232、触手
側面から真っ直ぐ突っ込んだはずなのになんでこんな都合がいい場所にいるんだろうか?
いや、だっておかしいだろ? 遠目にもうにょうにょしていたヤツの上で歩ける場所があるんだぞ。
ここどこの部位なんだろうか? ぶつかった衝撃で色々へなった? へなへなした? へなっとけ。
まぁ、そんな都合がいい事が起きないのは俺クオリティのはず。
どうせこれも何かの前触れだろ? あー、うん。知っている。
この触手の下に本体があるのだろうか?
まぁ、とりあえずつかんで引っ張ってどこまで伸びるか試すべき? いや無意味か。
ゴムみたいに伸びたら日が暮れても抜けないだろうし。
指を突っ込んで掻き分けて押し入る? 出来るだろうか?
中に想像した通りに水蒸気が詰まっていた場合ガス漏れの際に吹っ飛ばされそうだな。
覚悟していけば対応できるかもしれない。落ちたら最後ここまで戻ってこれないだろうな。
触る。硬い。毛の間に無理矢理指を入れる。ゴムよりも肉肉しい。
なんか気持ち悪い感触。汁気はない。細かな短い毛みたいなのが表面を覆っている。
逆撫ですると若干チクチクする。痛みはない。つかむと毛が閉じてぬるぬると一方向に滑っていく。
内側に手を入れるとひたすらチクチクと抵抗し、なかなか内部に入れてくれない。
そして身動きされるとあっという間に外へと流される。入り難く出やすい。
毛の形質だけでこんな事をされると超面倒だな。
俺は影響しないけれど、高熱とトゲトゲで基本的な生き物は戦うどころじゃなくなるだろう。
そもそもサイズやこんな高いところにいる段階で基本的に狩られる可能性はないだろう。
この毛玉が獲物にされるとして、どんな生き物になる? ドラゴン?
人間数人に牙を折られるドラゴンにこんな生き物狩れないだろ。
その程度のドラゴンにこんな巨大で厄介な形質の相手が倒せるとは思えない。
俺が見たのは行商のニキさんが抱えて持てる程度の袋に入っていたやつだ。
あれは歯の欠片とかだろうか? じゃないと小さすぎる。
1本分の歯だとしたら20mもない小さいドラゴンだろう。幼竜?
むしろワイバーンとか亜竜とか呼ばれるドラゴン未満だろう。
小さいの基準がおかしい気がするが、目の前のこれと比較したら何でも小さくなるな。
これは見える範囲だけでキロ近い大きさがある。これに比べたら20mは小さい。
車と比べれば大きくても、ビルと比べたら小さい。そもそもの基準が違う。
地上では体長2mもあれば大きい方になるとしても、海中であれば中くらいになってしまう。
中くらいは言い過ぎか。だとしてもクジラやシャチを考えると10mサイズも普通にいる。
住む場所が違えば適正なサイズが変わってくるのはある意味当然なんだ。
むりやりガリガリと爪を立ててみているんだが一向に入れない! うざい!
腕を動かす度に外に追い出されるから、上半身よりも先が中に入らない。
クロールよろしく入ろうとしているのに追い出される。
……噛むか。口で場所を固定したら進める様になるはずだ。
酸っぱい。苦い。辛い。えぐい。臭い。毛がモサモサして気色悪い。口の中でうごめく。
超まずい。きつい。生理的に受け入れられない。目の前で白い光が弾けた気がした。
今ネコがフレーメン反応を起こしている時の様な顔をしている気がする。
口の中からだらだらと唾液が出て来て異物を押し出そうとしている。あ、こぼれた。
何この……物体……。これは不味いの具現化? 一瞬宇宙が見えたんだけど。
そういえばナマケモノが何故ゆっくり動いているのに食われないかを思い出した。
むっちゃくちゃ不味いからなんだ。だから生きられる。
いや、普通触手系って筋肉質だから美味いだろ!
イカやタコ、軟体動物は基本筋肉の塊だから美味しいんだ!
イソギンチャクだって確か食べる地方があって、毒針の刺激すら楽しめる珍味にな!
