233、空間
不味かった。
不味かった。
不味かった!
本当に不味かった!!!
えぐいよ! 臭いよ! 苦いよ! 奥に進む程強烈になるよ!
感覚がオーバーフローしないのが拷問だよ! 痛くないのがかえってつらいよ!
根本に辿りついた後、泣きながら毛根に指を突っ込んで引き裂いたよ!
体液でさらに臭くなったよ! 涙も尽きたよ! 何も考えられなくなったよ!
なんとか出られた広い空間! ここどこ! 胃かな? お腹かな?
考えている構造的にそういう構造なさそうなんだけど、そしたらどこだよ! ここ!
消化管とか、表面で消化したり、エネルギーの吸収だけで済むヤツにいらないだろ!
……なんかきつい経験すると精神年齢が退行する気がする。
俺にそんな思考をする年齢なんてなかったと思うんだが、いつの俺だよ。わかんねぇよ。
この硬いのは骨か何かかな? もう疲れたよ、天使さん。僕頑張ったよね?
僕とか天使とか誰だよ? ルーベンスの絵でも見ているつもりか?
生臭すぎて鼻は利かないし、手がねちょねちょで細かな感覚が分からない。あと暗すぎ。
体内に光源があるわけないもんな。そりゃ何か見えたら驚きだ。幽霊でも見ているかもしれない。
しかし空気があるのが謎過ぎる。体内って液体が詰まっているもんだと思った。
いや、考えればそうか。この体積の生き物が開放血管ではやっていけないだろうもんな。
この空間が何か分からない。粘液を拭えないから皮膚感覚がしっかりしていない。
噛めばいいのか? 噛めばいいのか? 噛み砕いてやろうか? 猛犬か?
浮遊生物である以上、内部に気体があるのは自然な事なのだろう。
液体が詰まっていたら落ちるか。そもそもこれは空気なのか?
俺は呼吸が必要ないからとりあえず空気としか分からん。
気体と真空の違いをこの体が分かるのかすら分からん。
痛みがないというのがメリットなのか、デメリットなのか。
状況把握には向かないのが今回よく分かる。
一般人が呼吸しても大丈夫な空間かどうかも分からない。
救出において環境把握が出来ないのはほんとダメだな。
ひとまずここを浮袋として、対策を練る? 穴を開けるとしても、小さな穴では無意味だろう。
俺がここに来るまでに開けた穴が何の影響も及ぼしていないようだし。
大きな穴を開けるとして……これをまた噛むの? 何? 死ぬの? 死にたいの? 勝手に死ね!
落ち着け。モチつけ。ぺったんこ。きな粉餅が食べたい。
地元のお祭りで搗き立ての湯気立つモチを寒い外で食べた記憶が過る。
砂糖多めで甘めに仕立てられたきな粉を塗し、香りを楽しみながらモチの甘味に舌鼓を打った。
過去を思い出す時はたいてい先行きが見えない時だ。諦めるなよ。
とりあえずどうするべきかだよな。まぁ、この生き物を倒すしかないんだけれども。
巨体って致命傷を与えるのも厳しい。重要臓器を攻撃しても回復力次第では大して効果が無い。
皮膚を蟻に噛まれても少し痛いだけで、死にはしないようなもんだ。毒ありは除く。
どういう部位を傷つければ倒せると思う? 指令部? どこだよ? わっかんね。
そういえば今俺は魔力をこの化け物から奪っているって考えて大丈夫なのか?
だとしたらこの中で魔力を使ってもすぐに回収できるんじゃないか?
この体になってから身体強化を除く魔法を使った事ないけど、出来るのだろうか?
まぁ、暴発したところで化け物が傷つくだけだし、丁度いい遊び場になるな。これは。
魔力の出口はどこにする? 指先? いいね。とりあえず体をきれいにしたい。
暴発大歓迎っていう事で水を大量に出してみるか。
材料は近くの肉塊でいいだろうし、粘液に含まれている水分とかも使えるだろう。
「水よ、辺りを満たせ」
……。
……。
……。
出てこない!
もしかして土属性だから? いや、そもそも魔力の放出が出来ていない?
