235、地上
小憎たらしい顔が見えた。生きてた。というか自力救済してた。
俺が行くまでもなかったかもしれない。どうなんだろ? 流石にあの状況は厳しい?
いやというかどうやってあの状況から脱したんだろう? 分からない。
とりあえず顔に向かってぺってした。簡単に避けられた。むかつく。
指に力を込めて肉の壁を這い上がると、外の世界が眩しくて少し目をすぼめた。
久しぶりの光な気がする。多く見積もっても1日は掛かっていない。
精神的ストレスからの解放が時間の流れを錯覚させているのだろう。
「助かったよ。来てくれてありがと」
どちらの話だ。助けに行って助けられたのでは世話がない。
まぁ、この身が欠ける事はない以上、どれ程悲惨な目に遭う事があろうと死ぬ事はない。
不快感に対しては体の感覚を切り離せばいいのだ。どうせ俺は人間じゃない。人間になれない。
「ふん。余計なお世話だっただろ」
あぁ。なんで荒んでいるのだろう。
優しくされると勝手にあるかも分からない裏を想像してしまうのか。
たぶんないだろうと思っても、あるかもしれない可能性に対して牙を剥く。
「そんな事ないよ」
優しそうなはにかみ。これが顔に向けて水を噴き出されたヤツが取れる顔だろうか?
いや、信頼か。じゃれつきとすら思っているのだろう。
そう思われている相手に対してもこんなメンタル。ダメすぎだろ。
「ばーか」
ばかはどっちだよ。俺だよ。ガキかよ。ガキ以下だわ。プランクトンからやり直せ。
周囲に目を向ける。山に囲まれている様だ。
というか地上に落ちたのか。この魔物、どうなるんだろうか?
地上の生き物が食う? いや、マズ過ぎて食えないだろ。
腐るだろうか? pHが狂った数値示していたらそこらの細菌じゃ分解できないだろ。
プラスチックだろうと分解できる細菌はいるから絶対いないというわけではないだろうが、海底火山の付近で有機物を分解する嫌気性細菌とか、特殊な場所しかいないモノの気がする。
プラスチックを分解して栄養を取り出すのはなんかのイモムシの中に生息する細菌だっけ?
蓼食う虫も好き好き。こんな化け物でも食う虫がいてもおかしくない。
十分な食料を得たそいつらは増えるだろうな。
増えた結果どうなるだろうか? 何かしらの害がおきそうだ。
「船ってどこら辺にあると思う?」
……。
そうだよなぁ。向こうは落ちた場所が分かるかもしれない。
だけど迎えにきてくれる保障はないし、そもそも降りられる場所か分からない。
航空法みたいな感じで、航路が決まっていたら予定外の事故はダイアの見直しとかも必要になるし、そもそも船の方が無事な保証もない。
飛行船だから飛行機に比べれば自由度はあれど、係留の仕方に困るよな。
錨で固定? 着陸とかを考慮した際は複数本打ち込むとかありそうな。
そもそもこの化け物の死体の処理の仕方も考えないといけない。
食べられる素材ならまだしも、味が悪すぎる。加熱でも対応できるか分からない。
俺の手であればちぎってむしれるけれど、普通ならそんな事出来るわけがない。
前世で鶏肉の生肉を筋に沿って指で割いた事はあるけれど、厚みのある豚肉とかはムリだった。
肉質的にはタコに近いし表面もそれなりに固い。どの程度の刃物ならちゃんと切れるというのか?
タコみたいに食べられればいいんだが、毒抜きのための方法を探すのにどれほどかかるだろう?
地に返そうにも分解できる細菌がいなければ残り続けるし、悪臭の対処法にも困る。
消臭剤はそこそこ効いている気がするが、どの程度効くか分からない。
……。さすがに用もないのに食べて自滅するのはいやだぞ。
処理係になるのは嫌だ。もう一生分食った。これ以上は要らない。
死にたくない。あれは狂気がないと食えない。今はあの狂気を保てない。
いつから俺は自分が正気でいると思った?
どう考えても思考がうるさすぎだろ。
間違えても正気の頭ではない。瘴気かもしれない。
分かりやすく奇声を上げてないだけで、狂気そのものじゃないか。
混乱が激しい。
「まぁ、空からでもこれは見えるか。分かりやすい目印だし来てくれると思うよ」
これか。これかぁ。それにしてもこれは本当に死んでいるのだろうか?
見た感じ触手がピクリともしていないがこれだけの大きさなのだ。
形態的に知能を持ちそうなデザインじゃないが、虫みたいに生命力が強い可能性が高い。
そもそも何故死んだのかも分からない。……例えば高空からの落下エネルギーで死んだ?