……料理しないと不味いのは当然か。生で食べる物じゃない。
こんなに温まっているんだから大丈夫だと思ったけど、足りないのかもしれない。
熱によるタンパク質の変性などは期待できない。
料理を今考えるんじゃない!
料理は化学だが、今この身一つなんだぞ!
塩で洗うとかも出来ない!
酸っぱいは酸性? 苦いやえぐいはアルカリ性……と思わせて全部中性かな?
酸っぱい、苦いで全部判断出来たら楽なんだけど、そうはいかないんだよなぁ。
ペーハー値ってリトマス紙なり、紫キャベツの汁、アジサイの花とか調べ方たくさんあるけれど、生身じゃ分からないのが難点だな。
……あまりの不味さに逃避しちゃったけど、潜るには噛まないといけないんだ。
何、この身は死にはしないんだ。噛むだけだし、食べる必要もない。
このどうでもいい体を、どうでもいい命を、誰かの命を救うために使えるならいい事じゃないか。
自暴自棄? あぁ、そうだとも。俺は自分が嫌いなんだ。
どれだけ恵まれたモノを持っても、それを楽しんで使いきれない。
結局今世でも五体満足で恵まれた環境に生まれたのに無駄遣いをした。
自分じゃなければ。そう思う事は割かし多いし、そういうのの表れが色んなところに溢れている。
結局のところ俺は俺自身が嫌いだ。少しでも嫌いにならない様に、色々手を進めても裏目に出る。
だから究極的にいえば俺は俺自身を対価にする事にあまり抵抗がないんだ。こんなに防御を固めている癖にな。
防御自体は長い闘いで傷を受けた時いざという時に響くから避けているだけともいえる。
捨て身で物事に当たりやすくなるというのはあるかもしれない。
まぁ、とりあえず捨て身で噛めよ。この世のモノとも思えない不味さにビビるなよ。
味わうな。噛む事だけ意識しろ。
大丈夫、余計な事を考えていたら味なんて分からないだろ?
そうとも出来る。お前なら出来る。
俺は何をしに来た? 助けに来たんだろう?
ここの奥深くにあるだろう本体を殺さないといけないんだ。
囚われのお姫様を救わねばならない。
触手を逆撫でし毛の隙間から爪を立てる。
毛が邪魔してやはり上手く刺さらない。
上手くは刺さらないが、普通に掴むよりかはいける。
指先が尖っていないのがつらい。
獣の爪もかぎ爪だからあれだけど、マンガで表現される獣の爪が欲しい。
指先が爪で覆われて刃物みたいになっているヤツ。ああいう爪ならよく刺さりそう。
かぎ爪でもいいか。上手く刺されば這いあがるのに使える事間違いない。
それこそカーテンを登る競争をするネコよろしくな。
サテン生地でツルツルしていようが、登るヤツは登り運動会をする。
ネコってなんでああいう風に動くのだろうか?
運動不足になるから? 体がうずくというヤツだろうか?
運動機能が低下するのを恐れるのは本能だろう。
であればネコが十分に満足できる程運動すればイタズラは治まるのだろうか?
キャットタワーとか設置して、多頭飼い? 一緒に遊べばどちらも運動不足も減りそうだな。
ボールプールみたいな部屋で、上にも色々吊るし物用意したら楽しそうだ。苦い。
えぐい。死ねる。
意識を遠ざけろ。常温放置した1週間目の牛乳を拭いた後洗っていない雑巾の臭いがしても。
あ、やば。意識したら死ねる。というか死ぬ。もはやこれが防御のためと言われても信じられる。
こんな暴力的なまでの異臭で避けなければいけない何かがいるのだろうか? 高空は地獄か?
食べられるのを全力拒否。圧倒的捕食者ならこんな外装は考えられない。
ここまで拒否ったから生き残れている? 分からない。
ただ臭いし不味いしそれだけで死にそう。ここを乗り越えないとリク君に会えない。
死ぬ気で進めばやれる? やるしかないんだ。
手の感覚に集中しろ。毛の根本には本体がある。
こんな臭いヤツ、死ぬ目に合わせたヤツ、絶対許してなるものか。






