230、空を飛ぶ
ここで罠を用意する方策はあるだろうか?
ここに来るまでに少々の時間しか経っていない。
元々誰かを暗殺するために用意していた可能性はあるだろう。
俺の考えが杞憂で、無事にリク君が帰ってきた時、説明が異様に難しくなる。
だから今のこの時に罠にかけるのは、罠を用意する時間とか考えて、費用対効果が悪い。
しかしまとめて処分が出来る可能性があるとすれば今この時がチャンスでもある。
そもそも俺がここから落ちたところで死ぬことはない。
防御力はどれほどの事があっても傷1つ出来ない程なのだから。
魚に食われても、地下水脈に落ちても……。
あれ? 思ったよりも身体に影響ある事故に遭ってなくない?
クマはもふっただけだしな。特段何か負荷がかかる事はない。
精神的な負担はすごい事になっているけどな!
……まぁ、乗らないという選択肢はないか。
初めにこのおじさんを突っ込んで安全確認したいところだが、したところで大した意味がない。
設定を調整して何も問題ない風を装う事はとても容易いからな。
「気は済んだか? 中に入ったら蓋を閉めるぞ」
少なくとも俺はこの船を出る事が出来る以上、ここで落とされてしまった場合、関与が出来なくなったという事で諦めたところで何も問題はない。
その場合は運がなかったとしか言えない。最悪タマゴを壊し踏み越え、跳ねて行こう。
出来るかどうかは分からないが、出来ると思えばこの体なら出来るだろう。
出来たらソニックブームがすごそうだな。あれは飛行機が飛んでいると地上で聞こえる爆音?
ソニックブームも推進力に変えられたらいいが、さすがにベクトルが違い過ぎるしきついか。
格ゲーでソニックブームを知るとなんかすごいエネルギーを感じるけど、詳細を知ると悲しくなる奴。
いやまぁ、ロシアだったかで落ちた隕石が起こしたソニックブームは辺り一帯の窓ガラスを割った事を考えると高いエネルギーがあれば大きい事が起きるのは分かる。
しかし隕石の直撃でもなければ人が死ぬ程のエネルギーは出せないと思えば大したことないだろう。
結局拡散する衝撃は雑魚。至近距離のエネルギーが強い時でないダメだな。
「それじゃあ蓋を閉める」
おじさんが指を鳴らすと蓋が閉じた。
ふわふわのクッションが内部で膨らみ体を固定。
クッションから粘度の高い液体が溢れてくる。
なんだよ、これ。色々想定外なんだが。
シートベルトとか使っても衝撃緩和は難しいのだろう。
しかしだ。クッションで抑えつつ、液体でなんて想定していないわっ!
ぐあっ! 髪! 髪の毛! 髪の毛の合間に入る! 鼻! 生前の癖で呼吸してたら入ってきたぁ!
浸透圧的にいい濃度だと痛くないらしいけど、この体になってから痛みを感じた事ないし分からん!
なんじゃ! なんじゃこれ! すごく! すごく壊したい!
「声は聞こえるか? 目を開けてみろ」
おじさんの声がなんか聞こえる。すごくクリーンに。
壁とかあるのにな。耳にも入ってきたこの液体のせいだろうか?
たぶんそうだろうな。液体の異物感が少な過ぎて気持ち悪い。
液体が顔に触れた事で咄嗟に閉じていた目を開ける。
暗かった。でもほのかに明るいところがあった。
眼球に液体が触れている事がわかるが、やはりそれだけでしかない。
いや、この身は痛みをそもそも覚えないんだ。
しかしこれはきっと常人にとっても痛みを覚えないモノだと予測する。
液体を使っての呼吸にした理由は衝撃をタマゴ全体に拡散させて、内部への影響を極小にするためか?
肺呼吸の場合、圧迫されてそもそも常人は呼吸が出来ない恐れもある。
何かそういうのを応用して肺で呼吸ができなくなった時の代替として使うとかも考えられる。
肺呼吸が出来なくなる時? 気管支炎とか肺に水が溜まった時だよな。
声とかもそうだが、タマゴに伝わる振動が直でこの体に届く?
