234、汚いパブロフの犬
天井に手が届く様になった。
壁の肉を千切って口に入れるともはや条件反射の様に噴水してしまう。
水鉄砲の習得である。汚いパブロフの犬であった。
このバカー!! ちーがーうだーろーっ! 違うだろーォッ!! 違うだろっ!!!
魔力の感知と魔法の習得が最重要目標だろ? 助けるべきはリク君だろ?
別に毎秒200リットルの消臭剤を口から噴き出す事は求めていないはずだ!
消臭剤作成慣れ過ぎて、破壊的な勢いでブッパするの悲しくてほんと笑えてくるよ……。
1口分の肉塊と引き換えに、15秒間ゲロっている。白目剥ける。
それを10回くらいやるとだいたい拳1つ分5cm水位が上がっているのが触って分かる。
底面積がだいたい1キロ平方だとしたら5万立方メートル。1立方メートルが1トンだから5万トン。
150秒で5万だから30秒で1万。毎分2万トン。1トンは千リットル。秒間33万リットル。
参考比較で消防車が1分間で400リットルだったかな? もっと多いかも?
とりあえず水流レーザーと同等以上だから人に当たれば即ち死か。
さすがにそれはハイドロポンプが過ぎる。底面がそもそも1キロ平方もないだろう。半分、そのまた半分かもしれない。いや、そもそも浮袋が1つとは限らないし、底面どれくらいか暗くて見えない。
下手したらダムの放水量並みのモノなのは笑う。顎が壊れる。口径が狭いからなおヤバい。どんだけの勢いで出るんだ? よく口から出た瞬間消えないな。
もしかして大部分が気体になっていて後々液体になっている可能性とか? どの道頭がおかしい。
というか貯まっていた空気はどこいったよ? 真空だから圧をかけても体積に影響出ませんでしたって事か?
防御反応として袋を畳んで空間体積を減らすとかしている可能性があるかもしれない。
むしろしていて当然なのでは? だとしたら秒間200リットル程度しか出してなくても埋まっていくかもしれない。
1リットルで1キロだと思えば200キロ増やしているし、どの道やばいな。
この重量を魔力が増やしている? 何を材料に? 肉塊か。数百グラムがキロになる?
質量保存の法則を考えると、どこかで同じ分化け物から奪っている可能性があるのか。
なんだかえぐい事が起きていそう。というかどっちが化け物だ。むしろの俺が化け物だ。
ねぇー! 物理! 物理! 物理さんってどうなっているのー!
また便利な便利な魔法という言葉で終わらせようとしていない?
魔力が物質に変換されている? 空気中のそれを固めて変換している? わからない。
あー、もう混乱が激しい。ボケを呼び起こす嵐が起きている。
味に慣れたとかではなく、衝撃から意識だけを乖離させる事が出来る様になっただけだ。
また一段天国への階段を登ったのである。登ってはいけない。
手と口は休みなく動いているけれど、魔力を感じるのは厳しい。
たぶん、いや確実に、口から出るこの流れは魔力が左右しているだろう。
もはや感じた瞬間の不味さがそのまま魔力なのかもしれない。
なんでこんな不味いのか色々意味わからない。
なんかごちゃまぜになった感じの気持ち悪い感じもする。
ごちゃまぜ?
もしこの得体のしれない化け物が作られたモノだとしたら?
だとしたら味が不味いのは魔力が人工的に混ぜられた結果不自然なモノだとしたら?
ごちゃまぜだから魔力だというのに不味く感じたとかないだろうか?
いやもう正しい推測なのかとかわかんねぇわ。
そもそも正しいの基準も分からない。この世界がどういう世界なのかもわからない。
いやそれ以前に前世も含めてちゃんと理解しているといえるモノなどないだろう。
口で言うのは優しいが、理解するというのは難しすぎるんだ。
どうやって観測して、その流れを追う? それの整合性はどうやって確認する?
古文書を見かけて本人のモノだという証拠が山ほど出たとして、そこに書いてある内容が都合のいいフィクションではない可能性はどれくらいだと言える?
複数の文献と照らし合わせてというが、クトゥルフ神話の様に一部で熱狂して出来上がったフィクションではない可能性は?
そんな可能性の証明は悪魔の証明と同じだ。できるわけがない。
ない可能性を信じたいのだろうか?
極端なイメージを重ねて、こんなイラストなんてないだろうと嘲笑う。
それが正しい事だろうか? 心にとって健康的な事だろうか?