あぁ、うん。この体になってから魔力の操作なんて1秒もしてないからな!
ちくしょう! まずはそこからかよ! 肉体性能で突き進み過ぎた! 阿呆!
なんだよ! 水よ、辺りを満たせってお前バカァ? 厨二病が過ぎるんだよ! 阿呆!
理論に基づいた行動をしやがれ! ちゃんと考えて行動しやがれ!
何も起こらなかったとか悲しいし、誰も見ていないとしても恥ずかしいんだわ!
さてとりあえず体内に意識を向けて……。
どれだ? というか流れているのか?
困った。魔力の流れが分からない。リク君の体の中にいた時は渦があって分かりやすかったんだが。
というかエネルギーを消費している以上流れがあって然るべきなんだが、その流れがつかめない。
全身で微妙に使っていっているからなのだろうか? 微細過ぎてつかめない?
流入しているなら流れ込む方向の魔力の流れがあって然るべきだよな?
分かりやすいのは髪の毛からだろうか? 先端から頭皮に向かって流れているはずだよな?
だとしたら微細とはいえその感覚をつかむ事が重要か。
血の流れを感じろって言っている様なもんだよなぁ。
体に流れているモノと同質のモノは異物として認識できないし、それをどうやって感知する?
……。異物。魔力たっぷりの異物。すぐそこにあるんだよなぁ。
食えと。これを食えと。胃の腑に落ちて魔力を中で同化させていく過程をつかめと。
何この拷問。しかもそれをしないと現状から脱出すらも出来ないと。
魔法が使える様になるまで出られま千と? 究極に不味いこれを食ってと?
十当てるどころか、千到達しないとダメなのか? 鬼か? 悪魔か?
千はどこから来たんだ。あほか。ノリだけで生きてないか?
とりあえず心頭滅却すれば火もまた涼し。いざいかん。
……。
……。
……。
白い光が目の前で飛び散った気がした。白い光の後はただひたすらに地獄だった。
舌にこびりついた不味い体液。胃からせりあがってくる悪臭。受け入れてはいけない何か。
目から落ちる涙は滝の如く。鼻水に胃液、出せる汁は全て出し尽くす勢いだった。
死ぬ。ガチで死ぬ。死ねないけど死ぬ。
一頻りのたうち回った後には膝丈くらいの小さな池が出来ていた。どんだけだ。
これ絶対俺の体の体積よりも出ているんだが。
魔力で体液の産生をしたんじゃないか? そうじゃないとさすがにこれは出来ない。
少なくともモンスターの体液よりもいい臭いではある。
というか何なら液面付近は臭くない。ラベンダーみたいな香りすらする。トイレの芳香剤かな?
消臭作用を持った液体を吐いたの? そういう液体で洗い流さないとダメだった感じ?
防衛本能でそういう液体を作り上げた? 自動的に? この機能俺知らないんだけど?
まぁ、いいか。とりあえず魔法で水を出さないといけない。
そのためにはまた食べて魔力を感じるところからスタートしないといけない。
しないと……いけない。
……死ぬの? ねぇ、死にたいの?
出る為には魔法が使える様にならないといけない。
魔法が使える様になるためには魔力を感じられる様にならないといけない。
早く習得しないとリク君が死んでしまうかもしれない。
少なくとも1日以内にクリアしないと餓えたりで大変になるだろう。
そして早く習得するためには食べるしかない。
……リク君を殺すの? 自分が辛いくらいで? 死にもしないのに?
やるしかないんだよ。選択肢は残されていないんだよ。
手前の地獄体験とリク君の命のどちらが重い? 命だろうが。
何も手に入れられない、手に入れても上手く使えない、そんなダメなヤツどうなったっていいだろ。
俺が無能な働き者だとしても、そんな俺でも助けられるのならば助けたい。
ここで手間を惜しんで死なれたら、それこそ前を向いて歩けなくなる。
……この肉、この池で洗えば少しは臭いが落ちないかな?
あ、少し落ちた? 滑りが少なくなっている気がする。
体液を落とせばたぶんまだ食べられるだろう。
……。
……死ぬ。死ねる。死んだ。わーい、噴水だー……。