光は? 光も振動と言われたらそうだ。つまり見える可能性がある? バカな。
この光はまた別の理由だろう。
「その液体は体に害はない。視界の右端に操作盤は見えないか?」
目を右に動かすとなんかパットがあった。
なんか色々文字が書いてある。目を凝らすと文字が拡大された。
視線操作? 確か眼球くらいしか動かせなくなった人が使うそういう機械があったな。
ハイテクか!
実際問題どうやって作っているんだ? 電気関係で動かしているのだろうか?
トランジスターとかを魔道具で作り上げる事で工程の簡略化が出来たとかも考えられる?
流石にそんな事はないよな? そんな事出来たらあっという間に現代を超える文明が出来るのでは?
……俺の知識とかをリク君が使って転生者と一緒になって作り上げた?
俺の知識って専門関係はほとんどないし、そこまで役に立たないだろう。
絶妙に基礎しかないのがダメポイント。憶測でしかモノを考えられないのもダメだな。
「操作盤を手で展開すると視界が開ける。後は操作盤で移動を選択しながら行きたい方向に顔を向ければ移動できる」
直観操作! UIがいい感じ過ぎる!
でもさ? 推進力やこの液体もどこにあったの?
俺の知っているこの世界の魔法だとこういうの不可能だと思うんだけど意味が分かんない!
酸素ボンベよろしく、超高密度に濃縮されてた? 出来たらやばいな。
魔力は……百歩譲って出来たとしよう。赤子の時にやったもんな。
だとしてこの液体の方はどう説明する? 内部に酸素を含む空気を混ぜ込む事で膨らませた?
なんか説明つきそうな予感がしてきた。思えばけっこうクッションで内部パンパンだったもんな。
混乱が激しいな。
「とりあえず向こうの部屋まで飛んでみてくれ」
指さされている方向に目をやる。
開かれた扉があってそこそこ広い空間が見えた。
空調室だろうか? あそこの中に入った後空気を抜くのだろう。
どうやって抜くのかが気になるところだけれど。
とりあえず行ってみればいいか。
視界の右端にある操作盤に向けて手を動かす。
クッションに包まれていたので動かすのに少し抵抗を感じる。
背中のクッションはしっかり感じるのが何とも面白い。
未知に触れて少しテンションが上がっていないだろうか?
知らない事を知る事が出来る機会は楽しいもんな。
だがしかし今重要なのはリク君を助ける事だ。
「これからリク君がいる方に向けて射出する。幸運を祈る」
射出?
部屋の両側から黒い壁がこちらへと迫ってくる。
たぶん大丈夫。少なくともタマゴが壊れたとしても俺は死なない。
そうだ。空気を抜くのってけっこう時間がかかるから容量を減らす方向で発展したんだな。
……。
大丈夫と思っていても怖いもんがある。
……。
圧を感じるけれど、これは精神的なモノだろう。
操作盤弄ってみるとなんかパラメータ表記出て来て、圧力のところ数値の変動がない。
どうやって圧力を検知しているんだろう? タマゴの殻に感圧機でも入れているんだろうか?
壁がいよいよタマゴの近くまでひゅおうぅぅって音が聞こえる。
壁を凝視したら拡大された。壁に穴が見える。この穴から空気を抜いている?
拡大されたから元サイズがよく分からないけれど、穴は1ミリとかそれくらいのサイズだろうか?
壁とタマゴがぶつかると、壁が変形しタマゴを包み込み、ついには周囲が真っ暗になった。
なんというかすごい不思議な気分。液体の中でクッションにもたれかかっているというのもおかしい。
普段使わない、意識していない部分の感覚を使うもんだから、少し疲れてきた気もする。
光が見えた。
外が見える。
なんとなく辺りを見回すと壁の穴は見えなくなっていた。
「発射まで3」
……?
「2」
……カウントダウン? え、何、なんか怖いんだけど!
「1」
え、どういう反応が起きるの? これ? え? ねぇ? え?
「0。いい旅を」
飛んだ。辺りを雲が流れていく。
なんかちょっと股間から漏れた気がした。
たぶん気のせい。気のせい。そもそも液体でずぶ濡れ。