何を思っているかもう分からない。
もがいて手を伸ばした先が藁屑の気がしてしまう。
自分自身すら信じられず、歩いた先から床が崩れていく様な。
足元の定まらない感覚に、孤独感が重なり、奈落に落ちる感覚がする。
常日頃奈落に落ち続けている癖に、固い地盤から転げた一般人みたいな事を言うなよ。
そもそも元から俺にあるのは底なし沼だけだろう。俺以外なら硬い地盤を持てたはずなのにな。
生まれ落ちた瞬間から、俺が俺である時点で、一般的な世界を歩けていない。
自分を偽るから。殻被りだから。差し伸べられた手を信じられないから。
見ているモノを信用しないから。自分すらも信じていないから。
言葉遊びばかりが上手くなる。そんなモノは結局何の意味もないというのに。
弱気になっても仕方がない。結局は進まないと何も動かない。
俺がいなくても世界は回るが、俺が進まなければ世界は俺を置いていく。
動かないヤツに居場所はなく、人として生きるためには居場所がなくてはいけない。
居場所を作るためにも動かないといけない。居場所がなければ出来る事はとても少ない。
……考えるだけなら楽だというのに、実際に行動するとなると先が思いつかなくなる。
考え過ぎて空回りが酷すぎる。考えないという選択肢が必要な気すらしてしまう。
案ずるより生むがやすし。考える前に行動しろ。考えない方がいい時もある。
腕を動かせ。魔力を感じろ。不味い、もう一杯! の精神で。いや、それは違う。
とにかく魔法を使える様にならないといけない。焦る程にボケが出てくるの少し控えてくれ。
この不味いのが魔力の可能性は除外すべき? そもそも味は舌で感じているはずだ。
お腹の中身だけ気にしろ。入る端から使われているだろうからその流れをよく意識しろ。
この異物は熱いだろうか? 冷たいだろうか?
体への、特に鳩尾への意識を高めろ。胃に落ちているだろう魔力を見つけろ。
自分の魔力の塊の中を漂っているんだ。それと比較しろ。
そうだ。この消臭剤は俺の魔力から出来ているんだ。この中を漂えば分かるはずだ。
まぁ、もうほぼ鼻と口以外水面の下なんだけどな! とりあえず髪から吸収しているだろう魔力も感じられないかな?
とりあえず消臭剤のラベンダー臭が作用してギリ息が出来る空間ではある。
腐った牛乳とニンニクが混ざり下水道がログインした空気に比べればまだ息が出来る。
ラベンダー臭が強すぎてこのトイレには入りたくないけれど、それでも最初の空間よりは生きられる。
自分を認識し、異物と区別し、魔力をつかむ。
言うは易く行うは難し。胎児の時はあんなに簡単だったのに。
あの時は他の感覚がほぼなかったからでは? あ、でも音は聞こえたか。なんで聞こえたんだろ?
リク君の魔力とリク母の魔力が親和性が高かったとかあるのかもしれない。
ゴーレムのコンセプトが魔力を奪い体を強化するだから悪いのかもしれない。
どんな魔力でも関係なく使うと考える中身の魔力は混濁しているだろう。
それを操るというのが難しいかもしれない。内側に留める作用も強いだろうしな。
あー、体が楽になったら、出来ない理由探ししやがるか。
出来ない理由探しはやめろ。そもそも俺の魔力の操作方法は流れの調整だ。
魔力を意識して操っているんじゃない。反動を使って流れをコントロールしてただけだ。
だから魔力がどんなに混沌としていようが関係ないんだ。
出来ないかも? じゃない。やれ。
それに浮袋に重量物積み込めば地面に落っこちるだろ。それかどうにかして中身を捨てようとするか。
まぁ、浮袋なんてモンは中に空気以外のモノが入る予定なんてないはずだ。
膨らんで大きくする、小さくする。体積を調整する事で浮力の調整をするのが基本の使い途のはず。
こんな事をしているだけで大分化け物にとっては迷惑なはずだ。
だから魔法の習得以外でも十分メリットはある。
そう高度が下がれば下がる程、救出におけるリク君の死地が減るのだ。
不意に光が見えた。天井に穴が開いたのかと思った。いや穴は開いたので間違いはない。
口で天井をかじっては天井をつかみながら噴水していたので穴が開いたのかと思ったのだ。
だって消臭剤が増えすぎて鼻と口以外水面下だったし。
だが違った。
「やっほ? 来ちゃったんだ?」






