231、着弾
……大丈夫だ。そもそもこの体になってから排泄行為をした事がない。
青い空。太陽ギラギラ。久しぶりの陽射しが目に染みる。
そういえばあのシャチ? みたいなのを噛み千切ったけれど、あれは食べたカウントでいいのだろうか?
あの時たくさん美味しい血を飲んだけれど、あれからトイレとか1回もした事がない。
この体になってから1度はトイレに入ったけど、出る物はなかったし、概念アイドルと同じかな?
あぁもう、とりあえず視界が青! 雲も見えない! 進んでいる実感もすごい薄い!
これさ、ちゃんとリク君がいる方に飛んでいるよね? ねぇ?
明後日の方向に飛ばして救助不可能状態にするという手もある? 混乱が激しい。
このタマゴは魔法1回で作れる代物じゃないだろう。機能が多すぎる。
部品を組み合わせて作っている? それで出来るのだろうか?
接着も魔法で行っていそうだな。継ぎ目を感じられないし。
1つずつ考えていくとなんか落ち着くな。
考えすぎて杞憂レベルになる時もあるが、基本的に起こりえない事は無視できる。
それは起きないだろうとツッコミを入れる事で、漠然とした不安とかを明確化して否定できる。
否定し切れない場合が最悪だけど、それは仕方がない。
ほら、なんか考えている間になんか黒いモノが正面に見えてきた。
あー、うん。そうだよ、杞憂なんだよ。だからもっと俺は落ち着け。
ほんと懸念は全て杞憂で終わって欲しい。具体的に言うと最悪の展開とか起きて欲しくない。
黒い塊に近寄るにつれて何とも言えない姿が目の前に広がっているのが確認できた。
黒い毛玉に包まれてもはや胴体が見えなくなっている愉快な物体。
腕とかがピクピク動いているのは見えるので、現状生きてはいるのだろう。
でもさ、1つ言わせてくれ。
現実君即落ちしないでくれるかな?!
むちゃくちゃ毛玉に絡めとられて変な格好になっているけど、あれ大丈夫なの?
どうやって対応しよう? 糸は噛みちぎれるかな? コアとかあるんだろうか?
コックピットは侵入されてない? どこにコックピットがあるか分からないけどさ。
殴るとか蹴るとかの選択肢の前に噛むが出るのがヤバいな。
まぁ、打撃をしても空中にいる相手だから大して効果がないのは分かるけど。
噛み切るのは2点で切断できるので、宙空で紙が切れる日本刀には負けるもののふわふわしているものに対する切断力は高い。
丸ノコみたいなので巻き切るのは根元に絡みついて対応ができそうにないだろう。
やはりこのタイプの切断はハサミみたいに上下で抑えながら切る方だろう。
切れ味の悪いハサミだと紙を切ろうとすると上手く歯が立たず歯に平行に紙が挟まってしまうが、こちらの歯であればその心配も特にない。臼歯で潰す様に挟みつつ、前歯や犬歯で切れる事だろう。
動物の体でずっと牙が保持されているのは伊達じゃない。
肉を噛み切り、草を磨り潰し、骨も噛み砕く。
歯がなくなると痴呆症の段階が進む程、歯があるという事、噛むという事は大事なんだ。
どうも混乱で思考がおかしくなっている様だ。取り留めがない。
そういえば熱に弱いとかないだろうか?
タンパク質とか複雑な分子構造をしているモノなら熱に弱いのは基本だよな。
原子が1粒どこかに飛んでしまったら構造を維持出来なくなるのは当然。
熱エネルギーって言いかえれば分子や原子の移動エネルギーなんだから。
そういえば爪はあの糸に刺さるだろうか?
刺さるなら千切れるかもしれない。
文明の利器を使う方から離れていくのは何とも言えない。
ほんと何事もなく「杞憂でした!」で終わってくれたら最高だった。
だがしかしそこの期待感が現状を呼び寄せた気しかしない。
俺の人生を司るヤツ、絶対「残念でしたね、もしかして期待してた?」って笑っている気しかしない。
後出しジャンケンで笑うとか性根が悪すぎるぞ。このゲームマスター。
視界に黒い点が見えた。青い空の中に黒雲がそこだけあるのはなんというかすごい目立つ。
近づくにつれて にゅるにゅると蠢くきもい糸がよく見えた。
糸の太さはこの体の腕と同じくらいだ。200mくらいある毛玉のサイズから考えれば細いと言える。
しかし実際問題太い。噛み切るにしても口に収まるだろうか?