マズ過ぎて俺が気づかなかっただけで、すごい衝撃が起きて重要器官が損傷した可能性もある。
これだけの巨体だ。制御のための器官もすごい高性能になる事だろう。
いや、姿勢制御と反射だけで動く触手ならそこまでの機能を必要としない?
会話を必要としない、会話をする相手がいない以上、小脳の発達だけで事が済んでしまうのでは?
その場しのぎでいいなら頭はいらないんだ。
「これって死んでいると思う?」
見る感じ死んでいるけれど、気絶しているだけかもしれないし、死ぬ条件も分からない。
魔物が死んだところで消えるわけじゃないし、ただ動かなくなったのを死んだと定義しただけだ。
あるかもわからない心臓を失ったところで死なない可能性だってある。
生命反応の感知とか魔法があったとして、細菌とかは生命感知の対象外にするモノがほとんどだよな。
細菌並みに生命反応を微弱にして分散させれば生きている事を隠せそうだよなとか思ってしまう。
ああいうのはほんとご都合だなとか思う。
俺にもご都合をくれ。寄越せ。なぁ、もっているんだろ? ご都合だよ? なぁ! 置いてけ!
防御力と魔法吸収はチートかもしれないが、まるで役に立たない相手にしか出会わねぇんだ!
もっと運を向けてくれよ? ご都合という名のデウスエクスマキナをよ!?
「少なくとも動く事は出来ないよ。シロの毒が効いているし、気圧や自重も違い過ぎるからね」
毒? 毒……。あー、そっか。消臭剤がそれなのだろう。
成分を中和するとしたら体液成分が変わり過ぎて対応できないだろう。
人間の神経の伝達方法とか考えてみれば簡単な話だった。
神経の信号の伝達が電気だというのは知っている人が多いと思う。
その具体的な方法はカリウムイオンとナトリウムイオンで、正負の調節で行っているんだ。
だからこそそれを根本的に変質させてしまうと動けなくなる。
水中毒で頭痛や眩暈などを起こすのも希釈性低ナトリウム血症を起こす事が原因。
体液少なそうなのにこんな量の液体を体内に直接注がれたら、組成が狂って死ぬかもしれない。
しかもただの水じゃなくて、体液を中和し消臭する事を目的にした液体ならなおさらか。
あれ? もしかして俺やっちゃいました?
ガチでやっちゃった可能性があるな。
リク君は俺が救済したのか。それならそれでいいんだ。
なんかそれはそれで嫌な気もする。倒した実感もない。
それに恩着せがましいのは嫌いだし、自分が役立っても少し微妙な気分になる。
自分の存在価値はなんだかんだ否定したいところがある。
存在価値を一番認めたくないのは自分自身なんだろうなとか思うと病みだな。
俺が一番嫌いなのは俺自身。
どんなにいい点があっても、俺だという一点で否定したくなる。
きっとここを変えないと俺は変わらないのだろう。
「とりあえず生きていたとしてもすぐすぐ動ける事はないんじゃない? 大丈夫だよ」
リク君はクスクスという擬音がつきそうな感じで笑った。
楽観的に感じる。この楽観さが俺に足りないモノだろう。
余裕がないやつは損をするものだ。
金持ちの食事が高そうに見えて意外と安かったりする。
貧乏人の飯が安そうに見えて、全体的に高コストだったりする。
余裕がないと目先のコストに気を惹かれ、総合的なコストでみると大損をしていたりする。
高い視点を持て。泥棒で金品を得ても信用を失い、将来的な資産をなくす。
目先の小金のために矜持を捨てるモノは大金をつかむ事が出来ない。
大金の夢を見た結果明日死ぬ。慌てる乞食はもらいが少ない。
「そっか」
生きているか死んでいるかは分からないけど、動けないならいいだろう。
死んでいた場合どうやって片づけるかがやっぱり最大の問題になるか。
利用する方法でも考えればいいだろうか? 利益になるなら資源だといえるだろう。
海に沈めて新たな陸地として活用? 海洋汚染がすごくなりそうだ。
砂漠に埋める? 建材として利用できるだろうか? 厳しい気がする。
クッション材として使ってみる? 臭いが漏れない様に包んでやればいける? 分からない。包装を用意するのにどれだけのコストがかかるかもわからない。
謎プラスチック、家とかにも使われているのを考えれば包装には困らないかもしれない。
耐熱性に優れた腐らない肉の塊なら家の壁の中に仕込めば防虫防火に役立つ可能性とかもあるか。
最後の難題は臭いだが、密閉できるのであれば臭い成分を漏らさないで済むだろう。
意外と処理はなんとかなるのだろうか?
いや、それ以前にこれは浸食性がないだろうか?
ガラスとかであれば包装できるとかそういう特性がないかも調べないといけないか。
あとこういうのを食べる生き物がいるかどうかも重要だし、何とも言えない。
「船来るまでしりとりでもする?」






