火口をひぐちと読んで親に笑われたんだ。
みみっちい事だけど、間違いを口にすると笑われると覚えてしまったんだと思う。
揚げ足取りされると面倒くさい相手の前では特にミスをする事に恐怖すらした。
知らない事は罪ではない。だが知るべき事を知らない、調べる努力をしないのは罪。
空間を共有するモノがお互いに関係する事情、例えば食物アレルギーなどを知らないと事故が起きる。
食物アレルギーは極端な例だが、それが普通知っているだろう知識だった場合、日常会話などで強烈な違和感などが生じる。
もっと言えば縦社会系の会社で平社員がため口で部長と答弁する様な感じだな。
敬語を知らずに生きているヤツって割かしいるモノだ。知らなくてもいいと思っているヤツもいる。
そういうヤツは基本門前払いにされるし、そういう会社には居られない。
傍から見れば「おいおい、あいつ死んだわ」となる。
「そう?」
無知を誇るな。だが隠すな。それに赤ん坊は、皆生まれた時は無知だ。
無知なら知る努力をしろ。知識を得られる場所でためらうな。
だが知識は必ずしも正しいモノとは限らない。信用できる情報源を持て。
ネットの検索なら大学や政府から出しているモノを選べ。
少なくともお金を出して調べたデータがそこにある。まとめサイトなどとは信頼性が違う。
いや、でもやっぱゲームで負けたくないわ。
負けると分かっている戦いに挑みたくない。
そもそも知らない単語が適当に言われた内容だとしてもそれを理解する知識がない。
本を読まねば。本をくれ。本に使われている言い回しとかで物事はけっこう覚えられるもんだ。
「なしだ。気分じゃない」
正確には絶対負ける戦いをしたくない。適当に言った言葉の真偽が分からないしな。
音だけで判断したらスペルミスでそもそもしりとりが成立しない。
いやむしろゲームが1往復も成立すらしない無駄な戦いをしたくない。
ある程度できる自信があるなら、相手の知識範囲の確認とかが出来ていい情報収集手段なんだけどな。
常識の基盤がどこにあるかを知るために、しりとりはすごく便利だろう。
相手が知っているだろう単語を言わないといけないで気を使う部分は多い。
どの程度相手に配慮をするかで、人柄を知る役にも立つ。
もしこれをリク君が意識してやっていたとしたら策士である。
自身の優位性を示すためにやった? その可能性はなきにしもあらず?
いや、それ以前の問題。俺がまだまともにこの世界の言葉を覚えきれていないというのを想定していない可能性もあるか。
あぁもう。陰謀論ばかりが頭に浮かんでくる。
この思考が俺がダメな理由そのものだろう。
もう少し人を信じてみたらどうだ? 出来るわけがないか。諦めが早い。
「そう。じゃあ仕方ないね」
リク君はニコリと笑った。何故か悲しそうな気配がした。分からない。
そもそも本当に悲しそうなのだろうか? それも分からない。何も分からない。
このイメージは俺が引け目を感じているからかもしれない。
髪から滴り落ちる消臭剤が少し乾いてべとついてきた。
若干ゲル化していて、服からぬとぬととゆっくり落ちていく。
水浴びがしたい。シャワーが浴びたい。毒物の可能性が高いから川は避けたい。
ラベンダー臭が非常にえぐい。乾燥していく事で花のお化けになっていく気がする。
だがラベンダー臭が消えたら次は化け物の汚臭に鼻がやられるのだろう。
この化け物の処理をどうやってやるのか、対応する機関の力を見てみたいモノである。
「この辺りに人里はあると思うか? あればシャワーを借りたいものだ」
いくら俺が耐えるのが得意だとはいえ、別に耐えているのが好きなわけじゃないんだ。
むしろ楽や自由を好んでいる。草木と共に生きていきたい。山で野の獣として生きたい。
人の間で生きるよりも、動物と共に生きた方が幸せである。野で石になるかもしれないが気にするな。
まぁ、見つかってしまった以上生きないとダメだな。
むだに魔力は蓄えてしまった。少なくとも3日は動けるだろう。
好んでひどい目に遭いたいわけじゃない。だから行動せねばなるまい。
にしてもシャワーで落ちるのだろうか?
髪の毛とかすごい痛みそうだし、体洗いたい。
ゴーレム補正で魔力さえあれば無敵とダメージ自動修復はありそう。
環境被害さえ考えなければ湖で泳ぎたい。
「ないんじゃないかな? あっても200キロくらい先になると思うよ」