顎関節はどこまで動く? 腕と同じくらいの太さなら大丈夫か。
何本噛み切れば解放までいける? 10本? 20本? サイズ感からしてそれじゃムリだろ。
10円ハゲ作るだけでも百本単位を噛み切らないといけないか。
コックピットがどこにあるか分からないし、リク君の身の守り方も方策が立たない。
つまり倒さないと救出したとしても安全を確保できないし、なんなら出した方が危ないまである。
ついでに俺はともかく、リク君の高空での酸素供給も出来ないし、色々危険だ。
とりあえず着いたら毛を辿って本体まで突っ込んで中を荒らせばいいわけだ。
魔力の吸収が出来れば良し。余剰魔力で身体能力を向上させれば倒せるんじゃないか?
……楽観視をするとゲーマスにまた意地悪される。気を抜くなかれ。
……これ、どうやって開けるの?
操作盤! 操作盤! ねぇ、解錠ボタンとかどこにあるの!? うぇあ!!!
ねぇ、いきなりピンチじゃん! ゲーマス早いよ! フラグ回収秒かよ!
もはや毛だよ! 千分の一秒だよ! 瞬きよりも早いよ! 毛に突っ込むわ!
あとブレーキの話も聞いてない! もしかしてブレーキないの?!
ぶつかるまで後3秒もないわ! もはやただの大砲の弾じゃん!? 俺!? またかよ!?
大丈夫?! あ!? とりあえず人型にはぶつかっちゃダメなんだってばよ!
あー! うん…… えー…… とりあえず移動を押しながらあの辺り!
どこか知らんけど! なんか丸いの見えたわ! 機体じゃなさそうだしぶつかっとけ!
俺はもう知らん! 肉塊! 肉塊! 肉塊! 肉塊ファイオーッ!
落ち着け。モチつけ。天ぷら揚げとけ。かき揚げ食べたい。
そして俺は着弾したのだった。南無。
あー。テステス。視界良好。青い空。地面は黒い毛がうねうね。
何かが作動したのか操作盤に脱出ボタン出現。
安定した場所に着弾できたからかな? どんだけだよ。
あとタマゴにヒビはなし。硬いな、これ。
こんな晴れた日に黒いのがあるせいか、地面は非常に熱い。
たぶん砂漠とかよりも熱いだろうな。熱エネルギーで生命維持している?
地上からどれ程離れた高さにあるか分からないが、真空に近い空気の薄さだとしたら熱は逃げにくいだろうな。
内部に真空に近い空間を用意したらそれが浮力になるかもしれない。
この糸も風船よろしく、中身がなかったらちょうどいい浮力源になる?
水を熱して気体にすれば体積1700倍になるし、割かし生存戦略となっているかもしれない。
魔法で浮くとか割かし意味わからないもんな。
重力をどうにかしてって、口で言うのは楽だけれど、実際それを可能にする原理が分からない。
重力は成分じゃなくてただの力なのだ。それを阻害するとか意味が分からない。
反対の力をかける事でどうにかするならまだ分かるが、どういう原理で行うというのか。
魔力そのものをエネルギーとして放出するとなればまだいい。必要エネルギー量が気になるけどな。
反発で浮くとなると空気が薄い所だと反発力が下がるから維持にかかるエネルギーが莫大だろうな。
とりあえず熱でのタンパク質の変性は期待できなさそうだな。そもそも高熱状態なんだから。
冷やす方向性でいけばワンチャンだけれど、吸熱反応の起こし方が分からない。
片手で熱量を奪いながら片手をロケットにしてブッパ出来たらすごい簡単なんだけどな。
でここ、毛玉のどこ辺り? 着弾で禿げた?






